第23話 本命はあなた♡
2月14日。
街はバレンタイン一色となる。
デパートの催事場に、普段はお目にかかれない、美味しそうな珍しいチョコレートが並ぶ。
宝石の様に美しい高級チョコレートをを購入した後、フラワーショップにも寄り、薔薇を12本持ち帰る。
家に帰るまで待ちきれずに、帰宅途中、タマキさんからバレンタインにサプライズでプレゼントを頂く妄想をする。
「あぴ子、今日はバレンタインだね」
「タマキさん、私、手作りチョコを作ったの!」
「君から貰えるなんて、嬉しいな。俺からも、プレゼントだよ」
スーツ姿で跪いて、12本の薔薇の花束を渡される。
「ありがとう♡12本って……まさか、え?!」
「あぴ子さん、結婚してください」
「よよよよよよ、よろよろ、よろこんでぇぇ!」
膝から、がっくりと崩れ落ちる。
うれしさのあまり、涙が頬を伝う。
タマキさんから綺麗な小箱を渡される。
ひょひょひょ、ひょっとして、まさかまさかの、婚約指輪?!
う、うふふふふっ!
パカッと開けると、出てきたのは宝石の様に美しいチョコレート達。
「指輪は今度一緒に選びに行こうね。はい、あーん」
タマキさんはチョコレートを一粒摘み、私の口元に運ぶ。
彼もチョコレートをぱくっと食べ、にっこり笑う。
「甘いね。でも、君といる時間の方が、余程甘い」
ああ、ああ、幸せすぎる!
この時間が、止まればいいのに!
家に帰り、買ってきた薔薇を花瓶に飾る。
「部屋が、あかるくなるねぇ」
うぱまろは薔薇をくんくんと嗅いでいる。
「ガトーショコラ、作ろうか?」
「うんっ!ちょこぉ、けーきっ!」
うぱまろは乗り気だ。
エプロンをして、キッチンに立つ。
板チョコレートを、丁寧に包丁で端から刻んでいく。
チョコの破片が時々まな板から飛び、床へ落ちていくのを、うぱまろはすかさずキャッチして食べる。
お湯を沸かし、ボウルに入れたチョコレートを湯せんにかけて、少しずつ溶かす。
インターホンが鳴ったので、火を止めて確認する。
元彼だ。
家を出て行ったときと何も変わらない、懐かしい姿。
少し迷って、外にでる。
「久しぶり」
「久しぶり、あぴ子。別れてから半年以上が過ぎたね。元気だった?」
「元気」
「今日はバレンタインデーだな。ところであぴ子は、今もあの彼氏いるの?」
「いるよ」
「……そうか、幸せにな」
「まだ、例の彼女と付き合ってるの?」
「先月別れた。あぴ子が毎年作っていたガトーショコラを思い出して、ついここまで来ちゃったよ。じゃあ」
過ぎ去る彼の後ろ姿を、姿が見えなくなるまで見つめる。
付き合っていた時に別れを切り出したのは元彼からだった。
それは、半年前のある日。
私はタマキさんのセクシーな抱き枕カバーをネットで注文した。
彼に秘密での趣味のため、宅配便の日付時間指定は完璧に行った。
普段は残業三昧の生活だが、タマキさんを家にお迎えするその日は、業務終了のチャイムが鳴るのと同時に帰宅。
時間指定の1時間前に無事家に到着。
リビングに入ると、普段は帰宅が遅い元彼がたまたま帰っており、青ざめた顔でタマキさんの抱き枕カバーを摘まんでいた。
「そ……それ、タマキ……カバー……」
私はあんぐりと口を開け、なんとか単語を吐き出す。
「配達員がたまたま通ったから家に寄ったって。普段あぴ子はネット通販なんてしないから自分の荷物だと思って間違って開封しちゃったんだ。知らなかったよ。あぴ子が浮気をしていただなんて」
元彼はため息をついて顔を覆った。
「浮気だなんて!彼は2次元だよ?!リアル本命と2次元推し、両方いたっていいじゃない!じゃあ好きなアイドルや俳優がいたら浮気なわけ?!」
胸元がはだけたシャツ姿のタマキさんを見られてしまった恥ずかしさと、勝手に荷物を開けられた理不尽さと、浮気だと言われた怒りで大声を上げた。
「そう開き直るのか。この際だから伝えるけど、俺、他に彼女ができたんだ」
「え?」
ナニイッテルノ?
頭のなかが真っ白になる。
「最近仕事が大変って言ったの、嘘なんだ。彼女と過ごしていた。でも、あぴ子も同罪だろ?こんなの買うなんて、よほど気持ちがないとできないもんな」
「違う!あなたのしたことと、同じにしないで!」
「分かった、こうしよう。あぴ子がこの趣味をやめたら、俺も彼女と別れるから、またやり直そう」
意味わからない。
何で、何で、そうなるの。
穏やかな笑みを浮かべるタマキさんと、自分の行動を棚に上げる元彼を天秤にかけた。
タマキさんのほうに大きく傾いた。
「タマキさんは嫌いになれないけど、あなたのことは嫌いになったの。やり直したいとは思わない」
怒りを抑え、静かに伝える。
「そうか。じゃあ、俺たちはこれでお別れだな。荷物は週末にでも来て片付けるから、今日は彼女の家に行くよ」
元彼になんか執着しなくても、世に男性はたくさんいるんだから、いつかタマキさんのことを好きでいる私も快く受け入れてくれる、大らかな男性に出会えるはずだ。
このようにして、元彼とは破局したのだった。
元彼のことを思い出し、沈んだ気持ちになる。
「ごめん、うぱまろ。ただいま」
「おかえりぃ」と、いつもはちょこちょこ歩いて玄関まで迎えに来るはずのうぱまろがいない。
「うぱまろ?」
妙に静かだ。
キッチンに向かう。
ボウルに入れたチョコレートが、おかしいくらい少ない。
リビングの上に置いておいた、皿の上に大きな塊が置かれていた。
「まさか……」
チョコレートは、うぱまろのかたちをしていた。
「……」
スマホで、カシャリと写真を撮る。
その後、スプーンを取り出し、軽くチョコレートの表面を叩く。
ぱりん、とチョコレートの破片が飛び散り、チョコレートの中からピンクのうぱまろが現れる。
「せかいにぃ、ひとつだけの、うぱぁちょこだよ!たべりゅの、がまん、してたんだぁ」
飛び散った破片に喜んで飛びつくうぱまろ。
私も、落ちた破片を拾って食べる。
「甘いね、これ見てよ」
うぱまろにうぱチョコの写真を見せると、けらけらと笑い出す。
ガトーショコラなんて立派なケーキなんかじゃなくても、大好きな存在と一緒に食べるものは、何だっておいしい。
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