第133話.模倣

 ――時は、ポール将軍が追うのをやめる決断をする、数分前にまで遡る。


「おぉ、ナイスだレオ。お前にかかれば、この程度造作も無いって感じか?」


「はは……。ま、そうですね」


 つい先程までは、追いつめられて動揺していたというのに、今ではリガルはすっかり上機嫌だ。


 対するレオも、どこか得意気とくいげ


 数分前までの嫌な空気は、完全に霧散していた。


 その理由は当然、カウンタースナイプをガンガン決めることによって、敵のスナイパーを逆に大量に討ち取ることに成功しているからである。


 何故、こうも簡単にカウンタースナイプを成功させることが出来たのか。


 その理由は、ひとえに敵の居場所が筒抜けだったからに他ならない。


 リガルには見えていたのだ。


 全て。


 ロドグリス王国軍スナイパーと、ヘルト王国軍スナイパーでは、色々と差がある。


 隠れ方や、根本的な狙撃の精度、等々などなど


 挙げればキリがない。


 しかし、今回リガルが突いたのは、道具の差。


 キルフラッシュである。


 キルフラッシュとは、光学機器のレンズが日光を浴びた際に、光を反射してしまうのを防ぐためにレンズに取り付けられる代物である。


 リガルはこれを昔、スナイパーを使い始めた時に手作りした。


 その時の物は、手作りというだけあり、本当に気休め程度にしかならないおもちゃ同然の物であった。


 だがその後、ちゃんとした技術者に、リガルが構造を説明して何百個か生産してもらったのだ。


 だから、ロドグリス王国軍のスナイパーは、レンズの反射光で居場所がバレることは無い。


 しかし、ヘルト王国軍スナイパーは違う。


 この地球の知識を知らないポール将軍が、キルフラッシュなど作ることを思いつくはずもない。


 しかし、遠距離を狙撃する時のために、スコープだけはつけていた。


 スコープを使うことにだけは頭が回ったことが、逆にあだとなってしまったという訳である。


 結局、リガルはレンズの反射光を頼りに、敵の居場所を簡単に補足。


 後は、世界最強スナイパーのレオが発見した敵を撃破するだけの簡単なお仕事である。


 いや、実際は口で言うほど簡単なことではない。


 そもそも地球においては、狙撃というのはそんな日に何回も何回も成功させられるようなものでは無い。


 ましてや、数十分の間に何人もの敵を倒すなんて、本来あり得ないのだ。


 ただ、そこは知識と練度の差がありすぎたため、あり得ないことがあり得てしまったという訳である。


「しかし、油断は出来ませんよ。陛下。我らは敵スナイパーを狩っていたため、山頂へ向かうペースが大分遅いです。このままではポール将軍に捕まってしまいます」


「あぁ、そうだな。急がないと……ってあれ?」


 しかし、ちょうど切り立った崖となっている部分を歩いていたため、偶然眼下に見えたのである。


 ――ヘルト王国軍が退いている姿が。


「どうかしたんですか? ……って、退却してるじゃないですか! ヘルト王国軍」


 リガルが立ち止まったことで、レオも何事かとリガルの視線の先にあるものを確認し、そして気が付く。


「あぁ……。ま、こっちが山頂までたどり着けそうだったからな。退却もやむなしだろう」


「そりゃあ、セオリー的にはそうなりますけど、あのプライドが高かったポール将軍がこんなに我慢の判断をしてくるとは……。これも、この数年の成長ってことなのでしょうか」


「かもな。しかし、スナイパーの方はどうするのかね? せっかく育成したってのに、ここで使い捨てるのは流石に勿体なさすぎるだろう」


 ここでスナイパーを森に残したまま退却しては、確実にロドグリス王国軍に殲滅されてしまう。


 リガルは敵の判断を少し不可解に思ったが……。


「いや、敵はスナイパーを真似してるんですよ? 我々には見えませんでしたが、きっと陛下が考案した魔術を使ったサインを真似して、出してるんじゃないんですか?」


「なるほど。魔術を使ったサインは、ヘルト王国相手に何回も使ってたし、当然バレて真似されるか。複雑なシステムって訳でもないしな」


 魔術を空高く花火のように打ち上げることで、信号弾のような形で合図をするのだ。


 サインの内容までは分からなくても、魔術を空に打ち上げるなんて一見意味が無いようなことを何度もやっていれば、魔術を信号弾のように用いていることくらいは、よほどのバカじゃない限り分かるだろう。


