第159話.フェーズ移行

 ――翌朝。


 リガル達ロドグリス王国軍は、無事帝国に侵入し、さらにその国境付近にあったタナリスという都市を制圧し、占領することに成功した。


 制圧自体は、元々守備隊がいなかったため、非常にスムーズに進んだ。


 しかし、夜間ぶっ通しでの行軍である。


 すでに昨日の夜から睡眠不足気味であったリガルは勿論、普通に休みを取っていた兵たちも、かなり満身創痍の様子だ。


 一般兵に至るまで、この状態であるというのは、リガルにとってかなり想定外の事。


 やはり、夜間の行軍というのは、それだけこたえるのだろう。


 視界が悪い分、様々なことに気を配らなければならないし、昼間よりも集中力を必要とする。


 その分、精神的な疲労が非常に蓄積するのだ。


 それをリガルは、身をもって理解していた。


(これは想像以上だ。こんなことを続けていたら、間違いなく体がもたないだろう……)


 リガルは心の中で、そんなことを思う。


 しかし、なにはともあれ、ひとまず帝国領への侵入には成功した。


 出発時に帝国軍にバレた様子は無かったはず。


 恐らく、帝国軍はちょうど今頃起床して、ようやくロドグリス王国軍がどこかへ消えたことに気が付くのではないだろうか。


 ならば、予定通りこれから昼頃までは休むことが出来る。


 果たしてそれだけの睡眠時間で、どれだけ疲労を取ることが出来るかは分からない。


 しかし、今は先の事を考えるよりも、とにかく休むことが先決。


 リガルはふらつく身体でそう思い、何とか床に就くと、すぐさま深い眠りに落ちた。






 ー---------






「陛下、起きてください」


 ゆらゆらとリガルの身体を軽くつかみ、揺さぶるレオ。


「んん……?」


 それに対し、不機嫌そうな声と表情で、ゆっくりとリガルは体を起こす。


「……あぁ、そうか。もう起きないとならないのか……」


「おはようございます、陛下」


「いや、もう早くは無いがな」


 現在時刻はもうそろそろ正午になろうかという時間だ。


 それを考えると、確かに「おはよう」というのは少し違和感を感じる。


「はは、細かいことは良いじゃないですか」


 疲れが全く抜けきっていない様子のリガル。


 しかし、それに対してレオはいつもと変わらない様子だ。


 テンション低めにツッコミを入れるリガルに対して、軽く笑ったりもしている。


 まぁ、レオとて体力が有り余っているという状態ではないだろう。


 しかし、それでも一般兵と同等くらいの睡眠時間は取っているので、リガルほどボロボロではないようだ。


(しかし、これは一安心ではあるか。レオがこの様子なら、一般兵でこれからの行軍で離脱する者は、ほとんどいないと考えていいはずだ)


