第7話 深い愛に溺れてしまえ❤️

 海岸沿いを穏やかに走る、白い自動車。

 雲一つ無い青い空より、カモメの鳴き声が聞こえる。

 ここは、九十九里浜。 

 都心から離れたこの土地は、幼い頃、よく両親が連れて行ってくれていた場所。 


 レンタカーを駐車場に置き、ビーチサンダルへと履き替える。

 向日葵柄のサマーワンピースの下は、あらかじめ着てきた水着。

 顔、首、全身へと、日焼け止めクリームを塗っていく。

 助手席に座る、うぱまろのシートベルトを外し、念のため日焼け止めクリームをぺたぺたと塗る。


「ぴろぴろのとこぉ、ちゃんと塗ってえ」

念入りに3箇所に日焼け止めを塗るが、くすぐったいようで、ぴろぴろがこまめに動いている。


 降り注ぐ紫外線と暑さを少しでも和らげるため、麦藁帽子を目深に被り、サングラスを用意する。

「準備、オッケー」

 ドアを空けると、うぱまろは元気に砂浜へと飛び出す。

 どこまでも広がる蒼い海と、潮風の懐かしい香りから、夏を感じる。

 

 普段、1人で海になど行かない私がここに来たのは、うぱまろにおねだりされたからだった。

「さかながうぱをー、待ってーいるー!」

 同じ水の生き物だから、友達でもいるのだろうか。

 いや、ウーパールーパーは海にはいない。

 そもそも、うぱまろは陸で生活してるし、ウーパールーパーかも分からない。

 どんな理由であれ、うぱまろとなら、どこに行っても楽しいだろう。


 海は、海水浴を楽しむ人で賑わっている。

 ビーチサンダルの上から入る白い砂は、太陽光を吸収して熱い。 

 クーラーボックスより、氷でキンキンに冷やしたスイカを取り出し、うぱまろの前に置く。

「海って言ったら、スイカ割りだよね」

 木製バッドをうぱまろの前で構える。


「うぱぁ、それぇ、持てなさそう。手が短いかりゃね。あぴ子ちゃん、割ってぇ」

 目隠しをするために取り出したのは…タマキさんの細マッチョな身体がこれでもかというほど描かれた、セクシーすぎる水着姿のバスタオル♡

 ここぞとばかりに、私の自慢の彼を見せびらかしたいっ!

 タマキさんと浜辺でスイカ割をする妄想・スタート☆

「あぴ子、もっと右だよ」

 私の後ろから両手で目隠しをしながら、耳元で囁くタマキさん。

「……こっち?」

「うん、もう少し右」

 うあああああ、近い近い近い! 

