第39話 カリスマ性の使い方が間違っている!
空には、灰色の雲が現れる。
雲の流れは速く、徐々に淡い水色の空を灰色が埋め尽くす。
ぽぽちゃんは、大きな目を三日月のように細め、静かに微笑んでいる。
私は言いたいことがたくさんありすぎて、逆にどこから言葉にすれば良いのかが分からなくなっていると、ぽぽちゃんから思わぬ言葉を聞かさせる。
「ねぇ、あぴ子ちゃんはこの世界……というか、この日本社会に生きる女性って、苦労していると思わない?」
「……え?」
突然スケールの大きいことを投げかけられ、戸惑ってしまう。
「近年では女性の社会進出が進んで、男性と同じように働くことを望まれて。そのくせ、男性からセクハラ、パワハラを受けやすいのは決まって女性。私の弟子も、男性上司からの酷いパワハラで、かなり体調を崩していた時期があったの」
私はお茶会にて、かるみんさんが「仕事でパワハラを受けて、ボロボロになった」と話していたことを思い出した。
「『幸せにする、大好きだ』と言って心を許したのに、子を授かったと分かった瞬間に逃げる男もいる。女性側は、いくら嫌でも、泣いても、直視しなければならないことなのに。男女平等と言いつつ、世の中は全く平等じゃない。挙げればきりがない」
ぽぽちゃんの口調は、至って冷静かつ真面目だ。
「あぴ子ちゃんも、今まで信じてた男に裏切られたことくらいあるでしょう」
ぽぽちゃんの問いに、私は無言で地面を見つめる。
「だから私は、そんな酷い男達に傷付けられた女性を集め、心の拠り所となった。男達に負けないように、彼女達には、この社会を耐え抜く強さを育んで欲しい」
ぽぽちゃんの話から、かるみんさん達の女性集団は、男性に対して負の感情を抱いているから、タマキさんにあんなに反応していたのだと分かった。
黒いベールにドレスは、彼女の白い肌をより際立たせている。
ぽぽちゃんのこの言葉と醸し出す雰囲気は、傷付いた女性達にとっては女神様のように感じたのは確かだろう。
「それで、ぽぽちゃんは……彼女達を導くためにここにいるんだね」
からからになった口腔を無理やり動かし、言語を発する。
「そう。彼女達は、日々の修行に加えて、女神の水で清められ、神々しい光を身体の内側から蓄えているの」
以前、かるみんさんが話していた特殊な水のことか。
「女神の水って……」
「今、彼女達が滝から自分で集めてる。それに、私が清めの念仏を唱えると、女神の水になるって設定。ちなみに、500ミリリットルで1500円の奉納金を頂いてる」
設定って。
500ミリリットル、1500円?
普通のペットボトルのお水って、自販機でも110円くらいじゃなかったっけ?
「た、高くない?」
おどおどしながら呟くと、ぽぽちゃんはすました顔で答える。
「彼女達が、それで救われてるんだから良くない?」
「逆に、金銭的に生活が厳しくなってる女性達もいるんじゃないかな?」
「中には、いる。お金を余所から借りてお水を買ってる人も。でも、『お金はなくても、お陰で自分に自信が持てて』って感謝されてるけど」
「でも、ぽぽちゃんは、傷付いた彼女達を救いたいからやってるんだから、もう少し良心的な値段でも……」
ぽぽちゃんは、昔のように眉をひそめて冷たい声を出す。
「あぴ子ちゃん、本気で言ってるの?傷付いた女性を救ったお礼でお金を頂いてるの。一番は、お金のためなんだから。こんなのにすがるなんて、絶対どうかしてるんだから。気持ち悪い」
「それって、彼女達を騙しているってことじゃない!傷付いた心を利用するなんて、最低!」
私は気が付いたら大声をあげていた。
「世の中、騙される方が悪いんだから」
ぽぽちゃんはほくそ笑む。
灰色の天から、ポツポツと大粒の水滴が降り注ぎ、地面は黒い点で覆われていく。
光が瞬き、遅れて雷鳴も響く。
「ぽぽちゃんだって、噂でホストに貢いだって聞いたけど、それも騙されてるんじゃないの?ホストに、愛されてないんじゃないの?」
かっとなって思いのまま言ってしまったことを後悔する。
言い過ぎた、これじゃあ、昔のぽぽちゃんみたいだ。
しかし、ぽぽちゃんはびくともしない。
「うん。担当者ホストは、私のことを心から愛してない。愛するわけないよね、客だもの。でも、ホストはお金さえあれば自分を注目してくれる。私、お金ならこの仕事のおかげで十分ある。でも、ホストからの甘ったるい言葉も、シャンパンタワーを入れた時のコールも、担当ホストをライバルホストと競わせることも、もう飽きた。今、一番はまっているのはね」
ぽぽちゃんはもったいぶって口を閉ざし、しばらくすると格好の良い薄い唇を歪める。
「担当ホストを、これでもかというほど魅力的に、大胆に一目につくように宣伝すること。彼に夢中になる女性がたくさん出てきて、いくら身を粉にして彼に貢いでも、彼を手にすることはできない。だって、私が有り余って困るほどのお金で、一番に彼を支えるから。私が見たいのは、ボロボロになってまで貢いだのに、彼を手に入れることの出来なかった、女性の顔」
雨に濡れた髪が額や服にしつこく張り付いているのに反し、ぽぽちゃんのは表情は、穏やかな午後の日差しのように晴れやかだった。
もう、この人は、何を言っても駄目だ。
だって、考えの次元が違うもの。
関わるだけ、無駄だから、早く彼女から離れよう。
ぽぽちゃんに気持ちを奪われていた私は、樹木に巻き付きたラミネート済みのポスターを回収しようと、タマキさんポスターに近付く。
縄は何重にも固く巻き付けられていて、なかなかほどけない。
「あぴ子ちゃん、それ、人間ですらないじゃない」
ぽぽちゃんの馬鹿にしたような言い方を無視して、縄をサバイバルナイフでカットする。
切れた!
同時に、強い風が巻き起こり、タマキさんポスターが野草の茂みに飛んでいく。
「待ってよ!」
私はポスターを追いかける。
可憐な白い花の咲く場所に、タマキさんのポスターは落ち、無事拾い上げる。
「掴んだっ!」
足元が滑り、なだらかな野草の園を下方へと派手に転がっていく。
止まろうと思っても、身体は全く止まってくれない。
茂みの終着点のは、勢い良く流れる滝。
雨の音か、滝の音か、分からないほどの雑音。
そこに、不本意にも私は身を投げ出してしまっている。
滝の下流に向かい、タマキさんのポスターを抱えて真っ逆さまに落ちていく。
ああ、私、ここで一生を終えるんだ。
タマキさんという最愛の方に出会え、最期に彼(タマキさんのポスター)と駆け落ちできて、私は幸せな人生でした。
親友のはむっちと、理解ある妹・ゆぴ美に、「私の葬式は柩にタマキさんの同人誌とグッズを全て詰め、あの世でもタマキさんを拝められるようにしてください」って、きちんと遺言しておいてよかった。
あっ、遺言書はタマキさんのイラストの描かれたポーチの中に入ってるってことも、伝えておけばよかった!
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