第3話 一目惚れして即同棲☆彡

 池袋から帰り、部屋に戻ると、すぐに冷房の電源を入れる。 

 華やかなワンピースを脱ぎ、短パンTシャツの楽な部屋着に着替える。

 未だに高校のロゴが入った体操服を使っている。 

 エコバッグから、戦利品の小犬(ウーパールーパー?)を取り出す。

 やはり、何度見てもウーパールーパーにしか見えない。

 不自然な位置に付いたタグの紐を切る。


 ちょきん。

「やったぁ、やっとじゆーになったね」

 幻聴、再び。

 やっぱり、疲れているんだ、私。頭を冷やそう、心を落ち着かせよう。そうだ、紅茶を淹れよう。

 ケトルに水を入れ、湯を沸かす間にどの紅茶にしようか考える。

 アールグレイにしよう。

 茶葉をポットに入れ、湯を注いで蒸らすこと3分。

 ポット内の茶葉と、青色の小さな花が、舞っている。 

 完成した紅茶を注ごうと、ティーカップを取り出す。

 柑橘系の香りがほんのりと漂う。

 一口飲む。

 体中に巡る華やかな香りは、普段飲んでいるアールグレイの味。


「ねぇねぇ。何飲んでりゅの?うぱ、喉、かわいたぁ」

 四足歩行で……いや、対角に4つちょこんとついている部位のうち、少なくとも後方の2つは足だと思う……体をのそのそと揺らしながら近づいてくる。

 動いた。

 話すだけではなく、動いた。

 恐怖で、私の頭は真っ白になった。

 これはまさかUMA(Unidentified Mysterious Animal )、未確認動物…。

いや、UPA(Unidentified Piropiro ~ぴろぴろ~Animal )、ウパか!


 本当に怖い体験をしたときって、「ぎゃー!」とか、「助けてー!」とかいえなくて、ただただ固まるのだという事実を、身を持って知った。

「うぱにも、ちょだい」

 ティーカップで、この生き物が飲めるとは思えない。

 戸棚に、なるべく浅い皿は無いかと探す。

これなら、良いかも。

 桜模様の醤油皿を取り出して、零れない程度に紅茶を注ぐ。

 すっかり冷めてしまったので、これなら火傷もしないだろう。

「……どうぞ」

 自称「うぱ」の足下に差し出す。

 飼犬がミルクを飲むように、すすり始めた。

「ぷふぁっ、これ、おいしいにぇ。いい茶葉だ。グルメなうぱも、にこにこだぁ」

 あっという間に飲み干す。


「うぱ、喉潤ったけど、お腹しゅいてるんだよにぇ。なんか、ある?」

 私の喉は、逆にカラカラ、サバナ気候の乾季到来だ。

「……何、いつも食べるの?」

 自分の声とは思えない、掠れた声で尋ねる。

「いろいろ食べられりゅよ。例えば、ゴボウとかぁ」

 ゴボウ?野菜の? 

 冷蔵庫の野菜室からゴボウを取り出す。 

 一昨日、鶏ゴボウご飯を作った残りだ。

 そのまま、ゴボウを差し出す。 

「うーん……」

 なかなか食べようとしない。

「洗わないと駄目だった?」 

 「うぱ」は、頷く。

「ゴボウは、丸めたアルミホイルで泥を落としながら洗りゃうといいらしいよぉ」

 その通りなのだけど、どこでそんな生活の知恵を得たのか。

 言われた通り、アルミホイルを丸め、流水で洗っていく。

 泥付きのゴボウに白味がかかる。


「……これでいい?」

 再びゴボウを差し出すと、ゴボウに飛びついてカリカリと食べ始める。

「うまひー!」

 「うぱ」は、ぴろぴろした部分を細かく素早く動かしながら、ものすごい勢いでゴボウを食べている。

 こんなにもゴボウが美味しそうに見えたのは始めてのことだった。

「ごちしょうしゃま!やっぱり、ゴボウしか勝たんねぇ!」

 満足したようだ。


「そういえばぁ、うぱ、連れてってくれてありがとねぇ」

「いや……あの……」

「お名前、なんて言うにょ?」

「……あぴ子。うぱって、名前?」

「あぴ子ちゃんかぁ。うぱの名前は、ヤム・カァシュ・ウパチャイ7世」

 長っ。

「病む……?」

「違うよぉ、ヤム・カァシュっていうのは、マヤ神話のかっこいい神しゃまなんだよ!強いんだよぉ!」

「へぇ……」

 私はスマホを取り出し、検索する。

ヤム・カァシュ。マヤ神話。

 検索結果として出てきたのは、「トウモロコシの神様」。

 トウモロコシだって?

 ゴボウしか勝たんねぇ、とか言ってなかっただろうか。


「まー、長いからねぇ。あぴ子ちゃんが好きに呼んでいいよ」

 ヤム・カァシュ・ウパチャイ7世をじっと見て、考える。

「うぱまる、とかかわいくない?」

 最大限にぴろぴろを動かして、いやいやとアピールをされた。

「お願いだから、うぱまるだけはやめてぇ」

かわいいと思うのに、そんなに気にくわなかったのかな。

 食べかけのハート型のピンク色のマシュマロの入った瓶が視界に入る。

「色もピンクだし、もふもふしてるから、うぱまろね」

「うぱまろならいいよぉ」

 うぱまろは、満足そうに軽く飛び跳ねる。

「マシュマロも食べる?」

 瓶から1つ、取り出してうぱまろに与える。

「マシュマロぉ!」

 うぱまろは上機嫌で飛びつく。

 ここから、私とうぱまろとの緩くも刺激的な日々が始まったのだった。


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