第34話 忘れられない1日☆
7月1日。
気持ちの良いほどの晴天に、窓から入る風が心地よい。
今日は私の誕生日。
特に変わった予定が入っている訳ではないが、何か非日常なことが起こりそうな気がして心が躍る。
スマホのメッセージを確認すると、はむっちやゆぴ美、お母さんからのバースデーメッセージが届いていた。
嬉しくて、思わず鼻歌を歌いながら化粧をする。
「あぴ子ちゃん、おはよぉ。きょうは、るんるんしてるねぇ」
うぱまろも毛布を退かして起床する。
「今日は、私の誕生日なの。26歳だよ」
「おおっ、おめでとうっ!」
「そういえば、うぱまろは何歳なの?」
「わすれちゃったよぉ」
一体、何歳なんだろう。
「今日はケーキで、ご馳走だよ!仕事帰り、おいしいものいろいろ買ってくるね」
いつものように、出勤する。
仕事終わり、最寄りの駅中の、ちょっとお高めのデリショップに寄る。
エビとアボカドのカクテルサラダや、米ナスのミートソースグラタン。
オレンジとグレープフルーツ入りののキャロットラペに、イチジクとクリームチーズの生ハム巻き。
家ではひと手間かかる彩りお惣菜を、少しずついろいろな種類を購入。
メインは、うぱまろも好きなローストチキン。
ハーブソルトの味付けで、さっぱりと食べられそう。
忘れてはいけない、バースデーケーキ。
一番小さいサイズの、イチゴの乗った王道のホールケーキを買った。
うぱまろと食べるのが、楽しみだ!
両手一杯に美味しいものを抱え、小躍りして帰宅する。
「うぱまろ、ただいま!」
「あぴこちゃん、おかえりっ」
うぱまろはテーブルのすぐ前に、この前自作したタマキさんの等身大パネルを設置しておいてくれた。
宅配ボックスを確認すると、自分への誕生日プレゼントにと購入してあった、ずっと欲しかった、淡い水色の綺麗な肩掛けバッグ。
タマキさんに貰ったと思って妄想する。
優雅なディナークルーズにて。
燕尾服を着たタマキさんが、プレゼントを渡す。
「あぴ子。誕生日おめでとう」
「ありがとう♡ これ、ずっと私が欲しかったバッグ! どうして分かったの?」
「銀座でバーに行った帰りに、ショーウインドウに飾られたこれを見て『これ欲しい!タマキさんみたいな色のバッグ!』って言ってたぞ。あの時は遅かったから、店も閉まってて寄れなかったんだけど」
「やだ、私ったら……覚えていてくれたのね♡」
タマキさんの細い首に両腕を回すと、彼もそっと私を抱きしめる。
「これから、何回もやって来る君の誕生日を傍で祝いたい」
「うん、おじいさんおばあさんになっても、ずっと仲良しでいようね♡」
タマキさんを好きになって早3年。
これから先、私はタマキさんをずっと好きでいられる自信がある。
私がおばさんになって、その後何十年もしておばあさんになったとき、妄想のタマキさんはずっと若くて麗しいままなのだろうか。
それとも、雰囲気そのままでダンディなおじ様になり、ロマンスグレーの味のあるおじいさんになるんだろうか。
ま、それはその時次第の私でいいよね!
タマキさんへの愛は、この命が尽きるまで不滅なのは確かだから♡
宅配ボックス前に座り込み、妄想に耽る私をアパート右隣の部屋に住む、帰宅したばかりの男子大学生が不審に見つめているので、いそいそと部屋に入る。
うぱまろと誕生日ディナーをするため、お惣菜をレンジで温める。
その間、この日のためにとっておいたスパークリングワインをグラスに注ぐ。
うぱまろにもいつもの醤油皿にちょっとだけワインを用意する。
皿にお惣菜を盛りつけ、食べる準備をする。
「はっぴーばーすでー、あぴ子ちゃん☆ はっぴーばーすでーとぅーゆー」
折り紙で作った、三角錐のパーティー帽子を被って歌う。
「はむぅ! ちきん!」
うぱまろはおいしそうに食べている。
「そういえば、うぱまろが来てそろそろ一年になるね」
何気なく話題に出すと、うぱまろはチキンを手からぽとりと落とす。
「もう、そんなに、なるんだぁ」
「早いよね。うぱまろといろんなところに行ったよね」
「すいぞくかんのぉ、せいかつより、あぴ子ちゃんといっしょ、たのし!」
うぱまろの水族館での生活は、謎が多く残されている。
「そういえば、うぱまろの弟、元気かね。てか、全然似てないよね」
「うぱ丸のこと?」
オレンジをつつくうぱまろ。
「うぱ丸は、すいぞくかんでぇ、同じすいそーにいたよっ。すいそーは、2ひきで、ひとつ! ぜーたくだったねぇ。うぱぁの方が、早くいたから、お兄さんだねぇ」
「ああ、血縁関係じゃないんだね」
どうりで、似ていない訳だ。
「バブルがはじけてぇ、ウーパールーパーブームも、おわる。すいぞくかんの、ウーパールーパー、どんどん、りすとら。うぱ丸が、びょうきになっても、ちりょー、してくれなかったんだぁ。ブームの去った、たくさんいるウーパールーパー、どうでもよかったんだね、きっと」
うぱまろは、ぐいぐいスパークリングワインを飲んでいる。
セイ君といい、うぱまろといい、安易に家族の話はしてはいけないと反省。
「うぱ丸、なおしてくれた人も、あたらしいお仕事、しょーかいしてくれた人も、良い人だったけどねぇ」
「新しい、お仕事?」
水族館以外に仕事があったのだろうか。
「なんだっけなぁ。あぴ子ちゃん、頭に、うぱぁ、のっけて」
「?」
言われた通りにうぱまろを頭に乗っける。
何も起きない。
「……あれぇ」
うぱまろはぴょこんと地面に降りる。
「あぴ子ちゃん、うぱぁ、一緒で、よかったよぉ」
改まってちょこんと座るうぱまろ。
「何なの、急に」
「セイ君、きっとあぴ子ちゃん、好きだよぉ。しあわせに、なってね」
「ちょっと、うぱまろっ」
かっと頬が赤らむのを感じる。
外は、いきなり雨風が強くなった。
今夜は、酷く荒れそうだ。
次の日。
嵐のような天候は、嘘のように収まっていた。
「うぱまろ、おはよ」
毛布のなかに、うぱまろの姿はない。
「お風呂?トイレ?」
家探し回るが、うぱまろはいない。
「なにこれ」
テーブルに、1枚の手紙。
かなりたどたどしい日本語で書かれている。
あぴこしゃんへ。
うぱぁを、かってくれてありがとぉ。
これいじょう、いっしょ、しゃっきんとり、きちゃう。
1ねん、したら、さしおさえ、だって。
やっぱり、いっしょは、たのしい。
でも、うぱぁ、わすれて。
せいくんと、たのしくね。
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