第26話 素直になっていいんだよ

 保育園だった頃の夢を見た。


 近所の同い年の女の子達が、公園で遊んでいる。

 長い髪をリボンでまとめ、可愛らしいワンピースを着た友達、ぽぽちゃんの姿を見つける。

「ぽぽちゃんだ!あ、シンデレラちゃんかわいい!仲間に入れて」

「これから、あたしの家でお人形遊びするの。あぴ子ちゃん、持ってないじゃん!仲間に入れてあげない!」

 小さな女の子達の間で人気の「ブレザーアイドル☆シンデレラ」の人形を持ったぽぽちゃんが、舌を出す。

 そう言って、ぽぽちゃんを筆頭に、女の子達は人形を見せびらかし、走ってぽぽちゃん宅の方へ行ってしまった。

 私は泣きながら、おばあちゃんに「ブレザーアイドル☆シンデレラ」の人形が欲しいと駄々をこねると、「1つだけよ」と言って買ってくれた。


 ルンルン気分で、後日人形を持ってぽぽちゃんの家に行く。

「買ってもらったんだ。じゃあ、いらっしゃい!良いもの見せてあげる」

 ぽぽちゃんは家にあげてくれた。

 ぽぽちゃんの家は豪邸だ。庭には綺麗な花が沢山咲いているし、池には鯉だって泳いでいる。

 家のなかも大層立派だ。リビングには大きなソファーにテレビがあり、ピアノのお稽古をやる部屋、バレエのレッスンを習う部屋、書道部屋……部屋も用途ごとに分かれていた。


 ぽぽちゃんに連れて行かれたのは、立派な和室。

 雛人形が何段にもなって飾られていた。

「うわぁすごい!きれいなお人形がたくさん!」

 思わず興奮して歓声をあげる。

「すごいでしょ。あぴ子ちゃんのお雛様も今度見せてね」

「私の家、お雛様いないんだ」


 ぽぽちゃんは眉をひそめる。

「お雛様って、女の子のお家には必ずあるって、パパとママが言ってたよ。お雛様は幸せな女の子になるために願いを込めたお人形なんだって。あぴ子ちゃんのパパとママは、あぴ子ちゃんのこと大事じゃないからお雛様がいないのね」

「ううん、パパもママも、あぴ子のこと好きだって言ってくれてるよ」

 かっとなり、言い返すが、ぽぽちゃんは馬鹿にしたように笑う。

「あぴ子ちゃんはお雛様がいないから、幸せにはなれないと思う」

「お雛様なんて、いらないもん!」

 私は酷く悲しくなり、再び泣きながら家に帰る。

 

 最悪な気分で目が覚める。

 何でこんなに昔のことを、思い出しちゃったんだろう。

 カレンダーを確認すると、今日は3月3日。

 ひな祭りだ。

 どうりで、こんな夢をみるわけだ。

「あぴ子ちゃん、おひなしゃま、いらないのぉ?」

「お雛様?寝言言ってた?」

「うん、苦ししょうだよ。で、おひなしゃまって、何?」

 うぱまろが心配そうな表情をしている。

「お雛様は、3月3日のひな祭りで飾るお人形なの。ほら、こんなかんじで段になってて。この日は女の子のお祭りだからね」

 スマホでお雛様の画像を検索し、うぱまろに見せる。

「で、なんで飾るのぉ?」

「お雛様は、女の子の幸せを祈って飾るみたいよ」

「お家、おにんぎょ、ない!大変!あぴ子ちゃんのために、探さなきゃあ!」

 うぱまろはごそごそと、ぬいぐるみを飾ってある枕元を探している。

「いいのよ、そんなの無くなって。それより、この日は縁起の良いもの食べるらしいから、スーパーで買ってくるからいい子にしててね」

 そう言ってうぱまろを残して買い物に出かける。


 スーパーで買い物をしながら、昔のことを考える。

 ぽぽちゃんとは、家が近所だったから小中学校も同じだったし、時々意地悪はされたけれども、よく遊んでいた。

 正確には、お母さん同士が仲が良かったため、仲の良いふりをしていただけだったが。

 高校入試の時に、同じ高校を目指すライバルだったが、ぽぽちゃんは落ち、私は合格した。

 その後、ぽぽちゃんのお母さんは私のお母さんを避けるようになり、高校デビューとして派手になったぽぽちゃんとは私も疎遠になった。


 風の噂だと、ホストにはまって家のお金を使い果たし、親の反対を押し切って結婚するために家を飛び出した以来、ぽぽちゃんの姿を見た者はいなかったらしい。

 ぽぽちゃんが今、幸せかどうかは本人にしか分からない。

 大人になった今、ただ一つ言えるのは女の子の幸せと雛人形は無関係だということだ。

 和菓子コーナーで、大量の桜餅が売られている。

 うぱまろは桜餅、関東と関西どっちが好きかな。

 白酒も買って、飲んじゃおうかな。

 おつまみにひなあられとか、良いかも。

 

 買い物をして、家に帰る。

「おかえりぃ、おひなしゃま、ちょっとちがうかなぁ」

 うぱまろの声のする方を見ると、2段ボックスに入っていたはずの鏡やら、香水やら、メイク道具やらの小物が床に散らばっている。 

 代わりに、上に2つ、下に3つ、タマキさんのアクリルスタンドが置かれていた。

「おひなしゃま、おんなのこと、おとこのこいるけど、あぴ子ちゃんはこっちのほうが、幸せになれそうだねぇ」

 うぱまろがジャンプすると、タマキさんのアクリルスタンドはガラガラと倒れた。

 これは雛人形じゃなくて、タマキさんハーレムだ。

 笑ってタマキさんのアクリルスタンドを立て直す。

「ありがとう、うぱまろ!さ、食べて飲もうか」


 買ってきた桜餅にうぱまろは興味津々だ。

「うぱと、おなじいろだねぇ。葉っぱ、食べてぇいいのぉ?」

 白酒をいつもの醤油皿に入れて、ちびちび飲むと、うぱまろはいつかのように、昔語りを始める。

「バブルで、うぱぁがアイドルだったころはねぇ、すいぞくかんで、おつとめは、エリートウーパールーパーなんだぁ。毎日、エサは黒毛わぎゅー、おまぁるえびだったよぉ。おいしかったなぁ」

 餌が黒毛和牛にオマール海老……。

 人間より豪華な食事だ。

「そのころは、おかね、いっぱいだったよぉ。でもねぇ、ウーパールーパーブームが過ぎたら、リストラがはじまったんだぁ」

 ウーパールーパーのリストラ……。

「リストラされたウパールーパーフレンズ、ペットショップとかに、再しゅーしょくしてたなぁ」

 うぱまろの借金は、リストラが原因なのだろうか?

 そもそも、いくらウーパールーパーがアイドルな時代でも、本当に借金なんてできるのか。

 だめだ、ごめん、ついていけない。

 直接聞いてみよう。

「うぱまろの借金の原因って何?」

「おかね、かかる子、いたんだよぉ」

「え!? まさか女?! てか、うぱまろって男の子?! 詳しく!!」

 私はうぱまろを揺さぶるが、うぱまろは「おまぁるえびのびすくぅ」と、既に夢のなかだった。

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