第30話 他人のふり、しないでよっ!

 怒涛の4月が瞬く間に終わり、楽しみにしていたゴールデンウイークが到来。

 この期間、「ポーカー探偵・エクスプレス☆」の3周年記念グッズが秋葉原のアニメショップで限定販売される。

 タマキさんグッズをいち早く手に入れたい私は、発売日当日から並ぶ。

 オープンは11時。

 現在、10時5分前だというのに、店の前には30人ほどの同志が列をなしている。

 待機列で前に並ぶ、左手の薬指に赤い石の着いたお揃いの指輪(「ポーカー探偵☆エクスプレス」のキャラクターイメージリング・エクスプレスさんバージョン)を煌めかせる女性達が妙な言い争いをしている。


「あなた、エクスプレスの元カノ?」

「いえ、今カノです。あなたこそ、エクスプレスにとって遊びのくせにいつまでも未練がましい!」

 彼女達は、エクスプレスさん推しらしい。

 自分以外にエクスプレスさんを好きな人がいると機嫌の悪くなってしまう「同担拒否」とはこのことを言うのだろう。

 ちなみに、私も指にタマキさんイメージの水色の指輪(「ポーカー探偵☆エクスプレス」のキャラクターイメージリング・タマキさんバージョン)を左手の薬指に付けている。

 服も鞄も靴も、すべてタマキさんのイメージカラーである水色で統一している。

 私は、誰がタマキさんが好きでも構わない。

 そんなことはどうでもよくて、とにかく早く、早く……ありのままの姿のタマキさんをお家にお迎えしたい!

 そう、私の今日のお目当ては、「タマキさんの等身大ポスター(180センチ)1万円」だ。

 6月に入るボーナスを見込んで、奮発して……紙ではあるけれども……いや、1万円で好きな男が買えるなら安いものだ……!

 クックックッとつい、不審者顔負けの不敵な笑みを浮かべてしまう。

 

 オープンの時間になり、先頭から順に店内に店内に入っていく。 

 並んでいた皆さんはエクスプレスさんや彼のライバルキャラクター狙いで、そのコーナーが人で溢れていく。

 タマキさんのコーナーは閑古鳥が鳴いている。

 タマキさん、私の王子様っ♡

 迎えに来たよっっ☆

 等身大ポスターを5つほど、愛を込めて買い物カゴに入れ、タマキさんグッズの横に置いてあるタマキさんの等身大パネル(非売品)の写真を撮りまくる。

 まずは正面から全体を撮ってから、自撮りでツーショット♡

 次は美しい切れ長な目元を強調してアップで撮る。

 色気を感じる大きいけれども、細く長い手指。

 靴下と、ズボンからチラ見えする肌色の足首。

 なんて……なんて……色男なんでしょう♡

 彼を構成する全てが、計算されつくしている!

 タマキさんが目の前にいるなんて、夢みたい♡

 ああ、人目さえなければ、一生ここに跪いて這いつくばっていたい……!


 会計を終え、タマキさんのポスターをお気に入りの水色の鞄に入れて帰宅する途中。

 ふっ、と横を何かが通り過ぎ、鞄が自分の体から離れる。

 男が鞄をひったくって走っていく。

 「だめ!」

 手元から無くなる瞬間に掴んだのは、鞄本体ではなくタマキさんのポスター。

 確保できたのは、1本だけだった。

 「はー!嘘でしょ!」

 私は全速力でひったくり男を追いかける。

 男は路地に入る。

 前方に、人影が見えるので大声で叫ぶ。

 「この人、ひったくりです!水色の鞄、私のです!」

 前方に見えた……フードを深く被った男性は、走る男の手首を掴んで大きく振りかぶる。


 フードがとれる。

 セイ君だった。

 ひったくり男の体は宙を翻した後、地面に叩きつけられた。

 何これ……なんかの武道?

 呆気にとられ、ぽかんと口を開けて見ていると、セイ君は呟く。

「……警察、呼んでください」

 慌ててスマホで110番通報する。

 その間、セイ君はひったくり男を抑えている。

「セイ君……!」

 セイ君は、低く呟く。

「どうして、の名前を……」

「え……?」

 あっという間に自転車に乗った警察官がやってくる。

「警察です!ひったくりですね!現行犯逮捕です!」

 ひったくり男は警察官に手錠をかけられる。

「事情聴取させてください」

 警察官はセイ君と私に話しかける。

「はい、大丈夫です」

「……急いでいるんで。限定品が……無くなってしまうだろ!」

 セイ君は、再びフードを被り、走っていく。

「あ、待って……!」

 入っていったのは、「ポーカー探偵・エクスプレス☆」のグッズが売られているアニメショップだった。


「あぴ子ちゃん、おそいよぉ。うぱぁ、待ちくたびれたよぉ」

 家に帰ると、うぱまろがぷりぷりと頬を膨らませている。

「ひったくりにあって大変だったの」

 オリジナル等身大パネルを作成するため、タマキさんの等身大ポスターをラミネート加工し、それを張り付ける木材を買いに行くためにホームセンターに出かける。

 今日あったことをうぱまろに話す。

「せいくん、かっこいいねぇ!ヒーローみたいだねぇ!」

 うぱまろも驚いている。

 子供の日が近いからか、ホームセンターには小さな鯉のぼりが飾られていた。

 「おさかなっ☆ あっ、せいくんだよっ!」

 うぱまろは喜ぶ。


 鯉のぼりキャンディを持つセイ君を発見する。

 ショッキングピンクのワイシャツをジーンズにインし、ヒョウ柄のストールを巻いている。

 秋葉原から帰って、着替えたのだろうか。

 いつもと、服のセンスが違うからか、何だか雰囲気が違う。

 セイ君は、植物の種コーナーを見つめている。

「セイ君、さっきはありがとうございました!あの、ひったくり男を投げる技、とってもかっこよかったです!限定品、買えました?」

「あ、あぴ子さん。ひったくり……? 限定品……これから買う、ところです。種は、迷い中です」


 鯉のぼりキャンディを持つセイ君。

「そ、そうじゃなくて……今日、秋葉原いましたよね?」

「……いえ」

 首を振るセイ君。

 ど、どうして知らんぷりするのっ⁉

 うぱまろだけは安定しており、セイ君の持つ鯉のぼりキャンディに興味津々だった。

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