第158話.一抹の不安

前話のタイトルを修正しました。

「第157話.開幕」→「第157話.慎重な立ち上がり」



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「よーし、結構余裕を持って乗り切れたな。もう少し厳しくなる予想をしていたが、案外楽な戦いになったし、流石に敵の指揮官は、ポール将軍ほど優秀程ではないらしい」


「そうですねぇ。そこに関しては本当に一安心です。まぁ、ポール将軍のような強者がそうポンポンいても困りますがね」


「はは、それはそうだ」


 ――夜。


 すっかり日が沈み、ロドグリス王国軍と帝国軍の最初の交戦は、双方に大した被害が出ることなく、無事に幕を閉じた。


 そんな訳で、現在は夕食を取っている最中さいちゅうである。


 まぁ兵たちは、この少ない人数で敵を全く寄せ付けずに帝国軍をしのぎきったためか、お祭り騒ぎだが。


 リガル達指揮官は、俯瞰ふかんしているため、今回の戦いがそれほど大変なものでは無かったことを分かっている。


 しかし、一般兵たちは違う。


 戦場の前線で戦っている彼らは、全体の戦況がどうなのか、自分たちは現在優勢なのか。


 そういったことが、おおよそでしか分からないのだ。


 そのため、どうしても人数が多いと言うだけで死闘であるように思えてしまうのだろう。


 確かに、人数の上では10000対3000と、非常に勝ち目が薄いように見える戦いであるので、このお祭り騒ぎ状態も納得するしかない。


(ま、別に酒を飲んでいるわけじゃ無し。単に浮かれているだけなら、そこまで特筆すべきであるような問題でもないだろう)


 しかし、別にリガルがそれを止めるようなことは無かった。


 ロドグリス王国軍は、これから夜のうちに、帝国領に侵入するという大作戦を控えている。


 だが、それを行うのは、敵が寝静まってから。


 少なくとも22時は超えてからでないと、動き出すことは難しいはずだ。


 敵も見張りを立てているはずなので、別に敵兵が起きているかどうかというのは然程さほど問題にはならない。


 なら、何故10時まで待たなければならないのか。


 それは、ひとえに明るさが問題だ。


 は? と疑問に思うかもしれない。


 そりゃあそうだ。


 日が沈んでしまえば、19時だろうが22時だろうが、明るさに変化はない。


 ――自然光は。


 当然、人間が夜間に活動しようと思ったら、月明かりなどだけでは明るさが足りなさ過ぎる。


 そのため、人工的な光源を用いるだろう。


 だから、日が落ちたとしても、本陣には大量の松明たいまつを設置して明るさが確保されている。


 それは、ロドグリス王国軍も帝国軍も同じだ。


 しかし、22時――全員が寝静まる時間になったら、どうだろうか。


 当然、明るい状態で眠ろうとする人間は、少ないだろう。


 設置されている松明たいまつの火は、ほとんど消すはずだ。


 無論、見張りの人間はカンテラくらいは手に持っている。


 だが、帝国軍の本陣とロドグリス王国軍の本陣は、かなり離れているのだ。


 カンテラ程度の光では、ロドグリス王国軍が少し動きを見せた程度では、気づくことが出来ないだろう。


 帝国軍も、見張りを立てる意味は、リガルたちの動向を見逃さないため、ではなく、夜襲などを仕掛けてきた時に対応するため。


 夜の内にリガルたちが帝国領に侵入しようとしていることなど、敵は想定すらしていないのだから。


 逆に想定されていたら、今回の作戦は絶対に成功しないので、リガルとしては困る。


 まぁ、その点は奇想天外な策であるため、バレていないと信じるしかない。


「しかし、陛下は大丈夫なんですか?」


「何が?」


「いえ、兵たちは交代交代で休息を取っていましたが、陛下の方はほとんど休んでいないでしょう」


 確かに、現在心配しなくてはならないのは、兵よりもリガルの方かもしれない。


 兵ならば、いくらでも替えが効くが、総大将であるリガルはそうは行かない。


 まかりなりにも、3000対10000という兵力的に苦しい戦いを繰り広げているのだ。


 リガルが休めるような余裕など、ほとんどないだろう。


 とはいえ、もちろんリガルも、自分が夜に備えて体力を温存しておかないといけないことは、重々承知している。


 そのため、指揮を執りながらも、時折目をつむって身体を休めたりはしていた。


 しかし、その程度では気休めにしかならないだろう。


 実際、正直リガルはこの状態で明日の朝まで乗り切れる自信が無かった。


(レオに指揮は任せて、思い切って3時間くらい仮眠を取っておけばよかったか?)


