第22話 こんな再会、乙女的に、ありですか?
SNSをチェックしていると、雷が落ちたようなショックが頭上に響き渡る。
タマキさんの公式アニメである「ポーカー探偵・エクスプレス☆」のパーカーが全国の某アパレルショップ「ふぁんしー」にて発売されるらしい。
「店舗によって発売日や販売個数が異なります」と書かれたため、早速最寄りの店舗に電話確認する。
「お電話ありがとうございます、アパレルショップ『ふぁんしー』です」
「すみません、『ポーカー探偵・エクスプレス☆』のパーカーはいつ入荷しますか」
「来週木曜日です」
「タマキさんのパーカーはいくつ入荷されますか」
「タマキさんは1つしか入荷しません」
「たったの1つですか?!」
「はい、もともと『ポーカー探偵・エクスプレス☆』のパーカー自体、作りが少ないですから。主人公は50個入荷があったのですが、タマキさんはメインキャラではありませんから……」
「お取り置きはできますか」
「申し訳ございません。先着順です」
「では、1つしかないということですので、早めに並びます。外にお手洗いはありますか」
「申し訳ございません、当店お手洗いは店内ですので……5分ほど歩いたところにコンビニはありますが……」
店員のひどく困惑した声は、しばらく忘れることができないだろう。
「あぴ子ちゃん、こわいかぉ、してるよぉ」
うぱまろは、ぴろぴろを言葉の通りぴろぴろさせながら、ボールを転がして遊んでいる。
「うぱまろ、来週木曜日、早朝から戦場に行くことになったの」
「え?!戦うのぉ?!」
「ええ、タマキさんへの愛が一番深いのは私だと証明してみせる」
「うぱぁは、こわいからぁ、家でおーえん、してるねぇ」
「戦利品を勝ち取ったら、お祝いにスイーツ買ってきてあげる」
「すいーつ!がんばれぇ!勝ってねぇ!買ってねぇ!」
うぱまろはスイーツにテンションが上がり、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
発売日当日木曜日の午前4時50分、近所のふぁんしー入口。
本来なら勤務日だが、有給休暇を無事取得した。
有り余る有給休暇、ここで使っても誰も咎めない。
いや、咎めさせはしない。
日の出もまだないどころか、土砂降りの雨が降り注ぐ。
「さっ……寒いが、今耐えなくてどうする……」
オープンは10時、まだ5時間以上ある。
一番乗りだ。
やはり、タマキさんへの愛が一番深いのは私だった!
このまま5時間耐えれば、勝利は約束されたも同然!
1月下旬の真冬ということもあり、冷え込むことや汚れることを想定して着込んだ。
さらに雨まで降るため、本日のファッションコーデはとんでもないことになっている。
インナーにニットを重ねて大量に着込み、ごついフード付きダウンを被った上から、黄色のレインコート。
防寒タイツに防寒靴下、裏フリース素材のジャージ、スキー用ブーツ、ネックウォーマー、マスク。
髪は雨に濡れないようにまとめ、フードの下に隠す。
着太りして見えるし、絶対、絶対に人に会いたくない!
そう思っていると、時計が午前5時を過ぎたころ、雨の中人影がこちらに向かってやってくる。
私と同じ格好をした人だ。
考えることは、皆同じなんだと悟った。
着込んだなかでも、すらりとした180センチは超えている高身長から、男性だと分かる。
「……」
彼は、無言で私の隣に座る。
スマホをいじりながら、時間を潰す。
雨はすっかり上がり、開店時間の10時となる。
待機していたのは、私と男性の2人だけだった。
「いらっしゃいませ」
店員の挨拶と同時に、店に入る。
即座に、タマキさんのパーカーのありかを察知する。
穏やかな表情で、ネクタイを緩めるタマキさん。
お・ま・た・せ、タマキさん♡
タマキさんのパーカーをお姫様抱っこしてレジに向かう。
「あ……」
一緒に並んでいた男性は、残念そうな顔をしていた。
彼も本気でタマキさん狙いだったのかもしれない。
いや、彼の手元を見ると、主人公のパーカーもあったから、全種類集めたかっただけか。
ひょっとしたら、悪質な転売ヤーかも。
悪いけど、タマキさんは譲らないもんね♡
私はうぱまろとの約束を守るため、何か持ち帰れるスイーツを探す。
辺りを見渡すと、クレープ屋を発見。
生地の焼かれる甘い香りがする。
お腹がくるくると鳴った。
朝から何も食べてないし、うぱまろには甘いクレープを持ち帰って、私はその場でおかず系のクレープを食べようかな。
クレープ屋に近づき、トレイに小銭を置く。
「すみません、焼き芋サンデークレープと、ハムエッグクレープください」
「……」
かわいらしいリボンの着いた帽子を被った、クレープ屋にしては少々いかつい男性店員は小銭を回収し、私をじっと見た後、無言で生地を焼き続ける。
「……覚えてますか?」
帽子をとると、スキンヘッドの頭が現れた。
「この前は、よくも……。お陰で給料下げられた!だから、副業でこんなアルバイトしなきゃいけなくなったんだ!責任取れ!」
クレープのへらを放り投げ、スキンヘッドが出てくる。
こ、怖い……どうしよう。
ストーカー、私のことを好きになりすぎて仕事に手がつかなくなっちゃったって!
責任取れって……私と結婚するってこと?!
ここまで妄想が酷くなると通報した方がいいのかも!
頭は働くのに、足が震え、動けなくなる。
「焼いたクレープ、焦げますよ」
声の主は、パーカー目当てに並んでいた男性だった。
「お金払ったんだから、僕たちの分、きちんと作ってください」
スキンヘッドの男は睨みながら戻って、クレープを焼き始める。
「……おまたせしました」
パーカー目当てに並んでいた謎の男性は2種類のクレープを受け取る。
「こっちで、一緒に食べようか」
手をひかれ、近くの公園へと連れていかれる。
「助けてくださり、ありがとう……ございます」
謎の男性にお礼をする。
「……これ」
男性は、ハムエッグクレープを指差す。
「どうぞ」
ハムエッグクレープを差し出す。
「……どうも」
男性は、無言でクレープを食べる。
どこかでこの人、会ったような気がする。
どこだったかな……。
男性は、立ち去ろうと公園の外へ歩いて行ったが、くるりと戻って私の背後に回る。
「?!」
私の被っているフードをちょんとつまんで外され、フードの中にクレープ代ほどの小銭をちゃらんと入れられる。
フードに潜っていた髪が、だらしなく飛び出す。
「ご馳走様」
男性も自ら被っているフードを外し、マスクを少しだけずらしたので、顔全体が見える。
鬱陶しい前髪に、声のトーンからは想像もできない、澄んだ瞳。
思い出した。
彼の正体は、恵比寿合コン時の獣医。
「この前の……!」なんては言えず、ただただ立ち尽くすしかできなかった。
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