 タマキさんの優しい吐息を感じる。

 切なくて力が抜ける。

 見えないからこそ余計に色気を感じて……ああ、クラクラする。

 タマキさん、あなたは今、どんな表情なの。

「ちゃんと、スイカ割りできたら、なでなでしてほしいの♡」

「もちろんだよ。いくらでもしてあげるよ」

「タマキさん……」

「ほら、そこだ!」

「大好きっっっ!」

 タマキさんの言われたところで思いっきりバッドを下に叩く。


 ぼにょん。

 スイカにしては、弾力のある感触。

 バスタオルを外す。

「いたぃぃ!」

うぱまろは叫ぶ。

「わわ、ごめん、うぱまろぉ!」

 必死でうぱまろを撫で、当たった部分をクーラーボックスの氷で冷やす。

「すぐ、おしゃまるよぉ。今度は、海だぁ!」


 うぱまろは海水に向かってのそのそと歩いていく。

 私は、小さな子供用の浮き輪を持って、後を追いかける。

 波に浸かるうぱまろに、私は浮き輪を被せる。

「こりぇ、なにぃ?」

 ピンクの浮き輪に、ぷかぷか浮かぶうぱまろ。

「浮き輪だよ。うぱまろが溺れちゃわないように」

「あぴ子ちゃんは、浮き輪してないぃ」

「私は泳げるからいいの」


 うぱまろと話していくうちに、どんどんと海の底は深くなっていく。

 満潮だろうか。

「うぱまろ、そろそろ戻ろ……」 

 うぱまろは流される。

「あぴ子ちゃん!?」

 人間の身長ではまだ余裕があるが、うぱまろはバスケットボール程の大きさで、底に足が着かなければ、流されてしまう。


 私は急いでうぱまろを助けようと、バタフライで波に逆らって泳ぐ。

 がむしゃらに手足を動かし、うぱまろに追い着く。

 必死にうぱまろを掴もうと手を伸ばす。

掴めたのは、うぱまろではなく、浮き輪だった。

 再び、波が襲う。

「うぱまろぉぉぉ!」

 うぱまろは、波に飲み込まれ、底の見えない深い海へと沈んでいく。

 

「お願いです!私のペットが、海に沈んでしまって!」

 急いで砂浜に上がって、話しかけるが、困惑した顔をするライフセーバーの男性。

「ペットって……犬とかですか」

「あ……ウーパールーパーなん……です……かねぇ……」

「ウーパールーパー……?そんなの、海に連れてこないでくださいよ」

 頭を抱えるライフセーバー。

 私はうぱまろの特徴を伝えるが、私の妄想だと思っているのか、ライフセーバーは「努力します」の一点張りだった。

「もういいです、私、うぱまろを助けに行きますので」


 私は早足で海に向かう。

 波にまた流されて、うぱまろが見つかるかもしれない。

 何時間も海水を彷徨うと、身体が冷えてくる。

 日も落ち、段々と海水浴場の活気もなくなってきた。 


 砂浜の隅で、腰を下ろす。

 寒い。

 タマキさんのバスタオルを身体にかける。

妄想どころではない。

 濡れていた肌が乾き、砂が脚にこびり付いている。

「ごめんね、うぱまろ。ごめんね」

 うぱまろと過ごした時間は短かったが、私にとって毎日を楽しく過ごすパートナーだったことを実感する。

 膝を抱えて啜り泣く。

 泣いたって、うぱまろは戻っては来ないのに。


「おねーさん?彼氏とケンカとか?良かったら遊ぼー」

 男に声をかけられるが、顔を上げる気にもならない。

 うずくまり、嗚咽を上げて泣く。

「ちょっと、暗いんですけどー」

 無視をし続ける。


「無視ー? ……ってか、やべぇ! うわぁぁぁ!」

 男が急に大声を上げて、砂を蹴散らして逃げていく。

 何かと思い、顔を見上げると、夕日を背に向け、身体に見合わない大きなサーフボードでサーフィンをする小さな影。

 何これ。

 しかし、不思議と怖くない。

 近づいてくるサーファーの正体。

「ふかひれぇ、でぃなー☆」

 どこで拾ったのか、海賊の三角帽を被ったうぱまろ。

 何かをたくさん詰め込んだであろう袋を抱えて、サメの背中に乗っている姿は、オーストラリアのサンタクロースを連想させた。

 そして、浜辺に着くと、うぱまろはサメをリリースした。


「うぱまろぉぉぉ! ごめんね、ごめんね!」

 私はうぱまろに飛び付く。

「あぴ子ちゃんに、プレゼント! これで借金へんしゃい、出来るかなぁ?」

 袋を逆さにする。

 色とりどりの、優しい透明感のある海の宝石。

 シーグラスだった。

「あぴ子ちゃんには、ピンクがいいかなぁ。しょれとも、あぉかなぁ」


 再び涙が溢れる。

「うぱまろ、これからずっと、ずっと一緒だからね!」

 うぱまろを抱き抱えると、うぱまろもいつも通りのはしゃぎ顔になる。

「あぴ子ちゃん、これかりゃ、どんなことがあっても、うぱ、一緒だよ」


 これから、どんなことがあっても。

 その言葉の深さを、その時は考えもせず、うぱまろとの日常を選択したあぴ子だった。

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