第2話 君を見つめる熱い視線♡

 池袋中心地にある、大型ショッピングモール。

 ハンバーガーショップや、若者向けのアパレル店、贈り物向けのお洒落な雑貨屋が並ぶ。

 以前ならお気に入りのショップで新作が出ていないかと寄り道をしていたが、今回は目的があるため素通りする。


 脇目も振らずに辿り着いたのは、特設会場・夏のイベントコーナー。

 風鈴、豚の形の蚊取り線香、流し素麺スタンドなど、季節を感じさせるものが売られている。

 私は季節の小物を見るのが好きだ。

 正確には、季節の小物を見ながら、愛してやまないタマキさんとのデートシーンを妄想するのが大・大・大好きだ。


 ちなみに、今日の目玉は言うまでもなく、これらを見て妄想に耽ることだ。

 浴衣や縮緬で丁寧に作られた和の髪飾りを見て思い浮かべるのは、夏の終わりの花火大会。

 白地に桜の花の浴衣に、朱色の帯。

 まとめ髪効果で、ちらりと見えるうなじでセクシーさをアピールしつつ、普段とは違う雰囲気の私を魅せて、大好きなタマキさんの心を射抜きたい……!


 打ち上げられる花火を見て、無意識に呟く。

「綺麗……」

 タマキさんは私の肩を強く抱き寄せる。

「あぴ子、君の方が、ずっと綺麗だよ」

「タマキさん……♡」

 私は頬を赤らめ、彼を上目遣いでうっとりと見つめる。

「花火は終わってしまうけど、君とはずっと一緒にいたい」

 タマキさんは、私を切れ長の美しい瞳で見つめ、髪を撫でる。

 リアルの男はすぐに裏切るが、タマキさんは絶対に裏切らない。

 きっとこの言葉も本物だ、真実の愛は此処にあり。

「うん!ずっと一緒にいようね。絶対、約束だよ♡」

 私は無邪気にタマキさんと指を絡める。

 タマキさんと一緒なら、どんなに醜い世界だって、きっと美しく見えるはずだ。

 タマキさんのいない世界なんて、私っ、考えられないっ!

そんな世界なんて、私が存在する価値などないんだぁぁ!


「お客様、何かお探しですかぁ?」

 大学生くらいの、アルバイトの女性店員に気怠げに声をかけられる。

 胸元には「研修中」のバッチが着けられている。

「大丈夫です」

 左腕の時計に目を向ける。

 妄想に耽ってしまい、気が付いたらこのコーナーに30分もいる。

 何も買わずに帰るのも気が引ける。

 まさか、リアルでイベントに行く相手がいないのに、水着や浴衣は買えない。


 涼しげな硝子細工でも買って、テーブルにでも置こうかと、雑貨の置かれた棚を見渡す。

 波に乗るイルカ、西瓜割りをする白熊など、可愛らしくも繊細な硝子細工が目に入る。

 すごく、かわいい。

 心惹かれたのは、ウーパールーパーが向日葵を持つ硝子細工。

 それを買おうと、壊れないように、手のひらに乗せようとする。


「ねぇねぇ。そいつよりぃ、もっとかわぃぃウーパールーパー、ここだよ」

 声が聞こえて、振り返ると、夏のぬいぐるみコーナー。

 ペンギン、亀、クラゲ等の緩いキャラクター達。

 ご丁寧に、夏でもひんやり素材仕様になっている。

 そこで目が合う、一匹のウーパールーパー。

ピンク色の、丸い、ころんとした形でデフォルメされている。


「この子……喋った?」

 私はウーパールーパーを持ち上げる。

 勿論、ぬいぐるみは話さない。

 失恋のショックで、ぬいぐるみの幻聴まで聞こえたか。笑えてくる。

 手に持ったウーパールーパーのぬいぐるみの顔を見て、冷静に考える。

 今まで、ぬいぐるみは沢山買ってきたし、買ったら買ったで棚やベッドに飾り、そろそろスペースに限界がきている。

 今回も、買ってもそのままだろう。

 ウーパールーパーを手から放して、陳列棚に置く。


 そのまま立ち去ろうとするが、再びぬいぐるみと目が合う。

 子供の落書きのような、眠っているような、ぼんやりとした目。

「ねぇねぇ。連れて帰ってくりぇないの。いっしょ、帰らないの?」

 またまた聞こえる、悲しげな声。

心なしか、表情までも切ない。

「今、さみしいの?何となく、不安なの?うぱも、おなじ、なきゃま……仲間だよ」


 私は、気が付いたら、ぬいぐるみをレジに持って行った。

 先ほどの若い店員は、困惑したようにレジのバーコードを読み取る。

 よく見ると、ぬいぐるみの手に、無理やり引っ掛けたようなバーコードのタグがある。

「もふもふひんやりアニマル・小犬。3300円(税別)」

 絶対に犬ではない……というのは店員も私も分かってはいたが、先ほどの気怠げな店員は、確認するのも面倒なようで、「現金ですかぁ?クレジットカード利用ですかぁ?お手下げ有料ですけど、必要ですかぁ?」なんて、欠伸をしながら聞いてくる。


 現金での支払いを終えると、店員は怠そうにスマホゲームを始める。

 小犬(ウーパールーパー?)をエコバッグのなかに入れて、電車で帰る。

 時々、エコバッグの中身が動いたような気がしたが、きっと、電車の揺れだと思う。


 これが、ただのぬいぐるみなんかではなく、とんでもなく不可思議な未確認生物だと分かるのは、そう遠くない、数時間後の話。


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