第129話.感覚

 ――一方、ヘルト王国軍がこの場を離れ、行軍を開始したのを見たリガルたちは……。


「おー、やっぱりそう来たか」


「来ましたねー」


 別に想定外では無かったので、反応はだいぶ薄かった。


 というか、想定外ではないどころか、こう来ると予測したいた。


「んじゃあ、こっちも動くぞ。しっかりヘルト王国軍に張り付き続けないとな。こっちが知らないうちに、都市を落とされたりでもしたら敵わん」


「ですね」


 ということで、早速行軍準備を開始し始める。


 こう来ることは予測していたため、ロドグリス王国軍の魔術師にも、事前に通達してある。


 そのため、準備は非常にスムーズだった。


 だが、だからと言ってリガルの望み通りの展開かと言われると、そうでもない。


 リガルが相手への対応に回るという事は、戦場の選択権はポール将軍に移るという事。


 相手が選んだ戦場では、事前に策を練るのも難しい。


「準備が整いました! もう出発できます!」


「よし、行くか!」


 少しリガルがこれからのことについて考えていると、レオがやってきて言う。


 その言葉に、リガルは早速立ち上がった。


「それにしても、勝算はあるのですか? 昨日の段階では、対策は特に考えてないとか言ってましたけど……」


「そりゃあ、勝算くらいはそれなりにあるだろ。ただ、高いとは言えないな……。実際、当たってみないと分からん」


「まぁ、そうですよね……」


「あぁ。ただ、具体的な作戦は決まってないが、方向性くらいは決まっている。と言っても、シンプルなものだがな」


「方向性?」


 リガルの言葉に、レオが尋ねる。


「主導権はポール将軍たちに譲ってしまったが、その代わりに相手は時間を失っている。だから、ここからは時間稼ぎをメインに考えていく。そうやって時間で追いつめて、相手に無理攻めをさせる」


 国を守る時は、普通に相手をするよりも、時間攻めをするのが大体分かりやすい。


 どの国だって、一つの強大な国が誕生するのは避けたい。


 そのため、侵略している側へ攻撃しようとする。


 そうなれば、ヘルト王国もロドグリス王国相手にのんびり戦っている暇はなくなり、多少無理にでも攻めてくるはずだ。


 それさえ凌げば、リガルたちの勝ちである。


 すでにヘルト王国側で暴れて得た戦果を考えると、今回の戦争で大勝という結果になる。


 まぁ、その代わりにアドレイアを失ったりと、払った代償も大きいが。


「なるほど。殿下にしては珍しく王道の作戦が来ましたね」


「ま、ポール将軍は強敵だからな。奇策で簡単に倒せるような相手じゃない」


「確かに……。しかし、ポール将軍の方も、何か策を用意しているのではないですか? 相当陛下の事を警戒しているようですし、無策で殿下の守りを突破できるとは思っていないでしょう」


