第25話 影で見守るだけの存在でいたい
3月は、別れの季節。
桜が咲くにはまだ少し早いこの時期、卒業式があったのか、制服姿の花束を抱えた学生達が泣きながら写真を撮り合っている。
「青春だねぇ」
ぼそりと呟く。
「あぴ子ちゃん、せーしゅん、どうだったぁ?」
「そうだね、高校の卒業式のとき、付き合ってた先輩に第二ボタン貰おうとしたら、もう既に無くなってて。問い詰めたら、他に本命がいたんだよね……」
昔から、男運はなかった。
だめだ、話していて暗くなってくる。
「ごめんねぇ、あぴ子ちゃん。さ、タマキさんのどうじんし、いこ!」
うぱまろにも心配され、今日も元気に同人誌即売会に行く。
今日の同人誌即売会は、台場で行われた。会場には30種類のジャンル、300ブースも設けられた。
ちなみに、タマキさんの登場するアニメの「ポーカー探偵☆エクスプレス」のブースは20ブースで、タマキさんを扱うブースは3つのみだった。
主人公のエクスプレスさんのブースは行列が出来ているのに、タマキさんのブースは誰も並んでいなかった。
思う存分、絵師様とお話ができる!
「タマキさんの新作同人誌、全部一部ずつください!新刊、滅茶苦茶楽しみにしてました!いつも素敵なタマキさんの絵に癒されてますッッ!」
「ありがとうございます!タマキさん、良いですよね!」
「ですよね!あの流し目とか、クールな見た目に反して紳士的で優しいところとか……!反則……!」
「本当に……タマキさんの魅力が分かる人に出会えて嬉しいです!あ……いらっしゃいませ」
絵師様と話し込んでしまっている間、後ろに他のお客さんが来てしまった。
並んでいたのは、あの時の獣医だ。
コラボパーカーの時と同様、マスクにフード付きパーカーで顔を覆い、ぼそぼそ話す。
「タマキさんの同人誌、全てください」
タマキさんが相当好きらしい。
同志として、いろいろ話したい!
「あの……!この前のコラボパーカーの時は、ありがとうございます!」
獣医は、ぺこりとお辞儀をし、全速力で出口へ駆け出した。
あまりの速さに、ぽかんと口を空けてしまう。
きっと、タマキさんだけではなく、他のジャンルのブースに向かったのだろう。
お話できなかったが、仕方がない。
同人誌即売会は、戦場なのだから。
即売会にいた時間は、約15分。
タマキさんの同人誌だけお持ち帰り出来れば、それで良かった。
ふと目の前を見ると、「台場海浜水族館」の文字が見える。
せっかくここまで来たし、寄ってみよう。
うぱまろを連れて、水族館に行く。
元気の良い音楽に、手拍子が聞こえる。
丁度、イルカのショーが行われていた。
イルカは、高い位置にあるボールをジャンプして弾き飛ばしたり、輪を潜ったりしている。
イルカショーのお姉さんが、芸が終わったイルカに次々とバケツに入った魚を食べさせている。
「イルカだよ、うぱまろ!」
はしゃいでイルカの写真を撮る私とは対照的に、うぱまろはいつもになく冷静だった。
「あいつらぁ、えさのためには、なんでもするよぉ。しゃちくだよぉ」
うぱまろはイルカに敵意でもあるのだろうか。
イルカショーコーナーを後にし、クラゲの漂うコーナーに行く。
薄暗いコーナーに、クラゲがふよふよと泳いでいる。
「見てて癒されるね」
うぱまろは黙っている。水族館に来てから、何だか様子がおかしい。
「次、行こうか」
熱帯魚コーナーに辿り着く。
「あ、クマノミ!青いしましまの魚、何だっけ?」
相変わらずうぱまろは黙ったままだ。
水族館、嫌だったのかな。
「そろそろ、帰ろうか」
水族館に背を向けようとすると、うぱまろの小さい声がリュックから聞こえる。
「ひととおり、みようよぉ」
うぱまろの希望通り、水族館を順に巡っていく。
アシカ、セイウチ、オットセイ。マグロに、チンアナゴ。
水族館には、本当にたくさんの生き物がいる。
水槽に入ったマンボウと目が合った、気がする。
海にいて、天敵に怯えながらも自由に生きるのと、平和で平凡な水槽で一生暮らすのと、どちらがいいのか。
「あ……」
隅っこに、ウーパールーパーの水槽を発見した。
「見て、仲間だよ」
うぱまろは、リュックからひょっこり顔を出し、飛び上がる。
ぽとん、と床に落ちるうぱまろ。
そこから、ウーパールーパーの水槽を下から見上げる。
「う、うぱ丸……。うぱ丸!」
水槽をよく見ると、他のウーパールーパーよりも少し丸っこくて、濃いピンクのウーパールーパーが1匹いる。
うぱまろに非常によく似ているが、サイズは普通のウーパールーパーだ。
うぱまろに比べたら、大分小さい。
うぱまろが「うぱ丸」を見られるよう、落ちた床から持ち上げようとすると、うぱまろはバタバタと暴れる。
「うぱぁ、リュック、いれてぇ」
希望通り、うぱまろをリュックに入れると、リュックから少しだけ顔を出してウーパールーパーの水槽を見つめる。
「うぱ丸、って言うの?」
問いかけると、水槽に映るうぱまろが頷く。
「うぱ丸は、うぱぁの弟。おつとめ、ちゃんとしてるよぉ」
うぱ丸はうぱまろの存在に気が付いているのかいないのか分からない。
ただ、水槽のなかでゆらゆらと動いている。
いろいろとうぱまろに聞きたい気持ちはあったが、聞いてはいけない気がした。
しばらくの間、水槽を黙って見つめていた。
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