第17話 この瞬間が楽しければそれでいい☆

 師走も下旬になり、街はクリスマスカラーに包まれる。

 何も変わらない、普段通りの殺伐としたオフィス。

 朝礼が始まり、女性上司の凛とした声が響く。

「おはようございます、皆さん。本日は、12月24日。浮かれていないで、仕事に専念しましょう。締め日ですからね」

 女性上司は、締め日だからか、いつも異常に殺伐としている。


「今日は、クリスマスイブだ!いつもは激混みのラーメン店も、きっと空いてるぞー!」

 右隣の男性は、相変わらずだ。

「あぴ子さんはやっぱり彼氏とデートかなぁ?」

 ぎくり。

「その発言、セクハラです!業務時間中です、働きなさい!」

 女性上司の助け船に大感謝。


 相変わらず、本日も残業。

 締め日の作業が終わる頃には、時計の時刻は午後8時を過ぎていた。

「お疲れ様。一段落つきましたね。そろそろ帰りましょう」

 女性上司が帰り支度を始めるため、私も男性職員もパソコンの電源を落とし、揃って職場を後にする。


 外はイルミネーションの光に包まれている。

 すれ違うのが皆、幸せそうなカップルだ。

「チキショー!!!帰っても寒いアパートに1人だよー!!!」

 男性社員が叫ぶのを、女性上司と私は白い目で見つめる。

 男性社員の気持ちは物凄く分かるが、反応するのはやめておく。

「今日はデパ地下で、ちょっと良いお総菜を買って帰ろうかしら」

「そうですね、この時間なら少し安くなってるかもしれないですし」

 女性上司と、当たり障りのない会話をしながら駅に向かっていく。


 女性上司や男性社員と別れ、改札を通ると、すかさず鞄から有名アクセサリーブランドのロゴの書かれたショッパーを取り出す。

 中には、クリスマス限定ネックレス。

 勿論、ネット通販で自分で購入した。

 クリスマスイブにタマキさんと、彼の部屋で過ごす妄想をする。

「あぴ子、ワインを注いでくるね」

「私も手伝う!」

「大丈夫だよ、テレビでも観てくつろいでいてね」

「タマキさん…優しい♡」

 彼とクリスマスイブを過ごせるなんて、なんて自分は幸せなんだろう。

 不意に、背後の気配と、首筋がひやりとする。

「?!」

 振り返ると、タマキさんが微笑む。

「あぴ子、メリークリスマス」

 タマキさんは、ハートのネックレスを着けてくれていた。

「タマキさん…嬉しい…!ありがとう♡仕事の時も寝る時も、もう一生着けてる♡はむっちに自慢しちゃおう♡」

 彼に抱きつく。

「はは、かわいいな。これからも、一緒に過ごそう」

 ああ、タマキさんのこの笑顔…癒される…人類を救う…地球温暖化すらも止められるっ!!!


 妄想をしていたら、あっという間に時間が過ぎ、気が付いたら自宅まであと5分くらいの距離になっていた。

「わ、どうしよ!今日はうぱまろにケーキとチキンを買ってあげるって約束しちゃったのに!」

 時計を見ると、とっくにケーキ屋もフライドチキン店も閉まっている時間だ。


 スーパーならあるかもしれないと思い、近くのスーパーに入る。

 スイーツの棚を見ると、見事にケーキがない。

 まさかと思い、お総菜のコーナーを見ると、やはりチキンがない。

 これはまずい…。

 手ぶらで帰ったら、うぱまろは「そんなぁぁぁぁぁ!」と、ものすごく落ち込むだろうか。

 それとも、「やくそくぅ、破ったぁぁ!」と暴れるだろうか。

 案外、「べつの日でぇ、いいよぉ」とか言うかもしれない。

 残業でヘトヘトだから、材料を買って、今から作るのも不可能だ。

 どちらにせよ、手ぶらで帰るわけにはいかない。


 考えに考え、私はスイーツコーナーに辛うじて残っていたシュークリームと、お総菜コーナーで半額になっていた焼き鳥を購入した。

 シュークリームはケーキと言えるか分からないけれども、ケーキ屋に売ってる立派なスイーツだ。

 焼き鳥だって、正真正銘のチキンだ。


 アパートのドアを空けると、何だか美味しそうな匂いが。

「めりー、くりすますぅ♪」

 うぱまろはサンタさんの帽子を被って出迎える。

 テーブルには、フライドチキンが3つ、皿が3人分、ブッシュ・ド・ノエルが中央に置いてある。

「これ、どうしたの?!」

「ウーパー・イートぉ!頼んじゃったよぉ」

 ウーパールーパーが描かれたバッグで、お店の料理を運んでくれるサービスだ。

 うぱまろの視線の先を見ると、私のスマホがあった。

「あ、私、スマホ忘れてた?!」

 忙しすぎて、全く気が付かなかった。 


「あぴ子ちゃん、きっと妄想しててぇ、チキンとスイーツ、忘れるだろうなぁって、うぱぁは思ったんだぁ」

 図星過ぎて耳が痛い。

 話を変えるため、別の質問をする。

「この、3つあるのは?」

「タマキさんのぶんだよぉ!あぴ子ちゃんに、タマキさんとのあまーい時間、うぱぁから、プレゼントぉ!」

 よく見ると、タマキさんの抱き枕カバーも椅子の上に置かれていた。

 そ、そうきたか!

 お腹を抱えて大爆笑してしまい、スーパーの袋を思わず落とす。 

 シュークリームと焼き鳥が飛び出す。

「おお、今夜はぁ、ごちしょうだね!」

 うぱまろは飛び付く。

 

 めりー、くりすますぅ♪

 2人(?)と1匹の、不思議で、とても楽しい夜。

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