第135話.分水嶺
「あれ? もしかしてあそこに見えるのって、ヘルト王国軍じゃね?」
「で、ですねぇ……。こんなに早く捉えることができるとは……」
リガル達がヘルト王国軍を追って下山する事1時間。
なんと、想像の2倍くらいの速さで、ヘルト王国軍の姿を、リガルたちは視界に捉えたのだった。
まだ追いついた訳ではないが、このペースならものの数十分で追いつく。
「しかし、何故こんなにヘルト王国軍は行軍スピードが遅いんだ?」
だが、敵の行軍速度がリガルの予想とあまりにかけ離れた遅さであったため、リガルは不可解に思い、少し悩み込むそぶりを見せる。
それに対してレオが……。
「さぁ? 内側で揉めてて、動き出しが遅くなったとかじゃないんですか? ほら、我が軍は陛下という誰もが納得する人間が軍を率いてるじゃないですか。それに対し、ヘルト王国軍はポール将軍が率いている。最年少の将軍である、ポール将軍が。だから、他の将軍たちが納得いかないくて、事あるごとに揉めてたりするんじゃないですか?」
「あー……。確かに。うちの国は、大軍を率いる時は大体父上が率いていたから、そういう総大将に対する不満とかはまったく起こらなかった。けど、そういえば敵の総大将であるポール将軍は一介の将軍――それも最年少だったな……」
将軍なんて役職についている人間は、ほとんどが野心の塊だ。
非常に当たり前のことだが、他の将軍の出世など、快く思う訳が無い。
当然、あからさまに敵視したりはしないだろうが、心の奥底では、隙あらば蹴落としたいと考えているだろう。
リガルは王族であるが故、出世競争などには疎く、レオに指摘されるまで気が付かなかった。
しかし、言われてみると納得するしかない話だ。
――そう。
このレオの話が、非常に
ここで感じたリガルの違和感。
それを追求することを、レオが何気なく放った言葉が、阻害してしまったのだ。
「まぁいい。敵がモタモタしているというのなら、その隙には漬け込ませてもらう。こちらもスピードを上げるぞ」
「えぇ」
結局リガルはそのまま、ヘルト王国軍を追うのだった。
ーーーーーーーーーー
――それから数十分後。
リガル達ロドグリス王国軍は、完全にヘルト王国軍を捉えた。
とはいえ、別にリガルとしては交戦したいわけではないので、500mほど後方からじっと敵の姿を伺うだけに留める。
ここでリガルがやるべきことは、とにかくヘルト王国軍をフリーにしない事。
それさえ出来れば、後はどうでもいい。
戦いに勝つことさえ出来なくてもいいのだ。
これは前にも言ったことだが、時間が経過すれば経過するほど、不利になるのはヘルト王国なのだから。
ヘルト王国は、北の騎馬民族、それに西のアスティリア帝国という、2つの勢力と仲が悪い。
いや、帝国との関係はそこまで悪くないかもしれないが、少なくとも良好な関係ではない。
対して、ロドグリス王国はどうなのかと言うと、周辺国との関係は、現在かなり良好だ。
6年前、アルザート王国に侵略した時は、エイザーグ王国以外の近隣諸国とは全て仲が悪かったではないか、と思うかもしれない。
しかし、それはアルザート王国と同盟を結んだことによって、一気に変化したのだ。
まず、当然同盟を結んだアルザート王国とは、関係は悪い訳がない。
互いに腹の内ではどう思っているかは不明だが、少なくともいきなり表立って戦いを仕掛けるような関係ではない。
グレンがアルザート王国に滞在していて、しかも婚約まで決まっているのだ。
むしろ、かなり互いに信頼できる関係だと言える。
そして、そんなアルザート王国と、アスティリア帝国は、これまた同盟関係にある。
ロドグリス王国が侵略してきた時、それを予想したアルザート王であるエレイアが、自国の敗北を防ぐべく、帝国と同盟関係を結んだからだ。
そしてそれは今も続いている。
エレイアの考えた、メルフェニア共和国との貿易という餌は、見事に帝国を魅了したようである。
とにかくそんな訳で、「味方の味方は味方」理論により、ロドグリス王国と帝国の関係も悪くないはずだ。
少なくとも、この状況でロドグリス王国とヘルト王国のどちらを攻めるかという二択ならば、きっと帝国は後者を選択するだろう。
まぁ、これは希望的観測と言われるかもしれないが、仮にそうだとしても、帝国が攻めてきた場合、エイザーグ王国が助けてくれる。
だから、帝国やアルザートのことは危険視する必要性はあまりない。
そうなると、気が付けばロドグリス王国の近隣の国で、明確に危険な相手はヘルト王国だけとなる。
そういう訳で、ロドグリス王国は現在、第三者の横槍を気にすることなく、ヘルト王国との戦いに集中できるmpだ。
そして逆にヘルト王国は、近隣諸国がいつ牙を剥いてくるか分からない状況で、ロドグリス王国と戦わなければいけない。
ここで交戦するのは、早く決着を付けたいであろう敵の思うツボだ。
