サイコ・ガール+さいこうLOVE

亜未田久志

第1話 イイオトコ


 遥かそびえ立つ摩天楼の上、少女は双眼鏡で街を見下ろしていた。


「おーおー、夜でもTOKYOは眩しいなぁ!」


 夜だと言うのに光り輝く都会の町並み、そこからありのように歩く人々を眺めている。片方だけ肩を出した格好は色とりどりのペンキがぶちまけられたようなデザインの上に『Rock 'n' Roll』と描かれている。下はほとんど肌が露出したダメージジーンズ。だが、最も少女が目を惹くのはその桃色の髪の毛だろう。


「あーあ、どっかに良いオトコいないかなぁっと」


 双眼鏡で物騒な事を言いながらなにやら人探しをしている少女。その目がある一点で止まる。



 少女は摩天楼から飛び降りた。


 そこには行きかう人々の影に必死に隠れようとする黒ずくめの少年が居た。黒髪黒目、黒いパーカーに黒いズボン。黒いヘッドホンまでしている、その先は何も繋がっていない。ただの飾りだ。逆に目立ちそうなものだが、少年はびくびくとした様子で辺りを気にしている。

「こ、こんな夜に出かけるんじゃなかった……クソッ! なにが『今から焼きそばパン買って来い』だアイツら。自分で買いに行けよ……」

 ぶつぶつと愚痴る。どうやら少年はパシられているらしかった。その目の前にと何かが落ちた。


「――へ?」

「よう、あんた名前は?」


 胸にRock 'n' Rollと描かれた少女が一人、少年の前に舞い降りる。少年は驚き後ずさる。


「だ、誰だ!? アイツらの女か!?」

「アイツらって誰だよ? ワタシは誰かの女になるよーなタマじゃないっつーの。ま、アンタなら、ワタシのオトコにしてやってもいいけど?」

「何言って――」

「ほら後ろ」


 少女が少年の後ろを指さした、思わず振り向く少年。そこには――


「な、何もいな――」


 少年が少女に向き直ろうとしていた時、轟音が舞い降りた。辺りに土煙が舞い散る。そこに居たのはナマコに手足を生やしたような怪物だった。


「ば、バケモノ!?」

禍魂マガタマだよ、お前、良いオトコになれるZE? だってこんな大物をこんな人混みで呼び出しちまうんだから。よく今まで生きてこれたな?」

「そんな、俺が呼び寄せたっていうのかこの怪物を!?」


 のたうつ怪物。口を開く乱杭歯が覗く。


「そうだ、そういう餌を守るために私達、御祓師サイキッカーが居る!」


 それは綺麗なサマーソルトキックであった。しかし虚空を描く一回転、それは空を切り裂いた。四足ナマコには当たっていない――


「なにして――」


 かに思われた。その軌跡を辿るように刃が形成される。桃色の刃は真っ直ぐナマコへと飛んで行く。


「危ねっ!?」


 思わず、ついでに切り裂かれかける少年、横にひとっとびする。四足ナマコは切り裂かれ血と臓物を撒き散らす。


「うわっ!?」


 四足ナマコの血を浴びる少年、しかし、そこには違和感があった。最初の轟音の時からそうだった。行きかう人々が全くこちらを気にしていない事だ。四足ナマコの血を浴びているのに濡れている感覚が無い。


「なんだこれ……?」

境界チャンネルが違うのさ、たまにお前みたいに境界が近い奴がいる。そういう餌に近づいてくる禍魂を狩るのがワタシ達の仕事だ」


 そう言って座り込む少年の肩を担ぐ少女。


「な、何するんだ!?」

「自己紹介がまだだったな。ワタシはモモコ。アンタは?」

「いやだから何をうおおーー!?」


 一気にビルを駆け上がるモモコ。少年は肩を担がれているので勿論連れていかれる。ビルの上までたどり着く。そこには黒い影が浮いていた。


「な、なんだアレ?」

「アハハ! ヌエだ! 上物だ! アンタ才能あるよ!」

「あれも俺が呼び寄せたってのか!? なんでだ!?」

「禍魂は人の幸運を喰らう。そして不幸にする。アンタの運気は最高の餌だったのさ。部屋の風水とか気にした方がいいZE?」

「そんな胡散臭い占いみたいな――うわっ!?」


 鳥の身体に寅の頭、蛇の尻尾を生やした化け物、鵺がこちらを捉えて襲って来たのだ。牙が覗く、何かを吸い込もうとしている。いや吸い込んでいる。


「まさか俺の運気を食べてんのか?」


 モモコが空中に飛び立つ。そして手で十字を切る。


「――切り裂け」

  

 桃色の十字の刃が飛び出す、それは鵺を切り裂き、血を溢れさせた。地面に降り注ぐ血液、しかし境界チャンネルが違う人々は気が付かない。そして鵺にとってそれは致命傷ではなかった。鵺が奇妙な叫び声を上げる。少女にその鋭い爪で斬りつけにかかる。


「くっ!」

「モモコ!?」


 少年が叫ぶ、地面に叩きつけられるモモコ。それにさえ境界の違う人々には気づかれない。桃色の少女は受け身を取った。


「やりやがったな……!」

 

