第3話『青空のソラちゃん』
確かソラちゃんと出会ったのもこの公園だったはず。
私は公園の隅に設置されている
その日、母に叱られた私は家を飛び出し、この場所へとやってきた――。
ここへは以前から学校で何かあったときや、家に居場所が無い時によくやってきていた。他に行く場所が無かったのだ。ここで本を読んだり宿題をやっていたこともあった。
その日は小雨の降る少し肌寒い夕暮れだった……。
「何、時化た面してんのよ!」
目の前に赤いランドセルを背負った背の高い少女が居た。まるで当時流行りの青春映画の一言みたいな言葉を吐いた。
「私があなたの友達になってあげる。だからそんな顔をするのはよしなさい!」
えらく押しつけがましい事を言われた気がする。しかし、僕たちは互いに自己紹介しあい友達になった。
彼女こと星空は同じ小学校に通う生徒だと自分の事を紹介した。だが、当時の僕にはその記憶はない。一度たりとも彼女を学校で見かけた記憶はないのだ。
もっとも当時は学校が統廃合を進めていた時期であり、一学年のクラス数も多くとても生徒全体を把握することは出来なかったし、自分の性格も暗く学校に友達が少なかったと言うのもあって、あまり気にしなかった。
彼女は以前から僕の事をこの公園でよく見かけたと言っていた。
「いつもウジウジと暗い顔してそこに座って、そんなの気になって仕方ないじゃない。だから、行こう」
「え? どこへ」
「うーん、今日はもう遅いから公民館ね」
彼女は少し強引な性格だった。体も小さかった当時の僕はいつも彼女に従った。彼女が提案し僕が受け入れる。そんな関係。別にそれが嫌ではなかった。彼女のそんなリーダシップ的な性格も好ましいと思っていた。
こうして、その日から僕たちは毎日のようにここで出会い、一緒に遊ぶようになっていった。
公園で遊び、図書館で本を読み、公民館のロビーで飾られている絵を眺めた。
「ハルは絵が好きなのね」
「うん、見てると楽しい。なんかねこの絵の世界に入っていける気がするんだ」
「絵の世界?」
「うん、ほらこの桜の木。眺めていると僕の後ろには田んぼがあって藁ぶき屋根の家が建ってるんだ」
「へえー、そんなのがわかるの」
「うーん、そう言う気がするだけかもしれない……」
「ねえ、だったらハル。今度、一緒に絵、描いてみない」
「うん」
「私の事も絵に描いてよ」
「うん」
そう、彼女は僕の事をハルと呼んでいた。そして、彼女が僕に絵を描くきっかけをくれた――。
「懐かしいな……」私は東屋から公園を眺めそう呟いた。
同時にどうして今までこんな大事なことを忘れていたのだろうと疑問に思った。
私はポケットに手を突っ込み昨日買った煙草を取り出した。そして、火をつけた。
「うげ、やっぱりまずい……」慌てて近くにあった灰皿へ放り込む。
やはり人間は過去へは戻れない。ただ思い出すだけなのだと実感した。
そう言えば彼女はいいとこの家のお嬢様だったな……。
彼女は家の話をするのを嫌っていた節がある。それでも毎日のように会って話をして彼女に兄と妹がいる事には気が付いた。それは、例えば彼女のたまに着て来るジャンパーが兄のおさがりだったり、ランドセルに付けられたマスコットが妹の手作りだったりしたのだ。ただ決して彼女は自分から家の事を話すことはしなかった。いや、待てよ……。一度だけ一緒に居る時に妹に出会い挨拶したことがあったな……。
とにかく彼女は家の話はしなかった。
だがある日、どうしてもそのことが気になった僕は彼女と別れた振りをして、こっそりと家まで跡をつけた。そして、知った。
背の高い柵に覆われた広い庭付きの豪邸。柵には大きな門が付けられていた。彼女は「ただいま!」と大きな声を上げて建物の中へと消えて行った。
あの場所は確か、国道を渡り道なりに進んで、小さな橋を渡ったとこだった。私はおぼろげな記憶を頼りに公園を後にし、彼女の家があった場所へと向かった。
それにしても、この辺りもずいぶんと建物が替わっている気がする。奥まったところに建っていた町工場や、角に建っていた煙草屋がコンビニやマンションになっている。はたして彼女の家はまだ残っているだろうか? そして、小さな橋を渡った。
その建物は残っていた。記憶の通り高い柵にアーチ状の大きな門。広い庭に大きな建物。しかし……。
「これは……」
当時の私と違うのはこの表札を読む事が出来ることだろう。
そこには、〝児童養護施設 向日葵園〟 と書いてあった。
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