 レオは別に体力がある方ではない。


 いや、レオもロドグリス王国軍に所属してから、鬼のような体力トレーニングを積んできている。


 そのため、一般人と比べれば、もちろんかなり体力がある方だと言える。


 だが、ここで「体力がある方ではない」と言ったのは、他のロドグリス王国軍魔術師と比べての事。


 彼らもレオと同じ地獄の体力トレーニングを、皆等しくおこなってきている。


 そのため、そうなると元々の体力差で、レオは彼らと比べて体力の面で劣ってしまうという訳である。


 そんなレオが、これほどピンピンしているのなら、他の魔術師の問題は然程さほどないはずだ。


「それはそうと、帝国軍がもうすぐそこまで近づいてきているとかいう、最悪の情報は入ってきてないよな?」


 そう言えば、とリガルは思いだしたように、帝国の事についてレオに尋ねる。


 実はこれまでの道中に、ちょこちょこ魔術師を配置してあるのだ。


 そのため、そこを帝国軍が通れば、リガルの下に情報が来るはずである。


「いえ、敵の情報は入ってきてますが、特にそのような話は聞いていません。全て予定通りですね」


「そうか。そりゃ良かった」


 しかし、リガルが懸念したような最悪な状態にはなっていなかった。


 とりあえず、第一フェーズは完璧にクリアしたと言える。


「それじゃあ、さっさと飯を食って、帝国との鬼ごっこを開始しますか」


「了解です」


 ということで、第二フェーズに移行だ。


 リガルは用を足したり、顔を洗ったり、朝食を取ったりと、行軍の準備を着々と進めていく。


 そして、起床から1時間後。


 ついに全てのやることを終えて、行軍の準備が整った。


 これより早速出発である。


 起床から1時間という短すぎる時間で準備を行ったため、今すぐに動くと腹痛に襲われそうではあるが、そんなことも言っていられない。


 かなりタイムスケジュールがカツカツなのだ。


 一刻も早く動き出す必要がある。


「誇り高きロドグリス王国軍の諸君らに告ぐ! これより我々はここ――タナリスを出発し、次なる都市の制圧に向かう。連日の戦闘や行軍で、かなり疲労もあるだろうが、漁夫の利を狙うような様な卑怯者である帝国には、きゅうを据えなければならない! 諸君らが、正義の心を持って奮闘することを期待する!」


 そして、リガルが軽い演説を、兵の前で行う。


 自分が一番疲労している状態ではあるが、そんな様子は見せず、気丈きじょうに叫んだ。


 リガルもかなり王としての器が出来上がってきたようだ。


 この演説により、兵たちも奮起した。


 力強く、リガルの言葉に応えるように、声を上げる。


 疲労のせいで、士気が落ち込んでいたりやしないかと不安に思っていたが、どうやらその心配はなさそうだ。


 いや、実際には落ち込んでいたかもしれないが、そうだとしても今のリガルの演説で、ある程度は持ち直したはずだ。


 こうして、ロドグリス王国軍は、現在いる帝国の都市――タナリスを出発した。


 そして、行軍を開始してからわずか数分後――。


「そういえば、『次なる都市の制圧に向かう』と言っていましたが、次なる都市というのはどこなんですか?」


 ふと唐突に、レオが先ほどのリガルの演説において言っていた、これから行く先の都市について尋ねる。


「ん? 次に行く都市? うーん、特に決定はしていないな」


「え!? いやいやいや、特に決めてないって……。今日の夜にはどこかまた別の都市に入っておく必要性があるんですよ?」


 現在はまだ朝だ。


 そこまで焦る必要性はないかもしれない。


 しかしそれでも、何も決まっていない中、呑気にしていられるほど余裕があるわけでもなかった。


 そのため、大丈夫かと不安になるレオだったが……。


「まぁそんな慌てるなって……。具体的には決まっていないが、これから通るおおよそのルートはすでに決まっている」


「え? そうなんですか?」


 驚いて損した、とばかりにレオが急に冷静さを取り戻す。


「まぁ、そりゃそうだろ。我々の作戦は、帝国領内に逃げて、そこで一週間の時間を潰して、その後はロドグリス王国に帰る。それを考えると、一週間後に帝国とロドグリス王国の国境に辿り着いていればいいという事になる」


 1日に50㎞行軍できると仮定したら、一週間で350㎞。


 つまり、ちょうど350㎞の道のりになるように、現在地から帝国とロドグリス王国の国境へのルートをたどればいいという訳だ。


 ここから真っすぐ目的地まで向かうと、恐らく200㎞ちょっとしかないと思われるので、軽く遠回りする必要がある。


 まぁ、ちょうどとは言ったものの、多少オーバーしても問題ない。


 何より、敵の動きに合わせてルートなどはちょこちょこ調整していかなければならないので、大体どこら辺を通るかだけ決めておけばいいだろう。


 後は臨機応変に、としか言いようがない。


「それに、敵もこちらをゆっくり寝かせてはくれないだろう。こっちが疲れ切っていることは向こうも分かっているからな。鬼ごっこは恐らく夜遅くまで続くぞ」


 流石に、寝食しんしょくを惜しんでまで追ってくることは無いだろうが、日が沈んだ程度では大人しく止まってくれないことは間違いない。


「まぁ、それはそうでしょうが……」


 しかし、リガルの説明が説明をするも、レオは少し納得がいっていないような表情だ。


 それをリガルも察したようで……。


「納得いっていないって表情だな。けど、俺とて一応どの都市を目指したいかは考えているぞ? もちろん予定であり、変更する可能性は十分にあるがな」


「って、やっぱり考えてたんですか。だったら最初からそう言ってくれればいいのに……」


「別に嘘はついていないぞ? 俺は『決定していない』と言ったんだ。ある程度予定は経てているが、完全に決まっているわけでは無いんだから、決定とは言わない」


「こんな時に言葉遊びは勘弁してください……」


 意外にも、かなり予定はきっちりと立てているリガルであった。


 こうして、帝国軍とロドグリス王国軍の、1週間にわたる鬼ごっこが幕を開けた。

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