第36話 こんなときこそ、傍にいてほしい
あぴ子が家を空けがちになっていた、ある日の日中。
アパートの前に、トラックが泊まる。
トラックから、柄の悪いスキンヘッド男と、モヒカン男が姿を現す。
そう、スキンヘッド男とは、あぴ子がストーカーと勘違いしていた、借金取りである。
「うぱさん、うぱさん、差し押さえに来ましたよ」
ガンガンとあぴ子の部屋をノックする。
返事はない。
「あのうぱの飼い主、昼は仕事でいないから、今のうちに差し押さえちゃいましょう。オナシャス!」
スキンヘッド男はモヒカンの男に敬礼する。
「ったく、このツルツル!とことんへましやがって!」
舌打ちしながらモヒカン男は、数秒もせずにピッキングを行う。
ドアが開く。
「……なんだ、この不気味な部屋は。若い女の子の部屋って聞いたから、少しテンション上がってたんだけど」
モヒカン男は気味悪そうに部屋を見渡す。
3段ボックスには、タマキさんのぬいぐるみやら、アクリルスタンドやら、タマキさんの絵の描かれたフラットポーチ等が飾られていた。
「若い女なのは間違いないですが、脳ミソ沸いてそうな奴でした」
スキンヘッドは過去を思い出す。
「……これ、なんだよ。でかい遺影かよ」
タマキさんの手作り等身大パネルは、あぴ子のセンスによって造花の薔薇で囲われていた。
「それに、このカレンダー。今は7月だってのに、3年前の12月だ。本当にここに今も住んでるのかよ。部屋自体がダミーなんじゃねぇの?」
「ポーカー探偵・エクスプレス☆」のカレンダーが発売されたのは、アニメのリアルタイム時の3年前のみ。タマキさんが描かれた箇所は、12月のみ。
スキンヘッド男が小さな引き出しを開けると、出てくるのはタマキさんのキーホルダーや缶バッジ。
「通帳とか、アクセサリーとか、金になりそうなものは入ってないのかよっ!」
「るせぇぞツルツル。騒いだら、周りに聞こえるだろ! ほら、あれ見て見ろよ」
モヒカン男が指差す先には、小さなスーツケースほどの大きさの金庫がある。
「見ろ。貴重品に関しては、素人だ。これごとかっぱらって行こう」
スキンヘッド男が、金庫を持ち上げる。
「アニキ! この金庫、かなり重いっす! 大量の札束が入ってるのかもしれねぇ!」
「銀行に預けないで、タンス預金ってやつかもしれん! 早く運ぶぞ!」
トラックに金庫を運び、2人組は立ち去った。
午後8時過ぎ。
私が帰ると、何者かに部屋が荒らされていた。
通帳や印鑑は、大事なものというカテゴリーで、タマキさんの絵の描かれたフラットポーチに入れ、タマキさんのグッズと一緒に保管していたため無事だった。
無くなっていたのは、金庫だった。
全身から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
そ、そんな……。
全国津々浦々、新刊が出ては旅してゲットした、思い出の同人誌達が!
泣きながら警察署に行く。
「それで、捕られた金庫には、何が入っていたのですか」
「私の全財産が……うぐっ……うぐっ」
「だから、何が入っていたんですか」
「私の生活を実り豊かにするものが……」
警察官が机を指でトントン叩き、いらいらしているのが分かる。
「言ってくれないと、こちらも困ります」
……ごめんなさい、タマキさん。
無言で私は鞄から、持ち歩き用の同人誌を取り出す。
「え、『タマキさんと秘密の……』」
「タイトルを読み上げないでください!」
椅子から勢い良く立ち上がる。
「現金・貴重品ではなく本、と。今日は動揺しているようだから、誰かに迎えに来てもらったらどうですか。身寄りの方とか信頼できる友人で、誰かいませんか」
家族は都外だし、はむっちは都内にはいるけど、電車で1時間くらいかかるし、こんな夜に呼んだら困るだろうし……。
セイ君が頭によぎるが、呼ぶのにためらった。
「誰も来ないのなら、一人で帰ってその部屋に泊まるか、どこかに泊まるかしかないと思いますが」
警察官の言葉より、一人はしんどいと思い、セイ君に連絡する。
まもなくして、彼はやって来る。
警察官から事情を聞きながら、セイ君は身分証明書を提出している。
「……」
警察からの帰り道。
どこから話していいのか分からなくて、私は黙る。
うぱまろがいなくなったとき、本当は真っ先に連絡したかった。
でも、セイ君のところにすら、うぱまろがいなかったら。
うぱまろはもう私のもとに戻らないのではないか、という不安がよぎり、無意識に尋ねられずにいた。
「……家、こんな後じゃ、帰れませんよね。嫌じゃなければ、僕の家に来ませんか。父もしばらく出張でいないし、落ち着くまで、いていいですから」
セイ君はそういった後、頬だけではなく耳まで赤くして早口で付け足す。
「べ、別に、やましいことなんて、しませんから。それだけは……安心してください」
私は、こくりと頷く。
セイ君宅に到着する。
診察室には、ウーパールーパーの飼われた水槽があった。
「最近、預かった子です。そういえば、うぱまろさんはいないんですね」
うぱまろという単語を聞き、目頭が熱くなる。
「うぱまろ、出て行っちゃった……」
それだけ言って、わっ、と泣き出す。
嗚咽が止まらない。
セイ君は、何も言わずに傍により寄っていた。
お腹が鳴った。
こんな状況にも関わらず、お腹が鳴るなんて。
セイ君は、すかさずホールコーン缶を目の前に置く。
「こんなものしかないですが……」
突然置かれた缶詰がおかしくて、乾いた笑いをしてしまう。
「セイ君」
「何ですか」
「私達が見ていたうぱまろは、幻だったのでしょうか」
セイ君は、鬱陶しい前髪の奥に、悲しげな表情を浮かべている。
「あぴ子さん、信じてもらえるか分からないのですが、僕も昔、うぱまろさんに出会いました。僕が会ったのは、1回だけでしたが。僕はうぱまろさんを『うぱあ』と呼んでいました」
それ以上、セイ君は語らないし、私も聞こうとしなかった。
もし話してしまったら。
もし聞いてしまったら。
彼も私も、壊れてしまいそうな気がしたからだ。
待合室で横にはなるものの、眠れぬ夜を過ごす。
セイ君は、寝ているのか分からないが、診察室の机で顔を伏せている。
朝日が昇る時間、私はホールコーン缶を鞄に入れ、彼の家を後にする。
「セイ君、ありがとう」
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