第19話 カゲ、ヒナタに咲く 最終章 親父越え


 クロは廃寺の前に居た。

 相対するはカゲ。モモコは居ない。一対一だ。


「お前一人で俺に勝てるとでも?」

「母さんは目ぇ覚めたかよ」

「覚めてたらこんなとこいねぇよ」

「だろうな、母さんからの言伝だ。アンタと戦ってでもオハシラを止めろってさ。そのためにモモコがいるんだと」


 そこで驚きの顔をするカゲ、目を見開いて信じられない物を見るような視線をクロへ送る。


「本気か? そんな夢見事信じる気か?」

「夢見事なら散々見た。禍魂マガタマやら御祓師サイキッカーやら」

「そうじゃねぇ!」

「一緒なんだよ、親父。俺にとってはどっちも」


 二人はぶつかり合う、選択眼リモコンアイ同士のぶつかり合い、白銀の瞳が交差する。境界チャンネルの奪い合い。それに分が有るのはクロだった。それは経験をも超える天賦の才。カゲにもたどり着けなかった領域。しかし。


「影色濃淡、捉えろ」


 影に足を囚われる。身動きが取れない。


「これで詰みだクロ、大人しくヒナタを渡せ」

「はい、そーですかで渡せるかよ」

「一応聞く、なんでだ?」

「もっかい言わせる気かよ、母さん命令なんだよ。花丸のな」


 カゲが一発、クロをぶん殴る。顔面直撃。


「目ぇ覚ませ……!」

「テメェこそ!」


 クロはいつの間にか影から抜け出していた。弱体化する境界チャンネルを選んでいたのだ。カゲとの間合いは、間近。アッパーで攻める。それを後ろ反りで躱すカゲ。そこに――


「えいっ」


 クロの金的。

 カゲは悶絶する。しかし致命傷じゃない。地面を転げまわるカゲを踏みに行く。ストンピングだ。

 容赦のない踏みつけ、着実にダメージを与えて行く。しかし。

 影に溶けるカゲ。


「ええい紛らわしい名前しやがって!」


 おっとメタ的に後悔してる発言はせめて酔ってる時くらいにしてもらおうか。閑話休題。

 影から飛び出すカゲ。クロを羽交い締めにする。そのまま首に腕を回し絞め落とそうとしていた。


「う、お、らぁ!」

「――!?」

 

 背中のカゲごと持ち上げてひっくり返るクロ。それはさながらバックドロップかのようなナニカ。決してバックドロップではない。

 背中から地面に叩きつけられるカゲ、息を吐き出す。


「カハッ!」


 そのままクロはカゲの腕を振りほどき、起き上がる振り返りざまの一撃、渾身の拳、それはカゲではなく地面を捉えた。石で出来た参道を貫く。


「どこ行った!?」

「上だよ、思わなかったろ?」


 そこに居たのは――


「ゾウ――!?」


 質量に押し潰される。本気で殺しに来た。こいつはもう父親じゃない。クロはそう判断した。すんでの所で躱すクロ。それでも、それでもだ。まだ終わりじゃない。


エレファント、吸い込め」


 象の鼻が息を吸い込む、するとどうだ。クロが引き寄せられていく。カゲの下へと。象の射程範囲へと。


(マズい……!)


 クロは手近な石灯籠に掴みかかる。抱きかかえるようにして吸い込みから耐える。


「いつまで、もつかな?」

「いつまでもだ」


 持久戦が始まった。超能力も無限ではない。集中力を消費する。集中力が途切れれば技は解ける。それはアオに教えてもらった事だった。百鬼夜行と称する事になったオハシラとアカが起こした100体の禍魂マガタマ氾濫事件から、対超能力者用の戦闘の基本を叩きこまれたのだった。

 時間がしばらく経った。汗を掻いているのはカゲの方だ。石灯籠に捕まっているだけのクロは平気そうでいる。


「これが若さか……」

「老いたな親父」


 象が解ける。吸い込みが止まる。石灯籠から放れ駆け出すクロ。カゲはただ構えを取る。殴り合いが始まる。

 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃……。

 腕、脚、胴体、顔面、金的……。

 ルール無用のバーリトゥード。繰り広げられる激戦に入る余地などない。


「黒色一蹴――」

「そんな技名つけても普通ただの蹴りは蹴りなんだよ!」


 クロの蹴りをインパクトの直前で止めるカゲ。そのまま脚を砕きにかかる。しかし、そこには――

 

「――!? これはまさか念動力――!?」

「喰らえ」


 一撃二殺。二段構えの念動力。アオとの地獄の特訓のすえに覚えた唯一の技、アオ曰く、人間には誰しも微力ながら超能力が宿っているのだという。それを引き出すための潜在能力牽引訓練。水中でひたすら蹴りを繰り返したり。紐で天井でひたすら蹴りを繰り返したり。とまあ色々やったクロ。え? そんな時間いつあったって? そこはアオさんが空色無式で時間を作りました。サイコ・ガール+さいこうLOVE次元では重力で時間をも操れると物理学の教科書にも載ってます。作外では知った事ではないです。閑話休題。

