第134話.風雲急を告げる

「さて、それじゃあ作戦の最終確認をするぞ」


 ロドグリス王国軍が全員合流し、ヘルト王国軍を追いかけ始めた頃、実はポール将軍たちは動きを止めていた。


 ロドグリス王国の中心部を目指すだろうという、リガルの予想は外れていて、ポール将軍はこの場で再びリガル達に攻撃を仕掛けようとしていたからである。


 今は、そのための作戦の最終確認を行おうとしていた。


 これに同席するのは、ヘルト王国軍の将軍のみ。


 ヘルト王国軍の総大将はポール将軍であるが、この戦いにはポール将軍しか参戦していないという訳ではない。


 ポール将軍の指揮下にて、3人の将軍がこの戦いに参戦していた。


 彼らとしては、年下のポール将軍に指図さしずされるのは、中々に屈辱なことだろう。


 とはいえ、それが国の意向ならば逆らうことは出来ない。


 ポール将軍の言葉に、彼ら3人は大人しく頷く。


「よし、ではまずアレス将軍。貴方には私の代わりに、この本隊の指揮を一時任せたい」


「あぁ」


 ポール将軍の言葉に、名前を呼ばれたアレス将軍は頷く。


「次にメリエス将軍とヴィクト将軍。お二人には殿しんがりをお願いしたい。殿しんがり、敵と真っ先にあたることになります。くれぐれもよろしくお願いしますよ」


「当たり前だ」


「分かっておるわい」


 メリエス将軍、ヴィクト将軍も、言われるまでもないとばかりに力強く頷いた。


「そして、私は1000の魔術師と共に、この場に残ります。後は、本隊の動かし方ですが……」


「分かっている。敵に怪しまれないように、敢えて距離を詰めさせてやり、お前が敵の背後を取れるようにする。……だろ?」


 アレス将軍がポール将軍の言葉を遮り、ぶっきらぼうに返す。


 その様子から、明らかに不機嫌な事が伺える。


 ヘルト王国軍の中で、ポール将軍に続く若さの36歳であるアレス将軍は、ポール将軍のことを妬んでいるのだ。


 そりゃあそうだろう。


 アレス将軍は、ポール将軍が現れるまで、若き天才として周囲から賞賛され続けてきたのだ。


 だというのに、それがポール将軍が現れて以来、自分への賞賛は全てそちらへ移ってしまった。


 アレス将軍は、ポール将軍の被害者という訳である。


 そんな男の指揮下で戦わなければならないのだ。


 こんな態度にもなる。


 むしろ、これでもよく我慢している方だと言えよう。


 これだけ聞くと、哀れなかませ役に思えてしまうかもしれないが、ポール将軍が現れる前は天才と呼ばれていただけあり、実力は確か。


 この作戦の最終確認をする前に、ポール将軍がアレス将軍に伝えた内容以上の答えを口にする。


 それに対し、ポール将軍も満足にしたように……。


「えぇ、その通りです。リガル・ロドグリスを欺けるかどうかは、アレス将軍の出来によって大きく左右されます。頼みました」


「フンッ、言われるまでもない」


 ただし、やはりというべきか、不機嫌なのは相変わらずだ。


 ポール将軍の方は、別にアレス将軍のことなど何とも思っていないので、それに対してただただ苦笑いを浮かべる。


 何とも思っていないが、それでも空気が読めない訳ではないので、ちゃんとアレス将軍に逆恨みされていることは分かっているのだ。


 下手なことは言えないので、中々気を使わなくてはならない。


 まぁ、ちょっとした内部の問題はあれど、これで作戦の最終確認は終了。


 後は、実行するだけである。


「それでは、ここで別れましょう。ご武運を。全ては、ヘルト王国の繁栄のために」


 こうして、リガルが動き始めたのに少し遅れて、ポール将軍の方も行動を開始した。






 ――――――――――






(さてと……。彼らにはああ言ったものの、やはりこの作戦で最も重要となるのは、私のポジションだ)


 1000の魔術師を率いて、ポール将軍は本隊と別れると、早速目的の場所に向かってポール将軍は動き始める。


 ――ポール将軍が考えた作戦。


 それは、ヘルト王国軍を追って山から下りてきたロドグリス王国軍を、こっそり山に潜んだポール将軍率いる別動隊と、追われるヘルト王国軍本隊で挟み撃ちにするという作戦だ。


 簡単に言うと、兵を分けて挟み撃ちにする。


 ただそれだけ。


 捻りがなく、やることは単純。


 こんな作戦がリガルに通用するのかという感じだが……。


(正直、成功する自信はあまりない。スナイパーを用いた渾身こんしんの策でさえ、上手くしのがれてしまったのだ。こんなシンプルな策が通用するかどうか……)