「さて、完璧に動きは封じたぞ……。のんびりしていたせいで、せっかくのチャンスが霧散してしまったな。ポール将軍」
リガルは得意げに呟く。
別に敵がのんびりしていただけで、リガルが何か特別なことをして追いついた訳ではないので、得意げになるのはよく分からないのだが。
とはいえ、確かに一見しただけならば、ポール将軍はリガルの言う通りせっかくのチャンスを逃した愚か者に思えるかもしれない。
ただ直後、そうではなかったことをリガルは思い知らされることになる。
「て、敵襲! 敵襲!」
唐突に、後方から味方の魔術師の声が上がる。
「は?」
何が起こったのか分からず、乾いた声を上げるリガル。
隣にいたレオも、その驚き様はリガルと大差ない物で、間抜けにも大口を開けて後方を振り返る。
まぁ、振り返ったところで状況など把握できるはずもない。
周囲は木々が生い茂っている。
そんな中、1万人近い数の魔術師が、行列を成して行軍しているのだ。
先頭から最後尾までは、それはそれは距離が離れている。
後方で何が起きているかなど、分かるわけがないだろう。
とはいえ、敵に襲われているというのなら、一刻も早く何か手を打たなければならない。
(落ち着け。冷静になるんだ。俺たちがその存在に気が付けなかったのだ。今奇襲してきている敵兵の数は、そう多くはないはず。最大でも1000。それ以上は無いだろう。となれば、ここは逃げるよりも素早く処理するのが正着のはず)
すぐに冷静さを取り戻し、即座に作戦を頭の中で組み立てると……。
「ハイネス将軍! 本隊の指揮を頼めるか?」
「え……? もちろん否はありません。しかし、陛下は一体何を……?」
「決まっている。我が軍の後方を襲っている奇襲部隊の処理だ。レオ、お前も着いて来い!」
「は、はい!」
「え、ちょっと……!」
まだ何か言いたげなハイネス将軍に、リガルは一方的に用件を押し付けると、すぐに動き出す。
味方魔術師の叫び声を聞いた時にはかなり動揺していたのに、いつの間にか完璧に冷静さを取り戻している。
ここら辺は流石だと言えよう。
また、その判断も的確。
ポール将軍が現在率いている奇襲部隊の兵数が1000しかいないことを、完全に読み切っている。
ただ、それくらいはポール将軍とて想定内。
各個撃破をリガルが狙ってくる前提で動いている。
だから、各個撃破される前に本隊をぶつけることで、ポール将軍としては挟み撃ちを成功させたいところである。
だが、それもリガルはしっかり読めている。
だからこそ、リガルはハイネス将軍に本隊の指揮を任せたのだ。
奇襲部隊の処理は、あくまでロドグリス王国軍の一部だけで済ませ、挟み撃ちを狙ってくる敵は、しっかり本隊で足止めするという訳である。
しかし、ポール将軍はそれすらも想定済み。
この程度をリガルが読み逃すとは考えていない。
つまりは、ここまで互いに予定調和。
勝敗を分けるポイントは、事前の戦略というよりは戦いが始まってからの対応力や、兵の指揮。
すなわち、ヘルト王国軍が先に挟撃体制を整えるか、それともロドグリス王国軍が先にポール将軍率いる奇襲部隊を
ここまでの戦いで、ポール将軍は戦略ではリガルに
だが、実はポール将軍は、戦略で上手く優位を奪うことを得意とする将ではない。
第一次ヘルト戦争でもその片鱗は見せていたが、その場の対応力や、兵の指揮を得意としている。
その点について、リガルがどうなのかはポール将軍は知り得ぬところであるが、とにかく敵だけが有利な土俵で戦うのはあまりに危険。
そういった判断から今回の作戦を考えたという側面も、実はあったのだ。
そして、リガルの予想通り、ポール将軍の予定通り、ヘルト王国軍の本隊が引き返してくる。
かなり距離を詰めていたため、一瞬でヘルト王国軍とロドグリス王国軍の距離が詰まる。
こうなってはもう、問答無用で開戦だ。
これまでほとんどまともに交戦してこなかったのにも関わらず、何の前触れもなく唐突にこんな激しい戦いが始まってしまうのだから、戦争というのは実に恐ろしい。
(マジで頼むぞ。ハイネス将軍。上手く凌いでくれよ……!)
リガルは祈りながら、レオと共に後方へと
ヘルト王国軍の本隊に対しては、現状リガルに出来ることは無い。
今リガルに出来ることは、一刻も早く後方から襲ってきている奇襲部隊の対処をすることだ。
それをリガルは重々理解しているので……。
「確かに、予想外のことをされて、敵に主導権を与えてしまったが、逆にここであの奇襲部隊を潰すことが出来れば、逆に大きく有利になる。ここが勝負の分かれ目だ。死ぬ気でやるぞ!」
「了解!」
いよいよ視界に飛び込んできたヘルト王国軍魔術師をしっかりと見据えながら、気合十分にリガルとレオは言葉を交わすのだった。
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