 そして、ポール将軍は当然優秀。


 簡単に見抜いてくる。


 そしてその有用性も。


 レオの予測に、リガルは納得し頷く。


「えぇ……。けど、一応捜索くらいはしておきましょう。練度はまだまだ低いとはいえ、スナイパーは非常に厄介です」


「いや、それはやめておいた方がいいな」


「え、何故ですか……?」


 リガルの言葉に、レオは虚を突かれたように驚く。


 一見、レオの言う通り敵のスナイパーを探し、見つけたら倒した方がいいように思えるだろう。


 ポール将軍がちゃんとスナイパーも撤退させた可能性が高いとはいえ、撤退させていない――使い捨てにした可能性もゼロではない。


 ならば、後々生かしておくと面倒なことになりそうなスナイパーは、処理出来るならば、今のうちに少しでも多く処理しておきたい。


 だが……。


「いや、冷静になって考えてみろよ。敵は退いた。つまり、ここに来る前にお前の言ってた予想を、ポール将軍は実行してくるはずだぞ」


 ここに来る前にレオが言っていた予想というのは、ポール将軍は山で決戦を行うと見せかけて、リガルを上手く躱してロドグリス王国の中心部へ向かう、というものだった。


 無論、ポール将軍の本命の策は、先ほどのスナイパーを使った決戦で間違いない。


 しかし、聡明なポール将軍なら当然、レオの考えたプランも頭にあったはず。


 ならば、本命の策に失敗した今、プラン変更でそっちを狙ってくる可能性は高い。


 しかも、今はリガルが先ほどのポール将軍の行動に対応するため、兵を自ら山頂に集めてしまっている。


 これはまさに、はからずもポール将軍がリガルを躱した形。


 偶然成立した、2枚越しの戦略。


「な、なるほど。……あれ? ってことは、もしかしなくてもこれって、全然上手くいってるとは言えない状況なのでは?」


「あぁ。中々一筋縄では勝たせてくれない。これは随分とタフな戦いになったな……。ひとまず追うぞ。とにかくヘルト王国軍をフリーにしちゃいけない」


「ですね」


 しかし、まずは味方と合流しなければいけない。


 リガルは先ほどまで、レオを使ってヘルト王国軍スナイパーを狩っていたため、ロドグリス王国軍からかなり遠い場所にいる。


 合流するのにはかなり時間がかかるだろう。


(クソ……! ミスった。合流の合図でも決めておけばよかった。俺たちが向かうだけじゃなく、我が軍の魔術師がこっちに来てくれれば、合流までの時間は半分になったのに……)


 後悔しても仕方のない事だが、自分のミスをリガルは悔やむ。


 リガルにしては珍しい、完全なるミスだ。


 今、山頂を目指して先行しているロドグリス王国軍魔術師は、ヘルト王国軍が撤退していることを知らない。


 仮に知っている人間がリガル以外にいても、ロドグリス王国軍魔術師のほとんどがバラバラであるため、数人が知っている程度では意味が無い。


 よって、彼らはこの状況でも止まることなく山頂を目指してしまう。


 これでは合流するのも一苦労だ。


 リガルは、ロドグリス王国軍魔術師たちよりも速いスピードで山を登らなくてはならない。


 合流までは恐らく1時間程度は必要だろう。


 しかも、1時間分ヘルト王国軍と逆方向に移動してしまうので、タイムロスはその2倍。


 2時間程度など、普段なら大したタイムロスにはならないが、この状況下ではその2時間はかなり大きい。


(まぁ、地の利はこちらにあるから、2時間程度のロスは、これまでのように行軍スピードの差ですぐに追いつくことが出来るはず。とはいえ、今のポール将軍には、少し目を離した隙に何をされるか分からないと思わせる恐ろしさがある……)


 とはいえ、今更どうにかなることでもないので、リガルは必死に走った。


 今やるべきことは、とにかく一刻も早く合流し、ヘルト王国軍を追いかけること。


 そのためには、とにかく早く走るしかない。


 ということで、リガルは頑張った。


 その甲斐もあって、約1時間後にはロドグリス王国軍は完全に合流した。


 それから隊長以上の自軍の人間に、ヘルト王国軍が撤退したことを伝え、すぐにヘルト王国軍を追い始める。


 だが、これが悪手だった。


 リガルはこの時、スナイパーを使われて以来、ずっと慌てっぱなしだったため、一旦冷静になって読みを入れたりする余裕が無かったのである。


 そのため、深く考えずにセオリー通りの手を打ってしまった。


 これをきっかけに、ポール将軍の反撃が始まることとなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る