第11話 君と一緒の明るい未来♪
日沈後の新宿、歌舞伎町。
宵闇が深まるにつれ、ネオンが煌めく。
早足に駅方面へと向かうサラリーマン。
派手なスーツを着崩し、髪をワックスで固めて呼び込みを行うホスト。
何人かで居酒屋前に集合する大学生。
生まれも育ちも、どこで何をしている人間なのかも分からない、様々な事情を持つ人々が交差する。
金と欲望の集まる街。
私は、怪しい雑居ビルに入り、エレベーターで3階まで昇る。
魔女の帽子が飾られたドアの前にたどり着く。
アクア水晶・未来の館。
ネットで、的確に当たるという噂になっている占い師がいるらしい。
ドアを開ける。
「ようこそ、アクア水晶・未来の館へ」
薄暗い店内から掠れた声が聞こえる。
館には、鈍く禍々しい光を放つ髑髏の置物があったり、枯れ果ててどす黒くなった赤薔薇が花瓶に生けてあったりして、魔女の隠れ家を彷彿とさせた。
小さな椅子に腰かける。
まもなくして、目覚まし時計ほどの大きさの水晶を大事そうに抱えた、紫色のベールに、黒いロングワンピースの細い女性がやってきた。
「アクア水晶に選ばれし魔女・マリンです。貴女、お名前は?」
「あぴ子です」
「あぴ子さん……少し、いいかしらね」
マリンさんはテーブルに置かれたベルベット生地の小さなクッションの上に、水晶を置く。
両手を水晶の辺りに近づける。
赤いネイルの指が、ゆらりと動く。
キャンドルの灯りに照らされた手元より、かなり年齢は高いことが予想される。
「見える…貴女は、今、恋愛関係で悩んでるわね」
「はい」
「叶わない恋に苦しんでいる。決して、結ばれることはないのに、その人のことが、好きで好きで仕方がない」
マリンさんは、ベールの奥の瞳で私を見つめる。
凄い、流石、占い師だ。
全て当たっている。
私の愛するタマキさんは、画面と書物のなかにしか存在しない。
2次元の彼と、3次元の私。
絶対に結ばれることのない、悲しい二人の恋。
まるで、ロミオとジュリエットだ。
「でも、心配しないで。貴女は、この後近いうちに、何人かの男性に追われる立場となるわ」
マリンさんは右手の人差し指を1本立てる。
「そのうちの1人は、かなりお金の臭いがするわ。貴女をひどく気に入って、ここ数年でプロポーズもしちゃうかもしれない」
「えええええ!」
私は絶叫する。
「海の様に澄んだ貴女の未来に、祝杯を」
マリンさんは水晶の前で手を掲げた。
私は上機嫌で店の外に出る。
リュックサックから、ひょっこりとうぱまろが顔を出す。
「ねぇねぇ、あいつ、あやしいよぉ」
「何言ってるの。巷で評判の占い師なんだから、きっと当たるんだから」
20分7,500円もかかったのだ。
近いうちに、金持ちからアプローチされ、プロポーズまでされてしまうなんて。
白いリムジンに乗り、大きな薔薇の花束を抱えて私を迎えに来る婚約者・タマキさんを妄想する。
住むのはもちろん立派なお屋敷、しかも執事付き。
朝は紅茶の香りで目覚め、焼きたてふわっふわのパンケーキを食べる。
昼時は木漏れ日の下で美しいタマキさんの同人誌を読み漁り、アフタヌーンティーを楽しむ。
誰もが羨む優雅な生活。
そんな未来が、私を待っている!
「あのー、ちょっといいですか」
スキンヘッドで、体格の良い男性に声を掛けられる。
占い師の予言通り、早速男性に声をかけられたが、残念ながらタイプではなかった。
筋肉質な男性より、タマキさん似のしなやか系イケメンしか勝たないに決まっている。
妙に気を持たせてはいけないから、無視をしよう。
「あぴ子ちゃん、あぶない、はやく、にげてぇ」
うぱまろはリュックのなかで激しく動く。
いかつい男の姿に、怯えているのだろう。
私は、早足で前を向いて先を急ぐが、男も早足となる。
男は駅まで着いてくる。
「あなたの家に…」
男はまた話しかけてくる。
いくら私がタイプだからって、出会ってすぐ私の家に行きたいなんて、なんて強引な男だ。
そんな熱烈アプローチに世間の女性は落とせても、私は落とせないことを思い知らせよう。
私は男に向かって大声で叫んだ。
「ごめんなさい、タマキさん似のしなやか系イケメンしか付き合わないって決めてるんです!」
駅にいる人々の視線が、男を突き刺す。
駆け足で改札をくぐった。
自宅にて、リュックからうぱまろを取り出すと、うぱまろはぷるぷると震えている。
「どうしたの?」
うぱまろはぴろぴろを小刻みに動かしている。
「あれ、借金取りだぁ。うぱ、狙われてるぅ」
「ウーパールーパー(?)に金貸すところなんてないでしょ。ちなみに、借金の原因は?」
「うら・かじの。くるくるまわるので、負けちゃったんだぁ」
私は吹き出す。
「裏カジノ?くるくる回る……ルーレット?うぱまろがぁ?そんな借金、未来の私のフィアンセが返済してくれるから大丈夫だって!それより、私のモテ期到来♡今日のは、運命の彼じゃなかったけどね」
私はうぱまろの頬をぷにっとつつく。
「そうだね!うらないし、うそはだめだぁ!」
うぱまろはけらけらといつものように笑う。
この時、私はうぱまろの単調な顔に、ほんの少し、本当に少しだけ陰があることに気付いていなかった。
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