第12話 恋愛にはスパイスも❤️

「あー、信じられない!」

 私はスマホの通話を切った後、絶叫した。

 女性上司から、急な仕事が入ったからすぐに職場に来てほしいというラブコールだった。

 用事があると電話で伝えたが、「大した用事ではないでしょう!」と一方的に電話をきられてしまった。


 10月31日。

 今日はハロウィンで、はむっちと一緒に仮装をして池袋のイベントに行く予定だった。

 イベントは午後からだったから、ゆっくり寝ていようと思ったのに。

 やけになりながら、トースターで食パンを焼き、牛乳で流し込んで食べる。

 はむっちに泣く泣く断りの電話を入れると、彼女は「仕事だから仕方ないよ、もし終わったらオンラインハロウィンパーティーしよう」と優しく励ましてくれた。


「えっ、今日、おかしぱーてぃー、行けないのぉ?!」

 ドラキュラのマントを付けたうぱまろが大声をあげる。

 よっぽどお菓子をもらえるイベントを楽しみにしていたみたいだ。

「ごめんね、うぱまろ。帰りにお菓子買ってあげるから」

 うぱまろをなだめるが、納得しない様子だ。

 いじけて部屋の隅っこで、丸まっている。

「いい子にしていてね」

 私は急いで仕事着に着替え、化粧をする。

 仕事用の地味な黒い、大きめの鞄を持ち、外に出る。


 38階、摩天楼再び。

 エレベーターの到着音は、闘いが始まるゴング。

「あぴ子さん!遅いのよ!早くこの案件を片付けないと次週に響くんだから」

 女性上司はきびきびと仕事をして、関係会社に電話をかけては切る、を繰り返す。 

「休日も出勤なんて、仕事祭り!今日も元気に、社畜だよー!」

 右隣の男性社員は今日も元気に独り言。

 私はパソコンを立ち上げ、積み上がった書類を片っ端から処理していく。


 お腹の音が鳴る。

 時計を見ると、12時45分を過ぎていた。

 それはお腹が減るわけだ。 

 集中して気が付かなかったが、周りも皆、食事に出かけたようだ。

 鞄を持って外に行こうとすると、なかにはうぱまろが入っていた。


「うぱまろ!」

「あぴ子ちゃんだけ、おかしぱーてぃー、いくの、だめぇ」

 鞄からうぱまろは飛び出す。

「今日はお仕事が入っちゃったの」

「おかしぱーてぃー、いくのぉ」

 うぱまろは駄々をこねている。

「あぴ子さん、戻りましたよ」

 女性上司がやってきたので、うぱまろを鞄のなかに押し込む。

「そういえば、上のフロアでトラブルがあったの。一緒に手伝いに行くわよ!」

「はい…」

 女性上司の勢いにのまれ、私はうぱまろのもとを去った。


 自分のフロアに帰ってくると、何やら若手社員を中心に、ざわざわと人だかりが出来ていた。

「どうしたの?騒いじゃって、仕事中よ」

 女性上司は社員達を厳しく注意する。


 中央を見ると、ドラキュラ姿のうぱまろがたくさんお菓子を貰っている姿があった。

「とりっく・おあ・とりーと!あぴ子ちゃんとおかしぱーてぃー、いきたかったぁ!」

 一斉に視線が私の方に集まる。

「うぱまろ!仕事のじゃましちゃ駄目」

 私はうぱまろを注意し、抱きかかえる。

「あぴ子さん!」

 女性上司は、顔色を変えている。


「わんわんわん!」

 うぱまろは、犬のように吠え、私の手から飛び出し、女性上司の元へのそのそと歩いていく。

「あぴ子ちゃん、いじめちゃ、だめぇ!今日は、おかしぱーてぃー、いくはずだったの!いきなりで、あぴ子ちゃん、こまってたよぉ!」

 うぱまろはジャンプしながら怒っている。


「あの…すみません…」

 場の空気が静まり返る。

 私は女性上司の顔を見られない。

 下を向くことしか、出来なかった。


「あぴ子さん、ごめんなさい」

 思いがけない言葉が聞こえる。

「私にも、ペットがいたの。ウサギなんだけどね。仕事がこんなかんじだから、あんまり構ってあげられなくて」


 意外だった。

 仕事一筋で、他には興味がないと思っていたのに、ウサギを飼っていたなんて。

 女性上司は、うぱまろと目線を合わせる為にしゃがむ。

「この子、あぴ子さんが大好きなのね。職場に来るなんて。今日は、予定があったのに、無理に来させちゃって、本当にごめんなさい」

 女性上司は下を向きながら、謝る。

「とりっく・おあ・とりーと!おかし、ちょうだいぃ!」

 うぱまろはぴろぴろをなびかせておねだりしている。

「結局お菓子かいっ!」と、フロアに集まった人達のなかで笑いが起こった。


 仕事を終えて、私はスーパーで小さなカボチャを買った。

 カボチャをくり抜いて器を作り、カボチャグラタンを作った。

「ほくほく、ぐらたんー」

 今日貰ったお菓子に囲まれるうぱまろは、とても幸せそうだ。

「お菓子ばかり食べてたら駄目だからね!」


 ハロウィンのコスプレ衣装に着替える。パソコンの電源を入れ、はむっちとオンラインハロウィンパーティーをする。

「あぴ子ちゃん!今日はお仕事、お疲れ様☆」

「はむっち、今日は約束してたのに本当にごめんね…今日の埋め合わせは絶対やろう!」

「いいのいいの、忘れてパーティーだ♪ところであぴ子ちゃん、そのコスプレ衣装って何?」

「これは、殺人事件が起こったときに、タマキさんに助けられたウクライナの女性の着ていた服だよ❤️」

 黒いズボンに、黒のジャケットなので一見コスプレには見えないが、れっきとしたコスプレだ。


「はむっちのコスプレ、あのアニメの!」

「そうなの、アニメでミナト君と同じサーカスの女性団員が着ている服なの❤️推しアニメのコスプレすると、大好きな彼が近くにいるかんじがしてテンション上がる☆」

「とりっく・おあ・とりーと!」

 画面にうぱまろも映る。

「うぱまろ、やっほー!じゃーん、私のハムスター・みなたん☆」


 とりっく・おあ・とりーと!

 その声が聞こえたら、必ずお菓子をあげましょう。

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