 クロはそんな微量な念動力を脚に集中させて、蹴りを放った。それは一撃目をただの蹴りだと錯覚させ、二撃目が本命のインパクトとなる。

 それはカゲにクリティカルヒットした。胴体にドンピシャ。吹き飛ぶカゲ。木にぶつかり止まる。


「……やりすぎたか?」

「いや、そんな事ないよ」

「アオ……さん」

「別に呼び捨てでも構わないよ。親の仇だしね」


 黙りこくるクロ。くすっと笑うアオ、カゲが呻く。


「アオぉぉぉ……!」

「そんなに私が恨めしいか、カゲ」

「あ、たり、まえだ……カハッ」


 意識を失うカゲ。

 アオが空色無式で空間を歪め、泡を作り、そこにカゲを閉じ込める。アカの時と同じだ。


「……これで良かったんすかね」

「私にとってはね」

「アオさんはモモコで何をしようとしてるんです?」

「クロ君、私はね、生まれた時から打倒オハシラしか考えていないよ」


 そこで話は終わりだと言う風にアオはカゲを連れて去って行く。後からモモコがやって来る。


「すげぇじゃねぇかクロ! アオさんを倒した相手をやっちまうなんて!」

「……多分、親父は本気じゃなかった」

「え?」

「本気だったら、あの極光を使ってた」


 思い出されるアオを昏倒させた一撃。あれを使わなかった。いや使。親子の情で。

 クロは拳を握りしめる、血がにじむ。

 その拳を両手で包み込むモモコ。


「……モモコ?」

「きっと、お前もワタシもお前の両親も助かる方法がある。そのためにはオハシラが邪魔なんだ。頼む協力してくれ!」


 頭を下げるモモコ。クロは頬を人差し指で掻く。


「あー、まあ? 俺、お前の使い魔だし。言われなくても。みたいな……上手く言えねーけど。うん、きっと大丈夫だ」

「ホントか!?」

「ああ、花丸だ」

「あはは! なんだそれ!」

 笑い合う二人。


 一方その頃。

 オハシラサイド。


「ほらムラサキ連れて来たぞ」

「ワン……おじーちゃん」

「おお、すまなかったなムラサキ、長い事待たせた。全てアカが悪い」

「おねーちゃんわるい」

「おいコラジジイ、ムラサキに変な言葉教えんな」


 若くか細い少年はムラサキを抱きしめながら。


「いいか? お前のせいで十年以上計画が後回しになったんじゃぞ?」

「あーはいはい悪かったよ。でも楽しかったろ?」

「……んな訳あるか」

「はい図星ー」

「ずぼしー」

「ムラサキに変な言葉を教えるなバカ!」

「バカつったかテメェ!」


 まるで子供の喧嘩である。

 しかし計画は始まろうとしていた。


「ムラサキを核として神創受胎を完成させる」

「「しんそーじゅたい?」」


 アカとムラサキが声を揃えて言った。


「ムラサキはともかくバカは知っておけ」

「さっきからわざとバカっつってんな!? ってやろうか!?」

「失礼、アカだったな忘れていた」

「テンメェ……覚えとけよ……」


 それで刃を収める辺り、アカもお人好しの類である。


「いいか? ムラサキ、神創受胎とはお前が意のままに境界チャンネルをいじるの事じゃ」

「それって選択眼リモコンアイと何が違うんだよ」

「まず第一に規模が違う。それに奴らのそれは対象を選ぶ、神創受胎は対象を選ばない。第二にこれは視るモノではなく変えるモノだ。一般人の認識さえ書き換える」

「するとどうなる?」

禍魂マガタマ


 アカが首を傾げる。


「ほーん、で?」

「それだけじゃが?」

「おいおい、それがあんたの復活となんの関係がある?」

「復活ではなく顕現じゃ……復活ならもうしておる」


 頭を掻くオハシラ、膝のムラサキは小首を傾げて。


「ムラサキ、何すればいい?」

「好きに遊べムラサキ、それで儂は顕現する」

「ホントかよ」


 アカがケチをつける。オハシラは困ったような表情で笑った。


「アカ、幸運とはな、人間だけが享受していいものじゃないんじゃ」

「あん? なんの話だ?」

「溢れた幸運はどこへ流れる? 未曾有の不孝を前に幸運はどこへ逃げる?」

「……まさか」

「そう、儂の下へと集うんじゃよ、件の百鬼夜行でそれは実証済みじゃ、それがこの姿なんじゃよ」


 若くか細い少年の身体を見せびらかすオハシラ。


「お前、受肉したってのか?」

「なんじゃ気づいておらんかったのか。無理も無いか、いつも違う境界を見てるんじゃあな」

「……なるほどな。余った幸運は根こそぎ神様が奪い取るって寸法だ」

「奪うのではなく還って来るのじゃよ、あるべきところにな」


 不敵に笑う二人。釣られてキャッキャッと笑うムラサキ。

 始まる、神創受胎。地獄の門が開かれる。

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