第15話 今すぐ君に会いたい❤️

 後悔。

 私の頭には、その言葉ばかりがぐるぐると巡っている。

 金曜午後8時10分、恵比寿。

 お洒落な街の、隠れ家的レストランの個室。


「お願い、あぴ子ちゃん!急に合コンの欠席がでちゃって」

 わざとらしくお願いするのは、職場同期のパリピ女、パリ美。

「あぴ子先輩、お人形みたいにかわいいから一緒に行きたいですぅ!」

 おだてるのは、パリピ女の後輩・ふわふわ女、ふわ子。

 彼女達とは同じ職場のフロアなのにも関わらず、普段は全く会話が無い。

 住む世界が違うから仕方ない。

「ペット飼ってるから、早く帰らないといけなくて…」

嘘ではない。

「本当にお願い!今回、医者との合コンでセッティングするのすっごく苦労したの!」


 医者、と聞いて反応する。

 即座に、タマキさんの白衣眼鏡姿を妄想する。

 カルテを見ながら、心配そうに尋ねるタマキさん。

「辛そうですね、熱があるかもしれない」

 額をこつん、と合わせる。

「顔、真っ赤ですよ。どこが苦しいですか?」

 真剣に見つめるタマキさん。

 タマキさんを思いすぎて、好きすぎて今すぐ心臓が爆発しそうです。

 タマキさんがずっといてくれれば、100年先も健康どころか不死鳥になれます!

 尊い妄想に耽る私をふわふわ女が気味悪げに見ている。


 ひょっとしたら、タマキさんみたいな人がいるかもしれない。

 もうじきクリスマスだし。

「じゃあ、少しだけ参加するね」

 パリピ女は目を輝かせる。

「仕事終わり、8時に恵比寿ね!」


 8時に恵比寿集合から開始10分、自分が場違いであることは瞬間的に理解した。

 地味な仕事服とは一転し、華やかなオフショルダートップスにタイトスカート、ふわふわ女は総レースワンピースの戦闘服に身を包んでいる。

 一方、私は角襟ブラウスに膝丈の紺のスカートという、地味すぎる仕事着のままだ。

 男性医師達は皆スーツ姿。

 高身長で顔も格好良かったが、とても個性が強かった。

「俺、スノボ好きで!今度教えてあげるよ☆皆で行こう、スノボ旅行うぇーい!」

 大手病院勤務の外科のチャラ男はウェイウェイしている。

「趣味はバーで飲むことっすね。え、一緒に飲みたいって?デートしてあげてもいいけど。この前、マンハッタンとロブロイの味の違いが分からない子と飲んだけど、一緒にいて恥ずかしかったですね」

 将来親の病院を次ぐ眼科医は、かなり上から目線だ。

「…冬の布団が好きです。あの、ひんやりしているけれども、徐々に温かくなる工程が…」

 小さな動物病院で働く獣医は、ぼそぼそと話す、独特な感性の持ち主だった。

 パリピ女もふわふわ女も、男達の性格はさておき、医師の彼女というブランドを掴もうと、猫撫で声や、あざとかわいいアピールが止まらない。


 私のタマキさんの妄想も止まらない。

「こら、あぴ子。浮気してないで早くこっちに戻ってきて」

「ごめんね、タマキさん……一番は貴方なの」

「かわいく言っても駄目♡悪い子にはお仕置きだよ」

 ああ、早く帰って大好きなタマキさんの抱き枕に飛びつきたいっ……!


「ところで、皆はペット飼ってる?」

 外科医が質問する。

 パリピ女もふわふわ女も「はーい☆」と、キャピキャピと手をあげる。

「パリ美はぁ、チワワ!おっきな目がかわいいよ!」

「ふわ子は、モルモット♡もふもふですぅ」

「へー、ペットは王道しか勝たんな!ところで、あぴ子ちゃんは?」

 外科医に話を振られる。


「私は、ウーパールーパー……?かなぁ……?」

 ウーパールーパー……でいいのか……ワンワン言ってるし、日本語話してるけど……。

「ウーパールーパー?!昔流行ったあれっしょ?!」

 外科医は大爆笑している。

「あのマヌケな両生類ですよね?今でも好んで飼っている変わった方がいるとは」

 眼科医は鼻で笑う。

「身体が透けてて見ててぞっとするわー」

「ウーパールーパーの唐揚げ、食べられるところ、ありますよねぇ」

 パリピ女も、ふわふわ女も煽る。


 カチンとくる。

「好きなもの、飼ってたら、駄目ですか?流行ってないと、飼っちゃいけないんですか?」

 自然と、声のトーンが落ちてしまう。

「いやいや、マジレスはないっしょ」

 外科医がヘラヘラと笑う。


「あの……パリ美さん、ふわ子さん」

 消えるような声で話すのは、獣医だった。

「あなた達が、本当にかわいいと思っているのは、ペットですか。それとも、かわいいペットを飼っている自分自身ですか」

 獣医の、黒く、鬱陶しい前髪の奥に、まっすぐに2人を見つめる瞳。

「もちろん……ペットですよぉ」

「……そうですか。最近、多いんです。ファッション感覚でペットを気軽に飼う方」

 2人から視線を外さない。

 パリピ女も、ふわふわ女も、獣医から逃げるように外科医や眼科医に話を降り始める。


「あの……」

 私は獣医に声をかけると、ちらりと私を見て、ワインを飲んだ。

「……」

獣医と私は、冷えた手付かずの料理を黙って食べる。

見た目が凝っているだけで、全然美味しくなかったのは、きっとシェフの腕のせいではない。


地獄のような合コンが終わり、帰宅する。

「あぴ子ちゃん、良い品を仕入れたねぇ。おぬしもぉ、悪い女じゃのぉ」

うぱまろが食べているのは、おやつに買ってきておいた「動物型抜きクッキー」だ。

チワワやモルモットの型抜きがされたクッキーを、うぱまろはボリボリと食べている姿がなんだか笑えた。 

「うぱまろ、超うれしそうなんだけど」

「クッキーこそぉ、正義!」


うぱまろとタマキさんがいればいい。

そう確信したあぴ子だった。

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