第8話 スイーツよりも甘い時間を君と♡

 原宿駅、竹下通り。

 ポップなアーチが出迎える。

 流行の最先端があふれる街は、今日も若者で賑わっていた。

 ハンディ扇風機を互いの顔に当て合ってふざけたり、タピオカジュースを飲みながら歩いたりする女の子達とすれ違う。


 カラフルなキャンディーバー、プチプラのアクセサリー・ファッションショップ、人気アイドルのブロマイド。

 決して広いとは言えない通りに、小さなお店が密集する。

「おまつり、みたいだねぇ!」

うぱまろはきょろきょろと辺りを見渡す。


「ヨウ!そこのナイスなウーパー、Youのことだぜ☆」

 原宿によくいる、外国人に声をかけられるうぱまろ。

「えっっ!うぱぁ?!」

 うぱまろは目を輝かせている。

「メキシコサラマンダー、イかしてるぜ!似合うジーンズ、こっちだゼィ」

 外国人は路地裏2階のファンキーな店を指差す。

「ジーンズなんて、履けないでしょ!」

 名残惜しそうにするうぱまろの意思を無視し、目的地へ向かう。


 歩きなれない原宿で、スマホの地図を頼りに、到着したのはパンケーキ店。

 数年前には大行列となっていたが、現在は待たずに入店できそうだ。

「いらっしゃいませ。あ…申し訳ありません、こちらはペット同伴不可でして…」

 かわいらしいエプロンを着た店員の女性が困った顔で言う。

「そうなんですね…また来ます」


 あぴ子は店を後にして、路地裏に向かう。

「うぱまろはだめだって」

「え!うぱぁ、ぱんけーき、食べられないのぉ?」

 ピロピロをしょんぼりさせている。

「絶対、絶対、喋ったり、飛び出したりしちゃだめだよ。大人しくしていたら、こっそり食べさせてあげるからね」

 私はカバンから大きめのエコバッグを取り出し、うぱまろを入れ、再び入店する。


「あぴ子ちゃん!」

 声をかけられたのは、今日約束していた学生時代からの友人・はむっちだ。

 田舎から都内に同じタイミングで引っ越したのと、趣味や話が合うため、よく遊んでいる。

 はむっちのあだ名の由来は、ハムスターが大好きだからだ。


「はむっち、おひさだね!メニュー決めた?」

「うん、これ。甘いの好きだし、チャレンジしちゃおうかな」

 パンケーキが5枚、イチゴや輪切りのバナナ、キウイフルーツ、サクランボ等の果物、カラフルなチョコに、これでもかというくらい盛られた量の生クリーム、バニラ、イチゴ、ピスタチオのトリプルアイスクリーム。

 メニュー名は「横綱フェニックス☆」

「私もそれにしようっと」

 早速オーダーをする。


 ちなみに彼女は、私にタマキさんの存在を教えてくれた2次元妄想仲間である。

 彼女と会うと、妄想会話を遠慮なく楽しむことができる。

「あぴ子ちゃんは、最近タマキさんとどう?」

「相変わらず素敵すぎて…彼との毎日が幸せすぎて怖いくらい。最近は一緒に海に行ったの♡」

「きゃー、ラブラブだね♡あつーい!」

「はむっちがタマキさんをあの時のカラオケ合コンで彼を紹介してくれたおかげだよ♡感謝感激、はむっちは女神!」

 以前、はむっちと私がカラオケに行った際、はむっちが選曲したアニソンPVにタマキさんが映っていたのがきっかけで、私はタマキさんに一目惚れしたのだった。

「キューピットになれて良かった。あぴ子ちゃんがそんなにタマキさん好きになるなんて、当時は全然思わなかったよ!逆に私は最近、ちょっとマンネリで…」

「はむっちが好きなミナト君?(もちろん二次元イケメン)」

「そうなの。なかなか最近は刺激がなくて。(ミナト君のアニメは旬ジャンルでないので、イベントもない状態)」

「だいぶ長い付き合いだものね」

「このままミナト君一筋でいるのもいいけど、ぐいぐいアプローチされてるハル君にぐらっときていて…(ハル君はアニメ放送中の旬ジャンルなので、グッズや舞台も充実している)」

 はむっちとの恋バナで盛り上がる。

 やっぱり、恋する乙女は正義だ。

 次元の違いなんて、大したことないよね☆


「そういえば、この前、みなたんが逃げちゃってさ」

 みなたんとは、はむっちの飼っているハムスターの名前だ。

 推しのミナト君の名前をとって、ハムスターにまで付けている。

 ペットの話題になり、うぱまろを連れてきたことを思い出す。

 普段はなかなか話せないタマキさんの恋バナで盛り上がり、私は完全にうぱまろの存在を忘れていた。


 テーブルの下のエコバッグをのぞき込むと、いない。

 トイレにでも行っているだけならいいが、少し心配になった。

「なにかあった?」

 はむっちは心配そうに尋ねる。

「…ううん。ちょっと私、トイレ行ってくるね」

 私は席を立とうとすると、店員がやってきた。

「横綱フェニックス☆ご注文のテーブルのお客様。アイスが溶けてしまいますので、お早めにお召し上がりください」

 運ばれてきたパンケーキは、トッピングが多すぎて、土台のパンケーキが見えなくなっている。


「うわー、おいしー!」

 次々とフォークで生クリームやフルーツを口に運び、はむっちは幸せそうに食べている。

「あぴ子ちゃん、食べないの?」

 食べたい。このおいしそうなパンケーキを。アイスが溶けないうちに。


 しかし、何だか違和感を感じる。

 パンケーキに盛られた、オレンジが皿に落ちた。

 バニラのアイスクリームも、ぼとりと落ちた。

 パンケーキの塊が揺らぐ。

「すいーつ、あいす、げきうまぁ♡」

 登場したのは、生クリームまみれになったうぱまろだった。

「ちょ、なにしてるの?!」

「これぇ、おいしいよぉ!いい匂いぃ、したからつられてスイーツに、ダーイブ!そしたらぁ、店員さん、うぱぁに気が付かないでっ、うぱぁの上に、アイスやフルーツ、乗せちゃったんだぁ。あぴ子ちゃんも一緒に食べよぉ」

 うぱまろは幸せそうに食べている。

「あぴ子ちゃん……、この子何だろう?!」

 はむっちは不思議そうに見ている。

「えっと、その……最近飼ったペット!」

「え、ペット飼っていたんだ!今度うちのみなたんと遊んであげて!」

 はむっちは目を輝かせるが、私はひたすらにあたふたする。

「はむっち、ここペット禁止なのに連れて来ちゃったの!急いで食べて撤退するから、早く食べなきゃ!」


 このパンケーキ店には、二度と行けないと思った。

「すいーつ、すいーつ!」

 うぱまろは、甘党だった。

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