第4話『向日葵園(ひまわりえん)』
「児童養護施設だと……」
児童養護施設とは保護者のない児童や虐待されている児童など、養護を必要とする児童を預ける施設である。
その建物は古く木造校舎の造りに近い。私の記憶とも
どうして彼女がここに……。いや、理由は簡単だろう。彼女はここに入所していたのだ。私が勝手に彼女の事を良い所のお嬢様だと勘違いしていたのだ。
平日の昼間の所為なのか中に子供の姿は見当たらない。
そう言えば学校にも虐待を受けた子供たちの特別クラスがあったな。もしかすると、彼女はそっちに通っていたのかもしれない。
私は門の前に呆然と立ち尽くし考え込んだ。必死に頭を回転させてヒントを思い出そうとした。
「あの、何か御用ですか」
背後を振り返るとそこには二十代後半と思しき、眼鏡をかけた線の細い女性が立っていた。作業着のような服にエプロンを掛けたままである。
「あ、いえ、その……」急に声を掛けられたので咄嗟に何も言い出せなかった。
女性は訝し気に小首をかしげた。
「……あの、昔ここへ住んでいた女の子と友達だったもので……。ここは昔から児童養護施設だったのですか」
「はい、五十年ほど前からと聞いています」
「あの、ここに居た
「いえ、そう言った事はここではお答えできません」
しかし、女性は一瞬だけ小さく目を見開いた。私は画家だ。人物画も書いている。そんな表情を見逃すはずもない。この人はソラちゃんの事を知っている。
「彼女から小包が届いたのですが、ここに来れば何かわかるかもと思ったのですが……」そう言ってみた。
「それは、ここから発送されたものですか?」
「いえ、山口の萩からでした」
「そうですか……」
今度はその女性ははっきりと目を見開いた。驚きを隠そうともしなかった。
「……もう少し、お話を聞かせてもらえますか」女性はそう言った。
「はい」
「でしたら、中へ」
私は施設への潜入に成功した。
門には大きな監視カメラが設置されている。
玄関の扉を開け中へ入ると広いロビーにはY字階段があった。学校と言うよりは元はどこかの寄宿舎だったのかもしれない。真正面の壁にモネの真似をした睡蓮の絵が掲げられている。モネほどの色彩感覚が無いので一目で偽物とわかる。
女性は玄関を入ってすぐ横の扉を開けて中へと入った。そこはこの施設の事務所の様な部屋だった。女性の職員らしきが二人座っている。角の方にパーテーションで仕切られた応接室が見えている。私は女性について応接室へと入っていった。
大きな茶色い革ソファーが二つ。壁にはゴッホの糸杉のフェイクが飾ってあった。こちらは筆致が全然足りてない。ゴッホを真似て描く時は、肘から先を固定して腕全体で描かないと、絵の具に筆が負けてしまう。
「暫く、ここでお待ちください。お茶を用意します」
「お構いなく」
女性はそう言い残し応接室を出て行った。私は入ってすぐのソファーに腰掛けた。女性はすぐにお茶を持って現れた。
「絵、お好きなのですか」
「ああ、ええ、まあ……」
「やけに熱心に見てましたね。こちらはここの創設者のご友人の方が描いた絵なんだそうですよ」
「そうですか。立派な絵ですね」そう言っておいた。
「まずお名前をお聞かせ貰えますか」
「
女性はその名字を間違う事なく、テーブルの上に置いた情報閲覧者と書かれた用紙に記載した。
「お名前のハルトはどう言う漢字ですか」
「季節の春に人で、春人です」
「お電話番号は……」
その後、私は彼女に連絡先として住所と携帯番号を教えた。
「私、ここで職員をしております。
「はい、向井さんですね」
「それで、その小包というのはいつ届いたものですか」
「いつ? いえ、昨日ですけど」
「昨日?」
向井は訝し気に小首をかしげた。日付に何か問題でもあるのだろうか。
「ああ、いえ、送り主は村田清美となっていたのですが、中に澤田星空の名前があったので、ここにきて事情を聞いてみようと思ったのです」私は慌ててそう付け加えた。
「ああ、そう言う事でしたか」
「あの、それで澤田星空はその後どうなったのですか」
「そうですね、先ず言っておきますが、ここは養護施設なので守秘義務があり、情報の開示には制限があります」
「はい」
こういった施設では児童虐待の恐れもあるので、個人情報の開示に制限があるのは仕方のない事だ。
「ですので……」そう言いながら向井は小脇に置いた黒のバインダーを開きページをめくった。「星空さんは高校の入学時に母方の親戚の家に引き取られていますね。名前は村田久。清美さんはその奥さんです」
「そうですか、それで住所は」
「住所は山口県萩市になっています。それ以上はこちらではお答えできません」
「はあ、そうですか」何とももどかしい事だ。「それで、彼女はどう言った経緯でここへ預けられていたのですか」
「彼女の場合は両親が行方不明になったとなっています。家に一人でいるところを職員に保護されたと書いてあります」
「そうですか」
その後も色々と質問してみたが、それ以上有益な返答は得られなかった。時刻も丁度お昼を越えたので、私はお礼を言って
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