 実際、ポール将軍も自信はなかった。


 ただ、かといってヤケクソで考案した作戦という訳でもない。


 勝算は低いが、ちゃんとある。


 リガルとて、先ほどのポール将軍の策で、動揺しなかった訳ではない。


 ポール将軍もそれは見抜いていた。


 そのため、間髪入れずに次々と策を繰り出し、リガルにじっくりと思考する暇を与えなければ、そう遠くないうちに悪手を放ってくれるのではないか。


 そう考えたのである。


 希望的観測のようにも思えるが、実際リガルはまともに思考する時間はこれまで得られていないため、読みは当たっている。


 いくらリガルとて、冷静に敵の動きを読むこともせずに、最善手を打ち続けることなど出来ないのだから、無謀な賭けという訳でもないだろう。


 ポール将軍は、現状打てる最善の策を繰り出したと言っていいはずだ。


 しかし、作戦の方は問題ないとしても、ポール将軍のこの作戦における役割の方もまた心配だ。


 ポール将軍が上手く森の中に潜んでおいて、ロドグリス王国軍を挟み撃ちにすると言っても、ポール将軍はたった1000しか魔術師を率いていないのだ。


 それでは、逆に各個撃破されてしまう危険性もある。


 この作戦は、いかにポール将軍が各個撃破されずにロドグリス王国軍の背後を取り続けるかが、カギになってくるという訳である。


 しかし、たった1000では各個撃破されてしまうというのなら、もっと増やせばいいだけのことじゃないのか、と思うかもしれない。


 しかし、事はそう単純な話ではない。


 あまり多くの魔術師を本隊から切り離しては、ロドグリス王国軍側にも兵を分けたことを簡単に悟られてしまう。


 12000のうち、例えば3000もいなくなっていたら、明らかに減っていることが分かってしまうだろう。


 それに、別動隊の人数があまりに多くては、見つかる危険性も高い。


 この作戦では、仕掛ける前に別動隊であるポール将軍たちの姿が敵に捕捉されないことが前提条件となるのだ。


 人数は安易に増やせない。


 結局、ポール将軍にできるのは、せいぜい率いる魔術師を精鋭で固めることくらいで、後はポール将軍の指揮次第という訳だ。


 だが、指揮にはポール将軍も自信がある。


(不可能ではない。後は祈ることしかできない)


 そう考え、ポール将軍はひたすら敵にバレないように慎重に目的地へと歩みを進めるのであった。






 ――――――――――






「さて、着きましたね。これからどうしますか。まだロドグリス王国軍とアレス将軍率いる本隊がぶつかるまでは時間がありそうですが……」


 ――30分後。


 ポール将軍の方は、無事に目的地に到着した。


 ロドグリス王国軍には見つからないように、慎重に道を選んでここまでやってきたが、バレていないかどうかは不明だ。


 現状証明しようがない。


 ポール将軍も気がかりな部分ではあるが、そこを憂いたところで仕方がないので、無理やり頭の中から不安を追い出す。


 だから、現在は何もやることがない。


 ということで、ポール将軍の側近が何かやることはないのかと問うている訳だが……。


「どうもしない。俺たちにやれることなどないからな。ひとまず待機だ。まぁ、俺はやることが一つだけあるが」


 ポール将軍は、「何もしない」とあっさり切り捨てる。


 まぁ、それについてはそんなに不自然な事でもないので、側近も驚いたりすることは無いのだが……。


「やること……? 将軍は何かやるんですか?」


「あぁ。なんか意味深な感じで言ったから、策の根幹に関わることかと誤解させたかもしれないが、別に当たり前のことをするだけだ。深い意味ではない」


「何かその言い方、余計気になりますね……」


「本当に違うっての。単にアレス将軍との連絡を取るための魔術師を出すだけだ。互いの情報をしっかり把握しておかないと、取り返しのつかないことになりかねないからな」


「あー、なるほど」


 やることというのは、単なる連絡のようだ。


 こういう細かいが重要なところも、ポール将軍は忘れない。


 今回は、無事位置についたということを、アレス将軍に伝えるようだ。


 ――そしてその30分後。


 ポール将軍に吉報がもたらされる。


「何? ロドグリス王国軍が全速力で下山しているだと?」


 その内容とは、ロドグリス王国軍が、現状ポール将軍の望み通りの動きをしてくれている、というものだった。


 まだこれだけでは成功とは言い難いが、少なくとも今の所はすべて上手くいっているようだ。


 しかも、アレス将軍がこんな情報を送ってきたということは、ヘルト王国軍本隊とロドグリス王国軍がかなり近いということ。


 想像以上に戦いが始まるのは早そうだ。


 ポール将軍の予想では、これからまだ1時間以上はかかるだろうと踏んでいたが、この様子では1時間は間違いなくかからない。


「よし、いつでも動けるように、そろそろこちらも準備を始めるか」


 それを知り、ポール将軍も早速行動を開始する。


 これまではお互いに一進一退の駆け引きが続いていたこの戦いであるが、ついに決戦が始まろうとしていた。

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