第2話 天狗を狩ってハムを造ろう


 魔都TOKYOには悪鬼羅刹が跳梁跋扈している!

 ゆえに公安御祓局こうあんおはらいきょくが存在するのだ!


 そうモモコに言われて連れてこられたのは寂れた廃寺だった。


「なんだこのボロい寺は」

「ワタシ達の本拠地だZE!」


 モモコがぐっとサムズアップする。クロは意味がわからんと両手を上げる。すると少女がなにやら手を動かし始める。クロが首を傾げる。


「なにやってんの?」

「印を結んでんの。境界チャンネルを合わせるために」


 またしても境界チャンネルである。クロが近いという妖怪の境界チャンネルとは違うのだろうかと問いかけようとしたその時。廃寺が。それは豪奢な寺院だった。


「へ? へ?」

 

 思わず辺りを見回すクロ、寂れた森林の中が立派な参道になっていた。


「な? すごいっしょ?」

「ここが……公安御祓局……」


 その刹那、アラームが鳴り響いた。ジリリリリ! という警告音だった。クロは思わず耳を塞いだ。


「な、なんだ!?」

「侵入者だ! 禍魂マガタマが現れた!」


 羽ばたきの音、夜空に舞い飛ぶ黒い影。そこにいたのは真っ赤な顔に長い鼻、山伏の恰好に錫杖を構える。その姿は、伝承にある天狗そのものだった。


「また天狗だ!」


 モモコが叫ぶ、天狗は空中で錫杖を構え、巨大な炎を生み出す。


「あはっ! 炎を操るって事は兜率天とそつてんを焼き尽くした大天狗だ!」

「とそつてん……? 焼き尽くしたってそんなにヤバいのかよ?」

「ああ、ヤバいね下手したらTOKYOが終わる」

「はぁ!?」


 炎が公安御祓局の本殿を焼こうとする、モモコが割って入り、桃色の障壁で防ぐ。


「今日は天狗でハムでも造ろう!」


 唐突に意味不明な事を叫ぶモモコ。意味が分からないとクロは逃げ出す。


「おい! イロオトコ! あたしの使い魔なんだから手伝え!」

「成りたくてなったわけじゃねー!」


 不承不承と言った風に参戦するクロ、しかしクロに出来るのは肉弾戦だ。モモコのような飛び道具がない。空中の相手にどう戦えばいいのか。


「跳べよ! クロ! そしたら届くさ!」


 見透かしたかのようにモモコが助言する。言われた通り天狗に向かって跳躍する。天狗はモモコに炎を浴びせかけるのに夢中になっていて隙だらけだ。身体へと掴みかかる。見事、山伏の服を掴む。その横っ腹に腕を突き込む。


「お前も臓物に幸運を蓄えてんだろ!?」


 暖かい感触、噴き出る血、はらわたを引きずり出すクロ。天狗は思わずクロを振り落とす。


「うわっ!?」


 天狗の腸を掴みながら落ちるクロ、それをモモコがお姫様抱っこの形で受け止める。


「天狗のソーセージもいいね」

「これ喰えんのか……?」


 天狗はまだ無事だ。炎をモモコ達へと叩きつける。業炎はモモコ達を焼き尽くす、モモコが桃色の障壁で防ぐが、炎の勢いが強すぎる。


「万事休すって奴……?」

「おいおい。どうすんだよモモコ!」


 その時、虚空から響く女性の声。


「おーおー、派手にやってんな。今日の晩飯は天狗のハムかぁ?」


 長い青髪の女性、スーツルックのスタイルの良い美人な大人の女性と言う感じ、黙っていればクールビューティーと言ったところ。その女性が空中から天狗に指鉄砲を向ける。


「バァン♪」


 天狗の頭がはじけ飛んだ。一瞬にして決着はついた。地に降りる青髪の女性。モモコが女性に駆け寄る。


「アオさん! 助けに来てくれたんすね!」

「ま、そりゃ、本拠地に侵入者とありゃあな。それよりそいつがお前の見つけたイイオトコか?」

「はい! クロって言うっす! もう使い魔にしました!」

「よろしいなかなかの戦果だ。褒めてつかわす」

「やったー!」

「でも天狗が公安御祓局ここを嗅ぎ付けたのはお前を、正確にはクロ君を追いかけてきたからだ。よってプラマイゼロ」

「そんなー」


 アオと呼ばれた女性はクロへと近づく。


「ようこし公安御祓局へ。歓迎するよ」

「はぁ……」

「アオさん! 天狗が腐る前に料理しましょうよー!」

「わーったよモモコ。あいつ大の上級妖怪好きでなぁ。よく食べるんだ」

「ええ……」


 そんなこんなで公安御祓局内の豪奢な内装を進んで厨房まで進む三人。巨大なまな板の上に横たえられる大天狗の身体。


「まずは……って腸はもう抜いてあるのか、じゃあ胃なんかを抜いて骨も抜いて、肉に加工するかね」


 手際よくほとんど人型をしたものの解剖行為というものは、なかなかにショッキングだった。色とりどりの内蔵、赤きサイケデリックな矛盾する色彩。たまに血が噴き出し、アオのエプロンにかかる。


「ふう、こんなもんかな」


 見事にハムへと姿を変えた大天狗。元の姿の欠片もない。これは生ハムだ。燻製しなくては。アオが厨房からスモーク用の器具を取り出す。


「ふんふふーん♪」


 嬉しそうなアオ、しばらくしていい香りが煙と共に厨房の中に充満する。クロも思わず生唾を飲み込む。モモコはよだれだらだらだ。


「汚ぇなあ」


 クロが呟く、モモコはむっとして。


「いいじゃねぇか。美味しそうんだから」


 理由になっていない気がしたが、仕方ないとクロは諦める。アオは出来上がった天狗ハムが皿に並べる。


「さ、召し上がれ」

「い、いただきます……」

「いただきまーす!」


 天狗ハムは……味がしなかった。思わず吐き出すクロ。


「おえっ」

「うわっ、もったいねぇ」


 モモコとアオは平気そうに食べている。クロにとっては食感がダメだったぐにょぐにょしているのだ。


「これ何なんすか……?」

「幸運の塊だよ。妖怪は幸運を喰らって大きくなるからね。これを吸収すれば妖怪退治の時に楽になる。主に幸運を吸われても平気という意味で」

「だからお前も食べろ! 水で流し込め!」


 無理矢理、天狗ハムを食わされるクロ、目を白黒させながら飲み込む。


「まじぃ……」

「どうやら君はとびきりの不幸体質らしい。妖怪に好かれやすい訳だ。幸運を受け付けないほどの不幸、その余った幸運はさぞ取り込みやすかろう」


 アオがしみじみと言う。


「アオさんって何者なんです?」

「一応、公安御祓局の主任をしているよ」

「主任……」

「そうだね、じゃあ公安御祓局のお話をしようか、お茶を入れてくるよ。モモコはクロ君を客間に案内して」

「了解っす!」


 敬礼するモモコ。クロはモモコに引きずられて客間に連れて行かれたのだった。

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