 そのため、自分の行動を少し後悔する。


 ただ、いくらレオが少しくらいなら指揮を執れるとは言っても、流石に3000人をまとめ上げるのは荷が重いだろう。


 レオに任せるのは、流石にリスクが高すぎるので、リガル自身が指揮を執り続けたのは正解だ。


 今反省するべきは、もっと前の行動――。


 自分の他にももう1人か2人、指揮官を帯同させなかったことが問題だろう。


 何でも自分で出来るとおごってしまったのが悪い。


 いや、リガルにおごったつもりは無いだろうが、無意識のうちに、「人に頼るよりも自分でやった方がいい」という考えを抱いてしまったのだ。


 いくら優秀な人間でも、全ての事を完璧にこなすことは不可能。


 見えないところだとしても、必ず誰かの力を借りているのだ。


 それを忘れてしまったことが、一番の反省点である。


 ただ、終わってしまったことは仕方がない。


 今更どうにかなることではないのだから。


 そう、開き直ったリガルは……。


「ま、大丈夫さ。幸いなことに、眠気や体力的な問題は、気合である程度まではカバーできるしな」


 明るい声音でリガルは言う。


 今更解決しようがない故、敢えての楽観的発言である。


 しかし……。


「いえ、確かに帝国領に侵入するまでも、大変になるでしょう。しかし、私がもっと懸念けねんしていることはその後ですよ」


「そこに気づいてしまったか……」


 レオの言葉に、リガルがニヤリと呟く。


「そこに気づいてしまったか……じゃないですよ! もっと真面目に考えて下さい!」


「分かっている……。だが、その問題についてはどうしようもない。気合で何とかするしかないんだよ」


「そんな……」


 レオの言う懸念けねん――。


 一体「その後」というのはどういう意味なのか。


 それは、無事に帝国領に辿り着けたとしても、そうのんびりとはしていられないということである。


 一見、帝国軍が眠っている間に行軍したため、ロドグリス王国軍も帝国領に着いたら、帝国軍と同じ時間だけの休息を取れるように思うかもしれない。


 しかし、そうではない。


 ロドグリス王国軍は、帝国から逃げる立場にある。


 となると、同じ時間だけ休息していては、進んだ距離もまた帝国と同じになってしまう。


 いや、実際は帝国軍とロドグリス王国軍で、行軍スピードに差異があるはずなので、行軍時間が同じだからと言って、行軍した距離まで同じになるとは限らないが。


 ただ、流石にそこまで大きく変わることは無いと思うので、ひとまず帝国軍とロドグリス王国軍の行軍スピードは同じだとして考える。


 つまり、だ。


 ロドグリス王国軍は、少なくとも帝国軍のいる場所の1時間か2時間程度は先を行っていなければいけないことになる。


 必然的に、休息の時間は帝国軍と比べて減る。


 と言っても、1、2時間なら、大した時間じゃないのではないか――。


 そう思う人もいるかもしれない。


 だが、その1、2時間は後々までハンデとして背負わなければならないことになるのだ。


 恐らく、明日の早朝に帝国領に辿り着いて睡眠を取れば、多少その時間が少なくたって、ある程度回復してまた行軍できるようになるだろう。


 だがそれでも、間違いなく全快はしていない。


 それに対して、帝国は予定通りの睡眠時間を確保しているはずだ。


 そんな状態で体力勝負に持ち込まれたらどうなるか――。


 レオが危惧きぐしているのは、その点である。


 ただ、それに対するレオの回答は、「気合で何とかする」というものだった。


 まぁ、後は行軍中にフェイントを仕掛けて相手の行軍を遅らせたり、何か妨害をしたりと、リガルの技術的な部分で、ある程度敵との距離を稼ぐことは出来る。


 なので、一概に気合だけでどうにかするという訳ではないが、少なくとも現状で確実な作戦は立てられないというのが、リガルの本音だった。


「まぁ、頑張るしかないだろ。もうこうなったら引き返せない。お前も大人しく腹括るんだな」


「それはそうですが……。いや、陛下がそういうのなら、分かりました」


 レオは一瞬納得がいかないような顔をしたが、すぐに大人しく頷いた。


 リガルはふざけることもしばしばあるが、今は流石に真面目に言っていることは分かる。


 ならば、いちいち分かりきった追及をするのは良くないと、レオは思ったのである。


 しかし、この作戦に不安が残るのは、最早もはや疑いようのない事実であった。


 かくして、そんな不安が残る中ロドグリス王国軍は、22時を迎えた。


 そして……。


「よし、準備は整ったな? それでは行こうか」


 小声で兵に指示を出し、ひっそりと闇夜に紛れて行軍を開始するのであった。

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