第21話 その雰囲気に、のまれたい☆

 新年も開けてしばらくすると、職場の回覧にて恐ろしい誘いを見かけた。

「係会のお知らせ・新年会を行いましょう♪」

 あー、これ、どうしよう……。

 頭を抱える。



 この係には、女性上司、男性社員と私の3人しかいない。

 歓送迎会は入ってくる人も出て行く人もおらず、同じメンバーのために逃れられたが、まさかこのような形で行われるとは思っていなかった。

「年1回くらいは、皆で飲みましょう。係の親睦を深めることも大切ですし。もし良かったら、この前職場に来ていたペットも連れてきたらいかが?」

 女性上司は張りきっている。

「うわぁーい、飲み会、行くぞー!」

 男性職員も負けずに張り切っている。

「そうですね、飲みましょう」

 私は引きつった笑顔になる。


 女性上司も仕事に厳しいだけで、人柄は悪くない。また、男性社員も少し独り言が目立つだけで、悪意のある行動はしない。

 2人に共通するのは、お酒が入ると豹変してしまうことだ。



 飲み会当日の、宴の席にて。

 朝から、「どうか何事もなく、無事に終わりますように」とひたすら願ったのも無駄だった。乾杯をして、30分程で女性上司も男性社員も人格が変わってしまった。

 こうなると危険なため、うぱまろを鞄に入れたままにする。鞄のなかのうぱまろがお腹が空いて不機嫌にならないように、お新香や唐揚げなどをときどき与える。

 


 女性上司は居酒屋の若い男性店員を手を大きく振って呼び止める。

「ちょっとそこのイケメン店員ちゃん、今日の主役のお姫様からシャンパンタワーをプレゼントぉ♡」

「申し訳ありません!ここはホストではありません!シャンパンタワーもありません!」

「やだ、恥ずかしがっちゃ嫌♡」

 居酒屋の店員が逃げるようにその場を去っていくのを、女性上司はハイヒールも履かずに追いかけていく。



「俺なんか何をやってもダメで、職場でも皆俺をお荷物だと思っているんだ……ああ、朝起きたら異世界転生して、めっちゃ強くなってて、魔王を倒して、もふもふケモ耳ハーレムを作って見せる……ああ、呪文を唱えたら、嫌な奴から言語を奪うチートスキル使えるようにならないかな……」

 呪いのように、何を言っているのか不明な独り言をつぶやきながら焼き鳥をかじっているのは男性社員。いつもはまぁまぁポジティブな独り言だが、酒が入るとネガティブというか、カオスな独り言にパワーアップする。そのうち、寝落ちするのも時間の問題だろう。



 いつも通りの飲み会。もう慣れた。

 私はうぱまろに、とうもろこしのかき揚げを与えながら、タマキさんとジャズの流れるバーでカウンター席で肩を並べながら愛を語り合うシーンを妄想する。



「あぴ子、グラスが空いているよ。次は何にする?」

 細やかな気遣いのできる、エスコート上手なタマキさん。好き♡

「どうしようかな……。タマキさんと一緒のお酒がいいな」

「分かった」

 タマキさんがバーテンダーにオーダーをし、しばらくすると、カクテルグラスに白いお酒が注がれたものが2つ、目の前に置かれる。

「フォールン・エンジェル。この美味しさに、天使も堕落してしまったというカクテルだよ」

「そんなにおいしいカクテルを選んでくれてありがとう!」

 満面の笑みでお礼を言う。かっこいい上に、博学だなんて……大好き♡

「……君は少し天然なんだから、きちんと言わないとな」

 私の顎を、くいっと上げるタマキさん。

「君の魅力に、骨抜きになってしまった。君のことを考えすぎて、堕落してしまいそうだ。それを伝えたかったんだよ」

 アメジストの瞳で見つめるタマキさん。

 あああああ、尊い、尊い、尊い。

 私なんて、タマキさんを愛して愛して愛しすぎて、骨抜きどころか、液体になって蒸発しそうです!

 お酒ではなくて、あなたの色気に酔いしれて、この夢から覚めたくありません♡



 「みんなぁ、たのししょうだねぇ」 

 うぱまろは鞄からひょっこりと顔を出す。

 女性上司は一人カウンターで一人飲みに来ているダンディなおじ様に猛アタックしているし、男性社員は案の定いびきをかきながら「魔王、覚悟!」と寝言を言っている。

 うぱまろは目の前に置かれた日本酒のおちょこを、くぴっと一気に飲む。



「うぱまろ、それお酒!ウーパールーパーかどうか分からないけど、人間以外は飲んじゃダメなはず!」

 私は必死にうぱまろに水を大量に飲ませる。

「ごぼっ、あぴ子ちゃん、やめてぇ」

「酔っぱらっちゃったら大変でしょ!トイレ行く?大丈夫?」

 ふるふると、いやいやアピールをするうぱまろ。

「うぱぁ、おしゃけ、のめるよぉ。あぴ子ちゃんよりぃ、年上だしねぇ」

 え、そうなの?

 おちょこに、日本酒を注ぐ。

「やっぱり、和食にはぁ、日本酒だねぇ。あぴ子ちゃん、いつも家で甘いおしゃけしか飲まないからうぱぁ、我慢してたんだぁ」

 くぴくぴとかなり早いペースで飲んでいくと、ピンクの体はより濃くなった。

「バブル時代はねぇ、うぱぁはアイドルだったんだぁ。あの頃はぁ、札束でうぱぁの水槽が作れたくらいだよぉ」

 いきなり過去を語り始めるなんて、完全に酔っぱらったおじさんだ。

 かわいいから、ま、いいか。

 たまには、うぱまろと飲む日があってもいいかも、と思えたあぴ子だった。



 ちなみに、フォールン・エンジェルのカクテル言葉は「叶わぬ恋」。

 ジンベースで、アルコール度数は約30度。

 きりっと辛口の味わいです。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る