 ポール将軍は、現在リガルを躱してロドグリス王国の中心部に向かおうとしている。


 だが、それは口で言うほど簡単なことではない。


 だから、レオはポール将軍がリガルを躱すための策を持っているのではないか、と睨んでいるのだ。


「かもな。だが、それについては思いつかないし、こっちはやられた時に臨機応変に対応するしかあるまい。今はとにかくポール将軍に張り付くんだ」


「分かりました」


 こうして、ポール将軍とリガルによる鬼ごっこが始まった。






 ーーーーーーーーーー






 ――両軍が動きを始めてからは、それはそれは激しい駆け引きが始まった。


 ポール将軍の方は、何とかリガルを振り切ろうと、様々な策を繰り出した。


 例えば、突然行軍をやめたと思い、ロドグリス王国軍が陣を敷こうとしたところで、急に動き出したり、昼間は兵を休ませておき、夜のうちに行軍する、といった動きなどだ。


 最初の方は、リガルも騙されていちいちフラストレーションを溜めていたものの、それでも流石の素早い判断で、ポール将軍を逃がすほどの時間のロスはしない。


 そして、リガルは一度やられたことに二度引っかかるような人間ではない。


 段々とポール将軍の策に対応し始め、両軍の距離を確実に詰めていった。


 地の利はリガルたちにあるため、ポール将軍が何か手を打たない限り、リガルの方が行軍スピードは速いのだ。


 それを悟ったのか、駆け引きを開始して3日が経った頃、ポール将軍は動きを止めた。


 リガルの方も、最初はまたこれまでと同様の揺さぶりかと考え、警戒していたのだが、斥候を放ってみたところ、ポール将軍は完全に陣を敷いていた。


 陣を敷いているのなら、ブラフである可能性はない。


 いや、無くはないかもしれないが、そこまでしてブラフを掛ける意味は薄いので、可能性は非常に低い。


「どうやら、ここで迎え撃つつもりのようだな……。面白い。いい加減この鬼ごっこも疲れてきたんだ。シンプルに決戦を行うと言うなら、こちらも望むところだ」


 ポール将軍の行動を知り、リガルは挑戦的な笑みを浮かべる。


 ポール将軍の嫌がらせに、反撃することも出来ずただ対応するだけというのは、リガルにとって相当なストレスだったようだ。


 だが……。


「いえ、殿下。これはおかしいですよ」


「は? 何がおかしいんだよ」


 コキコキと首を鳴らし、準備万端とでも言いたげなリガルに、レオが声を掛ける。


 だが、リガルには何のことだか分からないようだ。


「だって、確か私の記憶では、この先――つまり敵が今陣を敷いている場所は、山の中腹ですよ?」


「は? マジかよ……。確かに、それは不可解だな」


 ポール将軍率いるヘルト王国軍が現在陣を敷いている場所。


 それを聞いたリガルは、すぐにレオが「おかしい」と言った理由に気が付く。


 何故なら、ヘルト王国軍が陣を張っているというこの山は、木々が生い茂っていて、かつ標高が1000mほどもあるのだ。


 こういった地形は、リガルが最も得意とする戦場である。


 リガルは障害物を使った戦い方に定評があるし、スナイパーという切り札も存在する。


 ポール将軍はそれを理解しているだろうし、それを考えるとこの戦場選びは確かに不可解というしかない。


「ですよね。これは決戦を仕掛けるというよりは、性懲りもなく陛下をこうとしているのでは?」


 あれだけリガルの事を警戒しているポール将軍が、リガルの得意な戦場で戦おうとする訳が無い、とレオは言うが……。


「どうかな。俺が得意な戦場であると知ったうえで、なお勝算があるのかもしれない」


「警戒しすぎですって。私には見えましたよ。ポール将軍の策が!」


「ほう……、言ってみろ」


 レオの言葉に、リガルは驚いたように次の言葉を促す。


「簡単ですよ。重要なのは、敵が山の中腹にいるという点です。そもそも、こういう高低差のある戦場では、高所を取った方が有利になるというのは常識。中腹なんて中途半端なところで陣を敷かずに、頂上付近まで行ってしまうのが普通でしょう」


「なるほど。一理あるな」


 ヘルト王国軍が頂上まで行くのが普通、というのは、単に「高所の方が戦闘で有利だから」という事以外にも理由がある。


 それは、相手――つまりリガル達がどう行動して来ても対応できるためである。


 例えば、ヘルト王国軍が山の頂上にいるのを見て、リガルたちが手を拱いていたら、その隙にリガルたちがいる反対側の山から一気に駆け下りて、ロドグリス王国の中心部を目指すことが出来る。


 ならばと、リガルたちが包囲しようものなら、包囲が完成する前に兵力が少なくなった本隊に突撃して撃破することが出来る。


 リガル達がどう動いても、山の頂上にいるポール将軍には、全てが見えている。


 つまり、簡単に対応されてしまうという訳だ。


 大掛かりな動きは絶対に看破され、通用しない。


「ならば、何故敵は頂上を取らなかったのか。それは、たとえ有利な状況だったとしても、陛下と戦いたくないからだと思うんですよ。つまりポール将軍は陛下との決戦から逃げている。間違いありません」


 レオは断言する。


 しかし……。


「うーん、まぁお前の言っていることは間違ってないと思うけど、俺にはそうは思えないんだよなぁ」


 リガルはやはり懐疑的だった。


 これはレオの言い分を否定する根拠にはなっていないが、そもそもあのプライドの塊のようなポール将軍がリガルに勝てないと諦めるとは、到底思えないのだ。


 実際に言葉を交わしたどころか、顔すら見たことが無いが、それでも一度戦ったためリガルには分かるのだ。


 もちろん、いくらポール将軍でも、相手の事を認めるくらいの度量は持っているだろう。


 しかし、あれは最終的には絶対に自分の方が上だと証明せずにはいられないタイプの人間だ。


 根拠は無くとも、そういう謎めいた確信がリガルの中にはあった。


(あくまで感覚の域を出ない話だ。けど、本能が俺に警鐘を鳴らしているんだ。ポール将軍は必ず、ここで決戦を挑む気であると。ただ、そう思ったうえで、俺はどうするべきか……)


 リガルは考える。


 自分の感覚が正しいかどうかは一旦置いておいて、とにかくここでの最善手を。


 そして……。


「いや、答えは出た。お前の言っていることを信じるにしても、俺の感覚を信じるにしても、最善手は共通だ。だから俺の打つ手は――」

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