第8話 孤独なモモコ


 魔都TOKYO、その路地裏、室外機がひしめく一角。薄暗いその場所に、モモコとクロは居た。

「ここに禍魂マガタマがいるって?」

 クロからの質問、モモコは頭を掻きながら。

「アオさんの指示だ。ここの低級禍魂マガタマがいるから退治して来いって」

「低級ねぇ、アレはいいのかよ、例のオハシ――」


 そこでモモコに手で言葉を制されるクロ。

「その名前は出しちゃダメだってアオさんが」

「……例のアレはいいのかよ」

 クロは言い直した。

 モモコはどこか遠くを見つめながら。


「今は情報不足だって。今は動かない方がいいって」

「だから低級狩り?」

「そういう事」

 二人は路地裏の奥へと踏み込んだ。

 暗く湿っぽい感触、コンクリートの硬さが侵入を拒絶する。


「なんか薄気味悪いな」

「今更だZE、機にすんなって。またキスしてやろうか?」

「もういい!」

 怒ったように歩みを進めるクロ。そこでっとした感覚。

「うわっ!? 犬の糞踏んだ!?」

 そう思ったのも束の間。


 。瞬く間にクロを取り込んでいく。

「マズい! 影鬼の結界テリトリーだ! 逃げろクロ!」

「間に合わない! モモ――」

 逃げようとするが足を取られ、影に飲み込まれていくクロ。そこにはモモコ一人が残された。

「嘘、だろ……クロ……」

 モモコはその場に膝を付ける。


 しばらく経って。

 雨が降り出す、差し出される傘。

「帰るぞモモコ」

「……アオさん」

 スーツルックのアオだった。煙草を吸っている。

「待って下さい、まだクロが影鬼の結界テリトリーの中に……」

結界テリトリー持ちはお前らの手に余る。他の奴に任せるからお前は帰れ」


「アオさんなら! アオさんなら勝てるでしょう!? さっさとやっつけてくださいよ!」

「悪いが忙しい。

 モモコが俯いていた顔を上げる、その顔は険しい。

「クロがどうなってもいいって言うんですか!?」

「現状優先すべき事項がある。クロは残念だがそれ以下だ」


「そんなバカな!」

「馬鹿でも阿呆でも構わない。決定事項だ」

「アオさん!」

 必死にアオを押し留めようとするモモコ。しかし振り払われる。

「……どうしてもなんとかしたいなら自分でなんとかしろ」

 煙草の吸殻をポケット灰皿に捨てて。アオはその場を去った。


「……私が結界テリトリー持ちを? 技も無いのに?」

 ――だが、やるしかない。

 イメージしろ、勝てる自分を。

 一歩、また一歩と路地裏の奥へと踏み込む。

 影が広がる。影鬼の結界テリトリーだ。


「来いよ」

 モモコはそれを受け入れる。中に飛び込む。

 そこはだった。何もない。影が重ねられた無の空間。

「くっ!?」

 自分の幸運が吸われていくのを感じる。


「喰らえ!」

 モモコのサマーソルトキックからの斬撃。

 しかし、影に効果は無い。モモコは歯噛みする。

「影鬼に物理攻撃は効かない……」

 それは分かっていた事だった。モモコはステップを踏む。集中力を上げるためだ。


 影が足にまとわりつく、モモコの集中力を削いでいく、だけど

 ワンステップ、ツーステップ。タンタンタタン。影を踏みつけていく。ぴちゃんぴちゃんと影が跳ねる、それを糧にして集中力に変化させる。

「すぅー、はぁー」

 息を吸って、吐く。モモコは意思を固める。


「――桃色吐息、消えろ」

 吹きかける桃色の旋風。影鬼がその姿を現す。二本角の黒い人影、地面から伸びる異形。

 今度こそ、サマーソルトキックの斬撃を放つモモコ。それは影鬼の本体を捕らえた。

 切り裂かれた影鬼は霧散する。そこには倒れ込むクロの姿が。

「クロ!」


 クロの下へと駆け寄るモモコ。幸い息はある、意識が無い。

「クロ、起きろ! ちょっと待ってろ!」

 抱き締めてキスするモモコ。息を吹き込む。すると。

「カハッ!?」

 目を覚ますクロ。モモコは安堵した。


「大丈夫か!? 怪我は!?」

「え? ええ? いや、なんとも……」

 モモコは相変わらずクロを抱きしめている。

 クロは目を白黒させながら。

「何なんだ一体……」

 とクロは頭を掻こうとして腕ごと抱き締められていて腕が動かせなくて困った。


「終わったのか?」

 クロが質問する。モモコは首を横に振った。

「私の技はまだ不完全だ。多分、逃がした」

「技? モモコ、技を覚えたのか?」

 モモコはどこか恥ずかしそうに。

「ま、まぁな……まだ出来たばっかりだけど」

「良かったじゃねぇか。モモコ羨ましそうに見てたもんな、きぃさん、アオさん、マシロさんの事」


「! 知ってたのか、恥ずかしいな」

「俺も憧れたし」

「そうなのか! へへっ、なんか嬉しい」

「ちょっとやめろよ、なんかこっちまで恥ずかしくなるだろ」

 お互いに距離を取る二人、顔が赤い。


「影鬼はどこに逃げたんだ?」

 クロが場を誤魔化すための質問をした。

「多分、他の路地裏、虱潰しらみつぶしに探すしかない」

「はぁ、それは気が重いな」

「別に、私だけでも……影鬼に物理攻撃は効かないし」


「いや、付いて行くよ、俺はイイオトコなんだろ?」

「クロ……大好きだZE!」

 もう一回抱き締めようとするモモコ、さっと躱すクロ。

 追いかけっこを始める二人。

 それを上空から眺める者が一人。


「順調に成長していくなモモコ、いいぞ」

 それはアオだった。アオであるはずだった。

 宙に浮いている。影鬼の首を掴んでいる。そのスーツルックはいつものアオであるはずだった。

「クロ、君は良い餌だ。そのままモモコをへ導いてくれ」

 アオはとんっとその場から飛んだ。もうそこにはいない。


 二人はそれに気づかない。

 クロとモモコは結局、徒労に終わる影鬼捜索に一日を費やしたのだった。

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