第13話『展覧会の絵』
昼は近所のコンビニで海苔弁当デラックスを買ってきた。それからラジオを付けてウイスキーを取り出し薄めの水割りを作った。午後のまったりとした時間が過ぎる。
私はおもむろにスケッチブックを取り出し、次回作のアイディアをいくつか描いてみた。全然駄目だ。クオリティー的には前回と同程度のものは描けるだろうが、それを描く気がまったく起きないのである。
今まで自分がどういう気持ちで描いていたのか思い出せない。これからどう描いていくのか思いつかない。大事な何かが見当たらない。
私はスケッチブックを床へと放り出し、ソファーへ横になった。すでに一か月以上こんな状態を繰り返している。
大きくため息をつき、モゾモゾとソファーから這い出してシャワーを浴び、服を着替えた。今日は一応、女性との食事デートのつもりなので少し格好を付けて、学生時代に買った黒のパンツに黒のシャツ、茶色のジャケットを羽織った。
まだ待ち合わせには時間がたっぷりあるが、家に居ても別にすることが無い。私は先に横浜まで出ることに決めた。
自転車で鎌倉まで行き、JR横須賀線で横浜まで約三十分。横浜駅に着いた。
ラッシュ時でもないと言うのに相変わらず人の多い駅だ。ただし、ここの駅は観光客や外国人が多いせいで人の流れは幾分緩やかで、それほど嫌な感じはしない。多くの人が行く先に戸惑いながら歩いている。その光景に何故だかほっとしている自分が居る。
時刻はまだ三時半を過ぎたところだ。待ち合わせまで三時間以上ある。
学生時代なら恐らく映画を見て時間を潰す選択をしただろう。だが最近ではあまり映画を見に行くことがなくなった。私が好きなのは人物の心理描写を深く描いた作品である。特に感情の変遷をしっかりと描いた作品が好きなのだが、最近はめっきりとそう言った作品が減ってきた気がして自然と足が遠のいた。
ふとホームに張り出されたポスターに目が行った。
「日本画展か……」
そごう美術館で仙台などの東北地方にある美術館の所蔵する日本画を集めた展覧会が開催されている様だ。先日、京都の美術館を巡るのをやめたので丁度良い。行ってみることにした。
日本画とは古くは
受付でお金を払いレジュメ(概要)を受け取る。そして会場へと足を踏み入れた。
横山大観・川合玉堂・平山郁夫などの有名大家に混ざり、現代日本画家の作品が展示されている。一見乱雑な配置に見えるが恐らく絵のイメージごとにまとめて配置してあるのだろう。確かにこの配置なら絵の雰囲気を壊さずじっくり見る事が出来る。
日本画は決して写実を求める絵画ではない。大胆なデフォルメや省略化、輪郭線(
私はたっぷりと三時間の時を費やし絵を見てまわった。
展覧会の絵を堪能した私は横浜駅のドトールへと向かった。
ブレンドコーヒーを頼み入り口からすぐ近くの席へと腰かけた。そして、会場で貰った展覧会のレジュメを開き次回作の案を練った。
――私はいつもは何かに追われるような気持ちで絵を描いていたのかもしれない。だとすると、次回作はテーマを決めるのでなく、もっと自由な心象風景を描く方が良いのかもしれないな……。
しかし、問題なのは私自身が自由に描くと言う事を苦手としていることだ。特に大学を卒業してからの私は売るための絵を描いてきたのだ。
最低限のクオリティー。金額に見合う付加価値。私はそう言ったものに捕らわれ過ぎているのかもしれない……。
「お待たせしました」
気が付くと目の前に白のワンピースの上に水色のカーディガンを羽織った女性が立っていた。
「だ……」思わず誰と聞き返しそうになり口をつぐんだ。私が食事に誘ったので向井明菜本人に間違いは無いだろう。
先日、会ったときはその事務的な態度も相まって非常に地味な印象があったが、今の彼女にそれは無い。ナチュラルなメイクであるがその表情からして明るくて清楚な雰囲気を
「あの、どうかされましたか?」
「ああ、いえ、つい見惚れただけです」
「え……あの……はい。ありがとうございます」
そう言って彼女は顔を赤らめ俯いた。
女性と言うのは色々な素顔を持っている――。それらを全て絵画で表現しようとすれば、ピカソ張りのキュービズムのセンスが必要となってくるだろう。そういう意味でもピカソと言う人は真の天才と呼べる人なのだ。
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