第35話 私のどこがダメだったの?
うぱまろが手紙を残してから、2日が過ぎる。
すぐに戻ってくるだろうと思っていたが、うぱまろは戻らない。
私は何か悪い夢でも見ているような気分だった。
うぱまろの悪趣味な悪戯だろうか。
帰ってきたら、たっぷり叱ってあげないと。
かなり気を取り乱しつつも出勤するが、仕事が手に着かない。
「あぴ子さん、体調、悪いのですか?」
女性上司が心配そうに尋ねられる。
「いえ……」
「ここのところ顔色がものすごく悪いですよ。帰ったほうが、良いのでは」
女性上司のやさしさに、涙がぶわっと溢れる。
「あぴ子さん! 大変だ! 救急車かな!」
男性社員が受話器を持ち上げる。
「あなたは余計なことしないで仕事しなさい! あぴ子さん、まずは休憩室に行きましょうか」
女性上司に連れられ、休憩室に行く。
「こんなものしかないですが、良かったら、飲んでくださいね」
女性上司は大きめの紙コップにティーバッグを入れ、湯を注ぐ。
ほんのりとレモンティーの香りが休憩室に漂う。
「これもあります」
鞄から、レモンのグミを取り出す女性上司。
「最近のマイブームなんですよ。ところであぴ子さん、どうしましたか。仕事で悩んでいることがあるのですか」
泣きじゃくる私は、うぱまろが突然居なくなったことだけを話す。
女性上司は、静かに話を聞いた後、私の背中を軽くさすった。
「それは辛かったですね。ペットは家族同然ですから。無事見つかると良いのですが。……あぴ子さん、1、2週間程度休んだらどうですか。有給休暇、まだたくさん残っているでしょう」
「でも、急に休むなんて」
「大丈夫です、まずは気持ちを落ち着くことが大事です。……ちなみに私は昔、婚約破棄になったときは2週間休みました。内緒ですよ。では、今日はもう帰って、明日からゆっくりしてくださいね。仕事のことは、忘れてください。お疲れさまでした」
女性上司は足早にフロアへと戻る。
仕事場を後にした私は、家に帰ってベッドにうずくまる。
ピンポーン。
うぱまろが帰ってきた!
ドアを開ける。
「宅配便です」
がっかりとし、宅配便のお兄さんから渡される伝票にサインする。
待っていても、うぱまろは来ない。
居ても立っても居られなくなり、近所でうぱまろと訪れた場所を巡り、うぱまろを探す。
だが、公園に行っても、スーパーに行ってもいない。
諦めきれず、池袋のうぱまろを購入した大型ショッピングモールに行く。
うぱまろと出会った、夏の催事場コーナー。
今年も、たくさんの夏雑貨が並べられている。
夏のぬいぐるみコーナーに、イルカやアザラシのぬいぐるみはあるものの、ウーパールーパーはいなかった。
あっという間に、夜になる。
有給休暇を普段なら考えられないほど取得した私は、時間だけはたっぷりとある。
来る日も来る日も、晴れの日も雨の日も、うぱまろを探しに思い出のスポットへ探しに行く。
普通のペットだったら、「この子を探しています」と電柱に写真付きの張り紙を貼ったり、ペット探偵を雇ったりするだろう。
しかし、うぱまろは至って普通のペットではない。
まして、借金取りに追われている話が本当だとしたら、もしうぱまろが近くに本当にいたら、かえって戻って来にくくなってしまう。
どこに行っても、うぱまろの姿は見かけない。
うぱまろの姿を写真で見せて、いろいろな人に聞いても、知らないといわれるばかり。
うぱまろ、どこに行ってしまったんだろう。
どうして、私のもとに来て、突然去ってしまったのだろう。
都心から相当遠く離れた、エレファント・ランドを訪れた。
いつかの日、うぱまろはここの「ゾウさんソフトクリーム」を喜んで食べていた。
「ゾウさんソフトクリームください」
店員からソフトクリームを受け取り、食べながら園内をまわる。
丁度、ゾウの餌やりの時間だった。
尻尾にリボンを巻いたゾウが、おいしそうにリンゴを食べている。
「リボンちゃん……」
うぱまろとじゃれていたゾウのリボンちゃんだ。
餌やりをしていた男性は、以前会ったことのある人柄のよさそうな男性だ。
男性は、笑顔で私に近づく。
「餌やり、希望ですか」
「はい」
「どうぞ」
リンゴとバナナを渡される。
あの日と、同じだ。
「リボンちゃん、はい」
リンゴを投げると、リボンちゃんはこちらに近づいて食べる。
「リボンちゃん、餌を食べた! あなたは、あの時の!」
男性は喜ぶ。
「はい。この子、来ていませんか?」
うぱまろの写真をスマホで見せる。
「おお、そういえば、一昨日くらいかなぁ。リボンちゃんの餌を取って食べてたよ。一緒に来ていたんじゃ、なかったんだねぇ」
「今、どこにいるか分かります!?」
必死に訴えるが、男性は困った顔をする。
「うーん……リボンちゃん、分かる?」
「ぱおおおおおおおおん!」
リボンちゃんは、東にある高い山に向けて鼻を突きだす。
「あの山かぁ。観光向けの山じゃないね。お寺の方とかが修行に行くみたいな山だし、地元民もなかなかに足を踏み入れないらしいから、結構危険かもね。女の子一人で行くところじゃないなぁ。もし行くとしたら、相当準備して行かないと」
翌日。
うぱまろの手がかりは多いほうが良いと思った私は、エレファント・ランドからは割と近くの、サツマイモ掘りをした農園に行く。
この時期は、苗木にブルーベリーの実が成っていた。
「あら、おねぇさん。ブルーベリーいかが」
農家の夫婦は、ブルーベリーを丁寧に籠に入れている。
「あの、この子、見ていませんか」
うぱまろの写真を見せると、農家の夫婦は笑いあう。
「前に、焼き芋を喜んでいたあの子だね」
「そういえば、一昨日くらいだったかなぁ。ブルーベリーの苗木の下で眠っていたよ」
「それから、どこへ行きました!?」
「分からないけど、『山に籠る』とか『借金取りが絶対来ないところ』とか言っていたよ。都心ではペットも英才教育で、難しい言葉を知ってるんだね」
おじさん、なんか間違ってるけど……リボンちゃんの示す山のことだろうか。
「この辺りに、そんな山ってあります?」
「あの山かな」
西にある大きな山を指差す。
エレファント・ランドより東側で、農園より西側のあの山は、同じものだ。
「そこ、行ってみます」
「やめたほうがいいよ。整備されていないから歩きにくいし、気候の変化が激しい。でも、最近は女性の集団が定期的に来ているみたいだけれど、何なんだろう」
女性が来ているというなら、私でも行けるはず。
準備をしっかりとして、うぱまろ探しに出かけよう。
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