 獰猛な笑顔を浮かべるモモコ。その手には鵺の羽根が握られている。


「――掴め」


 モモコの持つ羽根と鵺が桃色の線で結ばれる。糸でぐるぐる巻きにされる鵺。地面へと引きずり込まれる鵺、少女が糸を引っ張っているのだ。鵺が叫び声を上げる。その叫びが衝撃波となって桃色の少女へと叩きつけられる。


「モモコ! 大丈夫か!?」

 

 少年が叫んだ。モモコは衝撃波を桃色の障壁で防いでいる。鵺がじりじりと地面へと近づいてくる。少女が口端に血を滲ませながら鵺に繋がる糸を引っ張っている。鵺が連続で衝撃波を放つ。桃色の障壁にヒビが入る。


「まずいんじゃ……どうしたら……」

「お前の名前を教えろ!」

「へ?」

「いいから、早く!」

「く、クロ!」

「いい名前だ、クロ! お前は今日からワタシの使だ!」


 桃色の息吹を飛ばすモモコ。吹きかけられたクロは戸惑う。自分の身体の変化に力がみなぎって来る。今なら――飛べる。ビルから上に飛んで鵺の上へ飛び乗る。


「俺の幸運を返せ馬鹿野郎!」


 腹へと手を突き込むクロ。臓物の赤い血しぶきが飛び交う。その中に暖かい感触がある。それを掴み取るクロ。それは――


「それはお前の幸運だ! よくやった!」

「これを俺が?」


 鵺が苦しみ地面へと叩きつけられる。鵺を桃色の糸で雁字搦がんじがらめにするモモコ。鵺の動きを封じる。ニヤリと笑う。


「さあてどう料理してくれようか!」

「いいから、さっさと倒してくれないか……」


 受け身を取り損ねたクロが、地面に尻もちをついていた。鵺は相変わらず衝撃波を飛ばす。華麗に躱す、モモコ。ガムを口に放り込むモモコ。風船を作る。破裂させる。パチンッと割れて、それが衝撃波が飛んだ。少女なりの意趣返しだ。衝撃波を受けた鵺は呻き声を上げて苦しむ。


「さてそろそろいいか、封印する」


 パンッと柏手を打つモモコ。鵺を障壁が囲む。それが狭まり、鵺を球体に丸めていく。そして。


「――弾けろ」


 鵺は血しぶきと化して霧散した。血しぶきが辺りを染め上げる。相変わらず、辺りの人々は気にしていない。


「なあ、使い魔ってなんだ? 俺どうしちまったんだ?」

「私の力を分け与えた、これでアンタはアタシと一心同体だ」


「……一心同体? それってどういう……うわっ!?」


 クロをお姫様抱っこするモモコ、摩天楼へと駆け抜ける。


「なんだ!? なんだ!? 説明してくれよぉ!」

「クロにはアタシの御祓サイキックの力を分け与えたのさ。おかげで自衛くらい出来るだろう?」

「それは……いや、一心同体の説明になってない」

「アタシの力を分け与えられた人間はアタシが死んだら死ぬ」

「はぁ!?」

「逆もまたしかりだ。アンタが死んだらアタシも死ね。一蓮托生って奴だNE!」

「そんなバカなぁ!? っていうかどこ連れて行くつもりだよぉ!?」

「いい景色を見せてやるよ」


 摩天楼の上、街並みを見下ろす二人。


「……すげぇ」


 明るく光る夜中の都会、社畜の光なんて呼ぶ人もいるそうだが二人はそんな事は気にしない。眼下に広がる街並みに見惚れるクロ。モモコは満足気に。


「どうだ気に入ったか?」

「うん……すごく」

「どうだ、これから一緒に禍魂を狩らないか?」

「……遠慮したい。でも一蓮托生なんだろ?」

「ああ、そうだ」

「じゃあやってやるよ、俺の幸運を奪う化け物なんて皆殺しにしてやる」

「いい心がけだ! お前才能あるよ!」


 ポンっとクロの肩を叩くモモコ。そこにまたしても黒い影。


「また!?」

「次は天狗か、面白れぇ!」


 鳥面の人型の化け物、鴉の羽根を生や修験者の恰好をしている、


「大人しく臓物をぶちまけろ!」

 モモコ必殺のサマーソルトキックが炸裂する。桃色の半月状の刃が、飛ぶ、天狗が団扇を扇ぐ、刃はあらぬ方向へと飛んで行く。


「面白れぇ!」


 空中に飛び掛かるモモコ、クロも追随する。


「無茶すんなモモコ! さっきのダメージが!」

「気にすんな! 自分の戦いに集中しろ!」


 天狗へと襲い掛かる二人。クロを囮にして、モモコは天狗の首元へ斬りかかる。手から伸びた桃色の刃が天狗の喉元を切り裂く。血が噴き出す。天狗は地へと落ちて行った。空中へと躍り出たモモコとクロも落ちていく。


「クロはどこに落ちたい?」

「……幸せになれるところ」

「じゃあ御祓師サイキッカーの本部に来なよ! 薄汚い寺だけど楽しい所だZE!」

「ああ、そうする。もうパシられるのはごめんだ」

「パシられてたんだ。ウケる」

「……笑うな」

「ごめんごめん、血生臭い世界へようこそ! クロ! と言っても無味無臭だけど」

「これからもよろしく?」

「よろしく!」


 こうして二人の禍魂退治の物語が始まった。

 化け物の血にまみれた珍道中、どうなる事やら。

 それは本人にしか分からない。

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