第10話 君といるとなぜか落ち着く

 燃え盛る太陽が主役の季節も終盤に差し掛かり、秋の訪れを感じる。

 夕方は冷え込み、夏の疲れが今頃になって出てきている。


 夕飯時だが、今日は何も作りたくない。

 そんな気分の時はどこかへ食べに行こうと、うぱまろを連れて外に出る。

 体が温まって、元気が出そうなメニューがいいな。

 ラーメンだけでは、野菜不足で健康に悪い。

 鍋は、食べるにはまだ少し暑い時期だ。


 オレンジ色の背景に、ピンクの象の描かれた看板を発見する。

 インドカレー店だ。

 カレーなら、付け合わせのサラダで野菜も食べられるし、スパイスが疲れた身体に効きそう。

 早速、店内に入る。


 店内は民族的な音楽が流れる。

 初めはゆっくりとしたメロディーから、徐々にアップテンポへと変化していく。

 バターチキンカレーをオーダーする。


「ねぇねぇ、これぇ、なにぃ?」

 テーブル付近の置物に興味を示している。

 特徴的な大きな耳と鼻。 

 どっしりと構えて座る体は、人間の姿の要素もある。

「象…神様かな」

「ガネーシャ様デス」

 オレンジのカラーシャツに、黒いエプロンをつけた男性店員がバターチキンカレーを運んできた。

「ガネーシャ様は、幸運の神デス。象は、インドでは賢くて神聖な生き物。ガネーシャ様は、あらゆる障害を除去ス。病気無くなるし、商売繁盛、オールマイティ!」

「おーる、まいてぃな、神しゃま!うぱ、会ってお願いしたいぃ」

 うぱまろは、目を輝かせている。


「インド、ぜひ来てください、ナマステ」

 男性店員は、手と手を合わせる。

「かりぇぇぇぇ!でも、マイルドォ☆」

 うぱまろは、きゃっきゃっとナンに少しずつカレーをつけて食べた。



 インドカレー店に行って以来、うぱまろはインドに行きたいとおねだりするようになった。

 うぱまろとの初旅行がインドというのはハードルが高すぎるし、仕事の都合で海外に何日も行くほど、まとまった休みが取れない。


 考えた結果、私はうぱまろを「エレファント・ランド」に連れてきた。

 ここでは、たくさんの象達によるパフォーマンスや、象と触れ合えるイベントが楽しめる。

「ぞうさん、すいーつ!」

 エレファント・ランドの名物、「ゾウさんソフトクリーム」を美味しそうに食べるうぱまろ。

 ソフトクリームが象の鼻のようになっており、大きな耳をイメージしたワッフルクッキーや、目の部分にはレーズンと、凝っていてかわいらしい。

「じゃあ、本物の象さん、会いに行こうか」

 うぱまろを連れて「象と触れ合いコーナー」へ足を運ぶ。


「こっちはうぱまろの分。こうやって、餌をあげるみたいよ」

 手のひらにカットされたバナナを乗せ、柵のなかにいる象の群れに近づけると、尻尾にピンク色のリボンを巻いた象がやってくる。

 象は、器用にバナナをキャッチし、食べていく。


「うぱまろは、ぽいっと投げればいいよ」

 うぱまろは象の足下にバナナを投げる。

 象は、鼻を何度か動かし、餌の位置を把握すると、掴んで口元へ持って行く。

「たべたぁ!」


 うぱまろは、次は林檎を投げる。

「りんご、やっぱ、うぱの!」

 やっぱり林檎を自分で食べたくなって、投げた林檎を追いかけて柵を飛び越える。

 象は投げられた林檎を拾おうと鼻を伸ばす。

 うぱまろは、ぱくっ、と、象の食べるはずだった林檎を横取りする。


「ふぉぉぉぉぉん!」 

 象は大きな鼻を空高く振り上げ、尻尾を激しく振る。

「えええっ!」

 巨体に圧倒されるうぱまろは、象から逃げようと、地面にたくさん落ちている干しわらにダイブし、急いで隠れる。


「ぱぉぉぉぉぉん!」

 尻尾のリボンが解けかけてもなお、象はうぱまろを探している。

 象は、鼻から水しぶきをあげる。


 早くしないと、うぱまろが危ない。

 私は持っている餌をすべてうぱまろとは逆の方向へ投げた。

 バナナ、リンゴ、人参が散らばる。

 象は、そちらに向かっていく。

 その隙に、再び柵を越えてうぱまろは私の元へと戻る。


 尻尾のリボンは、はらりと落ち、風で私の足下まで飛ばされる。 

「ぱおーん、ぱおーん」

 食べ終わると、象は穏やかな表情でこちらに近付く。


「エレファント・ランド、楽しんでますか?象に乗るアクティビティもぜひ!」

 飼育員の30代くらいの男性に声をかけられる。

 私が手に持つ、ピンクのリボンを見て顔色を変える。

「リボンちゃんが、餌を食べた?!」

 リボンちゃんと呼ばれたこの象は鼻をゆっくりと揺らしている。 

「餌、普通に食べてました。どうかしましたか?」


 男性は、やや興奮気味に話す。

「彼女は、普段はとても人見知りで、警戒してお客さんからは絶対に餌を受け取らないんだ。まして、お客さんに近づきもしない。珍しいなぁ」

 うぱまろはリボンちゃんの視界に入らないようにと、私の影に隠れている。 

「大丈夫だよ。きっと、うぱまろと仲良くなりたかっただけだよ」 

背後にいるうぱまろに声をかけると、うぱまろはひょっこり顔を出す。


「もし良かったら、リボンちゃんともう少し、遊んであげてください。上に乗ってお散歩したら、喜ぶかも。それにしても、妬けちゃうな。俺なんか、リボンちゃんに餌を食べてもらうまで半年もかかったのに」

 男性は、悔しそうに笑う。


 リボンちゃんの尻尾にピンクのリボンを巻き直し、私はうぱまろを抱えて彼女に乗る。

 動物に乗ったのは、初めてだ。

 幼い頃、乗馬や牛の乳搾りなど、「落とされるのではないか」「蹴られるのではないか」と、動物と触れ合うのが怖かった。


 動物に拒否される前に、自分から拒否しよう。

 そう無意識に思っていた。

 うぱまろは、そっと、リボンちゃんに触れる。

「おーる・まいてぃな、やさしぃ神しゃま。うぱぁの、おねがぃ、きいてねぇ」

 リボンちゃんは鼻を天まで突き上げた後、ゆっくり前へと進んでいく。

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