第7話『言い訳』


 昼食を済ませた私は近くのスーパーに立ち寄り、久しぶりに夕食の食材を買い込むことにした。と言っても単に二日酔いで胃が荒れているのでお粥を作ろうと思っただけである。


「最近は便利になったものだ……」


 米と卵を買って卵粥を作ろと思っていたが、温めるだけで食べられるお粥のセットを売っていたのでそれをいくつか購入することにした。ついでに色々と買い込んだ。


 マンションへと帰り荷物はキッチンへと置き、ラジオのスイッチを付ける。ちなみにこのアトリエにはパソコンはあるがテレビは置いて無い。どうせあったとしてもニュース以外見ることが無いので買わなかったのだ。

 ラジオからは静かなピアノのメロディーが聞こえてきた。この曲はノラ・ジョーンズのDon't Know Why(ドント・ノー・ホワイ)だ。温かみのあるしっとりと落ち着いた声が室内に響き渡る。その曲を聴きながら、ついでに買ってきたペリエのレモン炭酸水のペットボトルの封を切る。


 本来であれば今日中に旅行の準備を済ませたかったが、もう動く気力が無い。私はどっかりとソファーに腰を下ろしペットボトルを口にした。



 ――もう少し時間が欲しい、私にはまだ覚悟が無い……。


 向日葵園に行ってから、もうすでに小包が二重になっていた理由はなんとなく想像が出来ている。恐らくソラちゃんは私にあの手袋を送ろうとして何らかの理由で果たせなかったのだ。だから里親である村田清美が代わりにあの小包を発送したのだ。最悪のパターンもあり得るだろう。

 しかし、私はその理由を考えることを躊躇している。有体に言えば怖いのだ……。それを知る事で起こる心の変化を恐れている。

 だがそれは仕方のない事だろう。先日まではすっかり記憶から抜け落ちていた幼馴染からの突然の小包。せめて少しでも先に思い出してからでないと、心の準備ができない。今はもう少し時間が欲しい。もし、あの向日葵園でその後の事情が知れたならどんなに楽だったろうか……。守秘義務って何だよ。


「ふうー」


 私は大きくため息をついた。

 明日準備をして明後日出発する。それでいいだろう。そう自分に言い分けしながら私はソファーに横になった。


「少し頭を冷やそう……」そう呟いて目を閉じた。



 次に目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっていた。キッチンへと立ちお粥を器に注いで電子レンジで温めた。テーブルに移動し温まったお粥を一口、スプーンで掬う。味はしっかりついているのに何だか味気なく感じる。

 それでも、これまでは私には絵があった。描いている時はすべて忘れて打ち込む事が出来た。だが今はその絵が描けないのだ。私は器を持ち上げて一気にお粥を喉の奥へと掻き込んだ。



  翌日は朝から電車で移動し横浜駅前のショッピングモールへ向かった。ちゃんとした旅行は学生時代以来である。私はまともな旅行鞄さえ持ってはいない。いろいろと準備をしないといけないのだ。

 まずは適当に旅行用のショルダーバッグを買い、衣料の量販店に行き既製品のビジネススーツとYシャツを購入した。ついでに下着類も買っておく。

 次に雑貨店をめぐり必要になりそうなものを手当たり次第購入した。歯ブラシセットにタオルに懐中電灯……等々。こういう時、一度に揃う大型ショッピングモールは便利が良い。


 丁度お昼になったのでイートインコーナーで食事をすることにした。今日は休日なので家族連れが大変多い。どのお店も込み合っている。比較的並んでいる人数の少ないピザの専門店を見つけたのでそこへ並んだ。


 どうやら一般的に知られているもの以外にオリジナルなピザがあったり、生地が選べる物やトッピングの追加が出来たりもする様だ。私は面倒なのでオーソドックスなミディアムサイズのマルゲリータとエスプレッソを注文した。緑のトレーに乗せて移動し空いた席に着いた。


 絶えずどこかか聞こえて来る話し声。あちこちから上がる子供たちのはしゃぐ声。幸せそうな笑い声。各店舗が流しているCMソング。都会の喧騒とはまた違った賑やかさ……。まるで幸せの押し売りだ。私は湖面に一粒浮かぶ油滴のように、フラフラと流されそれでいて混ざりあえない孤独を感じる。子供の頃からそうだった。きっと私はどことも混ざり合えない。だから人混みが嫌いなのだ。


 熱々のピザを頬張った。モッツァレラチーズの香りが広がった。トマトとチーズの旨味が絡み合い喉の奥へと落ちていく。

 多分、私は子供の頃から冷めているのだ……。

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