第12話『いつもと変わらぬ朝』


 ソラちゃんのお墓へ参り鎌倉のアトリエへ戻って来て二日が経った――。


 この二日間は食事以外の用事でほとんど外には出ていない。勿論、絵も全く描けてはいない。朝起きてラジオを聞きパソコンでネットを検索し、時折ウイスキーを口にする。

 あれから全くやる気が起きないのだ。体を動かすための気力がわいてこない。心のどこかが欠けている気がする。


 〝何かをしなくてはいけない〟 そんな焦燥感だけが募っていく……。


 今朝、目が覚めて食パンにそのまま齧り付きホットミルクで流し込んだ。それからパソコンを立ち上げて今日のニュースをチェックした――。


 中国の経済バブルが鈍化し始めたそうだ。政府は日銀に金利引き下げを要求したそうだ。株価は緩やかに下降している。いつもと左程変わらない朝だった。



 その時、携帯電話が鳴り始めた。私は窓際のテーブルまで行き電話を手に取った。


 ――見た事ない番号だな?


「はい、東雲しののめです」

「あ、私、向日葵園ひまわりえんの向井明菜と申します」

「ああ、先日はどうも」


 先日、向日葵園に行った時対応してくれた職員だったな。一体、何の用だろうか……。


「あの先日は澤田星空さんの事、お伝え出来なくて申し訳ございませんでした」

「いえ、お気になさらず」

「こういった場合、遺産相続で問題が発生することもありますので、お伝えする事が出来ませんでした」

「ああ、成程……」


 相続によるトラブル。きっと後から内縁の夫とかと名乗り出る事を警戒しての対応だったのだろう。特にソラちゃんの場合は養子縁組を断っているので独り身だ。だから警戒が必要だったと言う訳だ。


「それで、失礼ながらこちらからお聞きしたい事があるのですが」

「何でしょう」

「そちらに星空さんから贈られた手袋ですが、それはどう言う意味だったと貴方は思われますか」


 ――意味? ソラちゃんがこれを私に送った理由を知りたいと言う事だろうか?


「でも、なぜそれをあなたがお聞きになるのですか」

「私たちは、今、ソラ姉ちゃんの死因の真相を調べています」

「え? それはどういうことですか」どう言う意味だ?

「実は警察は当初からソラ姉ちゃんの死因は自殺の可能性が高いとみて捜査を始めたのです……」

「事故ではなかった言う事ですか」

「いえ、私たちは事故だと確信しているのですが、警察は最初から自殺を立件しようと動いていたのです。ですが立件するだけの証拠が集められず結果として事故として処理されました」

「ええ、私もそう聞いています」


 ――だが、何だか妙な話だ。何故ソラちゃんが自殺したなどと言う話が出てきたのだろう? 彼女の性格を知っていればそんなことはあり得ないはずなのに……。

 そう言えば萩に話を聞きに行った時の村田清美の態度は少し変だった。それと何か関係があるのだろうか?


「それで、警察の方は証拠不十分で事故として処理されましたが、今度は別の問題が……」

「別の問題?」

「はい……」

「それは、何ですか」

「それは……少し電話でお話ししにくい事なのです」


 ――どういう事だろう。まさか何かの事件が係わっていると言う事だろうか?


「会ってもらえばお話していただけるのですか」

「はい、ぜひお会いして、私の方もお話をお聞きしたいのです」


 そう言われても、こちらから話せることはあまりない。私にはソラちゃんに手袋を渡したときの記憶が無いのだ。ましてやソラちゃんがこの手袋をどう言うつもりで送ろとしていたかなど想像もできない。だとしても……。


「でしたら、今晩一緒にお食事でもどうですか」

「夕食のお誘いですか」

「ええ、中華でも食べながら話しませんか。横浜に知り合いの店がありますので」

「あ……はい」

「それでしたら今晩七時、横浜駅のドトールでよろしいですか」

「はい、喜んで……」

「では七時に」

「はい……」


 そう言って電話は切れた。


 うん、これで良いだろう。一方的に話を聞くのは心苦しい。なので食事に誘った。いきなりすぎて驚かれてしまったようだが、これで心置きなくソラちゃんの話を聞く事が出来るだろう。それにしても、別の問題とは何だろう? 遺産や保険の話だろうか? まあ、今は良い会えばわかるだろう。



 私はそのまま携帯電話で電話をかけてお店の予約を入れた。

 お店の名前は呑天楼どんてんろう。高校時代の美術部の先輩の実家である。私は何かの集まりで食事をするときに、いつもここにお世話になっている。残念ながら横浜と言っても中華街ではなく横浜駅の徒歩十分に建っているのだが、そのおかげで本格的な中華料理よりは中華系創作料理がメインのお店なのである。


「もしもし、吞天楼ですか。私、いつもお世話になっている、東雲しののめです。今日って……」気兼ねなく話せるように個室を取っておいた。


 そして、携帯を置きながらふと気が付いた。


 ――あれ、そう言えば、これってデートのお誘いみたいだな……。

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