第5話 俺に近付くと火傷しちゃうぜ♡

 蝉の鳴き声が鬱陶しく頭に鳴り響く。

 この雑音が、夏の暑さを余計に感じさせる。

 グラスに半分ほど氷を入れ、冷蔵庫から取り出したペパーミントティーを注ぎ、喉を潤す。

 うぱまろにも、醤油皿に少しだけ注いで差し出す。

 うぱまろはあっという間にペパーミントティーを飲み干すと、とんでもないことを言い出す。

「ねぇねぇ、うぱ、お散歩したいよぅ」


 買ったときのタグに「ひんやりもふもふアニマル子犬」と書いていたが、本当に犬のように散歩が必要だったとは。

 私は犬を飼ったことがない。

 ましてや、散歩するウーパールーパーなんて聞いたことすらない。

 ただ一つ言えることは、ペット(?)を外に連れ出すときは、首輪を付けるべきだろうということだ。


 うぱまろの、ころんとまるい体では首がどこだか分からない。

 以前ラッピングで使った、赤いリボンを引き出しから取り出す。

 正面から見て左右、中央の計3個所に着いてるぴろぴろの間にリボンを巻き、散歩の紐を作った。

 そういえば、私はうぱまろに対して大切なことを聞き忘れていた。

「水中で、生活しなくて大丈夫でしょうか?」

 なぜか敬語になる。

「うぱぁ、陸のほうがいいんだぁ。おいしいもの、たくさんありゅからね」

「了解」

 紫外線対策の黒い日傘を差し、うぱまろを連れて、外に出る。

 今のところ、この未確認生物は危険な行動をしていないが、外にでて暴れ出したり、突然変異したりしなければ良いのだが。


 うぱまろは、のそのそとゆっくり歩く。

 チワワが歩くスピードの半分位だろうか。

 犬を連れて散歩している人に、後ろからどんどん抜かれていく。

 犬の散歩で飼い主まで健康的になるというのは有名な話だが、炎天下の散歩で、私の方がダイエットしてるんじゃないかというくらい汗だくになってしまった。

 30分程歩くと、近所の大きな公園に到着。

 うだるような暑さのなか、木漏れ日が多少の涼しさをもたらしている。

 池のなかに無造作に置かれた岩の上で、亀が3匹、仲良く甲羅を干して日向ぼっこをしている。


 人工的な、薔薇の香りを感じる。

 香水だろうか。

 コーギーを連れた、アイライナーをくっきりとひいた気の強そうなギャルメイクの女性とすれ違う。

 私は、一瞬にして足が竦む。 

 おそらく、私が5歳だっただろうか。

両親と公園で遊ぶ私は、愛らしい見た目のコーギーに無邪気に近寄ると、コーギーは吠えまくり、歯を見せて噛みつこうと跳ぶように追いかけてきた。

 言うまでもなく、そこからコーギーのトラウマは植え付けられた。


 すれ違ったコーギーは、Uターンしてうぱまろに駆け寄る。

「きゃんきゃん!」

 コーギーは吠える。

 私はうぱまろの紐を握る手に力を入れ、一目散にコーギーから逃げるため、全力で走る。

 しかし、全くその場から動かない。


「わんわんわんわんわんっ!」 

 普段はぼんやりとした目をつり上げて、うぱまろは吠えている。

「きゃんきゃんきゃんきゃん!」

 コーギーも負けずに吠え、武者震いしている。

「ヴゥゥゥゥ、わんわんわんわんわんっ!」

 自慢のぴろぴろをものすごい速さで動かしながら小刻みに飛び跳ねるうぱまろ。


「ちょっとぉ!そこの変なやつ、何とかしてよ!あたしの、かわいーミルクちゃんが怖がってんでしょ!」

 コーギーの飼い主のギャルも金切り声で怒鳴る。

「ごめんなさい!っていうか、人のペットに変なやつって、確かに変かもしれないですけど、それは酷いんじゃないですか!?」

 かわいいうぱまろを貶されては、私も良い気はしない。

 コーギーの飼い主の女性と私は睨み合う。


 コーギー対ウーパールーパー(子犬?)。

 ギャル対地味OL。

 飼い主とペット、それぞれの戦いが始まる。

 ぶぅーん。

 不穏な音が聞こえる。


 睨み合う互いの顔から視線を外し、宙を見上げると、大きなスズメバチ。

「え……」

 近くの大きな木の根本には、フラスコを逆さにしたような形、何度もしつこく絵の具を塗り重ねた油絵のようなグロテスクな波模様。

 間違いない、スズメバチの巣がそこにあった。


 現在の状況を冷静に考えてみる。

 季節は、真夏。

 私の、黒い日傘。

 ギャルの、強い花の香りの香水。

 ペット達の、吠える大きな音と激しい動き。

 ハチを刺激させるには、これ以上なく素晴らしい条件が揃っている。


 巣から、1匹、2匹と、次々とスズメバチが飛び出し、私達を襲う。

 羽音で鼓膜が切れそうなほど、沢山のスズメバチに囲まれる。

「ぎゃー!マジないんだけど!」

「叫んじゃだめ!もっと刺激するでしょ!」

「あんたのほうがうっさいっしょ!」

「きゃんきゃんきゃんきゃん!」


「たんぱーくしつ!」

 うぱまろはスズメバチの大群に自ら体を突っ込んでいき、大きな口を開けてぱくりと何匹かを仕舞い込む。

 ス、ス、スズメバチを食べた……!

 皆の驚くなか、ぼりぼりという音だけが響く。

「この虫は、いつものよりかたくて、タンパク質、いーっぱいだね」 

 生き残りのスズメバチ達に目を向けるうぱまろ。

 動物の本能なのか、うぱまろから狂気を感じたのか、スズメバチ達は逃げるように巣に帰って行った。


「うぱまろ…、スズメバチなんて食べて大丈夫?」

「よく食べるのは甘くて、はちみちゅの味がするおやつだけど、今日のは、サプリメント!これで、うぱの足りない栄養素、補えるよぉ!」

 うぱまろは元気にはしゃいでいる。


「すごい、こいつやるじゃん!ぱねぇな☆」

 ギャルはうぱまろを見直したようだ。

「ミルクちゃん、悪気ないけど、やんちゃですぐ他の犬にちょっかいだしちゃうんだよねー。めんご!じゃ、またね☆」

 コーギーは元気良く駆けていき、ギャルは急いで追いかけて行った。

 スズメバチという活きの良過ぎるサプリメントを摂取したうぱまろは、毛並みがいつもよりもフサフサになり、艶が出ていた。


「あぴ子ちゃんも、たんぱーくしつ、摂ろうね」

 うぱまろから、有り難い美容のアドバイスを頂くとは、夢にも思わなかったあぴ子であった。


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