第38話 おかしいよ、なんて、言えないよ!
視界に広がる、鬱蒼とした木々の緑から差し込む木漏れ日。
真夏の昼間なのに、どこか暗い。
踏みしめる初夏の土壌。
こんなに大自然に囲まれたのなんて、中学校の自然体験学習以来。
うぱまろを探すために例の山にやってきたが、インドア派の私にはかなり過酷なミッションだ。
山登りには、水、缶詰めやチョコレートなどの最低限の食糧、ウインドブレーカー、防寒具等が必要らしい。
それらをリュックに入れるだけでパンパンになってしまうし、背負いこむと、重さで身体がよろける。
リュックには、私の活力となる携帯用タマキさんグッズも入れてある。
その分の重みは増すけど、今までタマキさんに精神的に支えられてきたのだから、今度は私が(物理的に)支えてあげないと☆
タマキさんの同人誌のたっぷり入った金庫が何者かに盗まれてしまったときのショックは大きかったが、致命的な程のダメージを受けている訳ではない。
何故なら私は、持っている同人誌は全てスキャナーで電子化させていたからだ!
紙の同人誌をめくれなくなったり、絵師様から直接受け取った原物を失ってしまったりしたのは本当に惜しいが、同人誌の中身そのものが失われていないと思うと、気持ちがすっと落ち着く。
愛する人の万が一の時に備えて、保険に入るって大事よね☆
タマキさんにきちんと保険、かけておいて本当に良かった。
しかも盗られた金庫には、GPSもつけていた。うぱまろを見つけたら、金庫を追うぞ。
こんな素敵な彼、なかなかいないんだから、絶対逃がさないんだからね!
「うぱまろー。うぱまろー」
うぱまろの姿はどこにもない。
こんな山にピンクの物体があったら、目立つはずなんだけど。
山は足場は岩でゴツゴツしてるし、アップダウンはキツいし、苔が湧き水で湿っていて滑りやすいから何度も転びかける。
わざわざトレッキングシューズやステッキまで用意したっていうのに!
それに加え、スマホの電波は圏外となっている。
何かあったら、どうやってレスキューするんだろう。
私の胸に黒い雲がもやりと広がってきて、ネガティブな気持ちになりかけたとき、激しく水が落ちる音がする。
音のする方に向かい、草木を掻き分けながら歩いていくと、ロング丈のワンピースのような、白い服を着て、それに似合わず大きなリュックサックを背負った女性の集団の姿を発見した。
そういえば、農家のおじさん達が若い女性が時々この山に来ているって言っていたっけ。
ひょっとしたら、マイナーなアニメの聖地で、コスプレでもしているのかもしれない!
その集団のなかに、見覚えのある人影を発見した。
ウェーブかかった長い黒髪に、上品かつ礼儀正しそうに微笑む顔。
茶道体験のお茶会で出会った、かるみんさんだ。
まさか、こんなところで再会できるなんて!
「かるみんさんっ! お久しぶりです」
満面の笑みで、かるみんさんに走って近付く。
「あら?かるみんさん、お知り合い?」
周りの女性達が振り返り、かるみんさんに話しかける。
「ええと、その……私、こちらの方、ご存知なくて……」
かるみんさんは相変わらず笑顔だが、明らかに動揺し、目線が宙を泳いでしまっている。
駆け足で私から離れる。
声も、表情も、慌てる様子も、絶対にかるみんさんだ。
「こんな山に来るなんて、貴女も私達と一緒に、清らかな世界に向かうのに興味があるのですか?」
女性集団のうちの1人に、にこやかに語られる。
何だかこの集団、少し不気味だ。
無理やり笑顔にして、液体のりで無理やり固めたみたいな表情をしている。
かるみんさんと個人的にお話したときは、ただ感じの良い人だと思っていたが、この集団の皆が同じ様な表情をしているなんて、何かがおかしい。
しかも、表情だけではなく、皆同じウェーブかかった長い黒髪。
顔の区別がつきにくい。
「もしよかったら、私達の世界観がどれだけ素晴らしいか、体験してみると良いと思います。まずはそのリュックを下ろして、この汚れなきドレスに着替えてなければなりません。私の予備のドレスをお貸ししますね」
集団の1人が、リュックサックから白いドレスを取り出す。
「私は……ちょっと……」
戸惑っていると、集団は私を囲い込む。
1人の女性が近づき、私のリュックサックを降ろそうとする。
「や、やめてください!」
私が激しく動くと、女性は驚いて離れる。
リュックサックから、巻いてあったタマキさんのポスターが飛び出し、露わになる。
女性集団から、甲高い悲鳴が次々とわき起こる。
「この、穢れが!」
「破廉恥な!」
ネクタイを緩め、黒シャツの幾つか外れたボタンからくびれたウエストがちらりと見えるタマキさんの等身大ポスターに対して、女性集団は罵倒を始める。
信じられない状況に呆然と立ち尽くしていると女性集団はタマキさんのポスターを汚いものを扱うように指で摘まみ、樹木に貼り付け、リュックサックから縄を取り出して縛り付けている。
「何という罪の塊!」
「穢らわしい!」
女性集団は手で、シッシッとタマキさんのポスターに対して払うような動作をし、白いドレスでくるりと1回転しては、天に対して祈りを捧げるような動きを繰り返している。
どうしよう、タマキさんが縄で縛られている!
縄に縛られて、綺麗な顔を苦痛に歪め、涙ぐんだ表情で私に許しを請う彼。
「あぴ子……何でもするから……」
はい、セクシー過ぎて現行犯逮捕です!
そんないけない彼を、手錠に繋いで家にお持ち帰りしたいっ!
……お持ち帰りしたいっていうか、ここに持ってきたの私なんだけど。
私ですらもそんな激しい妄想、普段しないのに。
顔が火照って、頭に血が昇ってくる。
彼に対してこんなことをするなんて、何なの、この集団!
「あなた達のほうが!よっぽど!破廉恥です!変態的思考です!」
私は腹の奥底から、地面がひび割れするんじゃないかといったような大声を上げる。
「どうしたの?騒がしい」
茂みのなかから、黒いロングワンピースを着、集団と同じくウェーブかかった黒髪、ベールを被った女性が現れる。
この声、どこかで聞いたような気がする。
「女神様……!」
女性集団は、一斉に地面に額をこすりつけて彼女に平伏す。
女神様と呼ばれた女性は静かに私と縛られたタマキさんのポスターを見る。
「俗世のものを意識するなんて、まだまだ修行が足りない。もっと精進しないと、天使の遣いにすらなれないわ」
氷のような冷たい声で言い放つと、女性集団は黙って、山の奥へと進んで行く。
集団のうちの何人かは、女性の後ろに立ったままだ。
「あなた達も、早く行きなさい。私は、こちらの方と話があるから」
女性集団はきれいさっぱりいなくなり、鬱蒼と茂る木々に囲まれた空間に、女神様と2人だけになる。
女神様はベールを取る。
「あぴ子ちゃん、久しぶり。私が言ったとおり、幸せになれてなさそう。お雛様、いなかったもんね」
大きな目に、どこか不穏にさせる声、わざわざこの言葉を選ぶ、そのセンス。
子ども時代、お金持ちの家に生まれて、何でも欲しいものを持っていた幼なじみの彼女。
ホストに貢いで実家のお金を使い込み、疾走らしい彼女は今、目の前にいる。
私は、乾いた唇で唸るように言葉を零す。
「……ぽぽちゃん」
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