第130話.必殺の策
――リガルが、ポール将軍が山の中腹に陣を敷いたことを耳にした時。
ヘルト王国軍は完全に陣を敷き終わり、現在は
そしてそれは、ヘルト王国軍魔術師だけに限らず、ポール将軍も同じであった。
「どうですかね、ポール将軍。リガル・ロドグリスは我々の読み通り、山頂を取りにくるでしょうか?」
そこに、ポール将軍の側近が話かけてくる。
「当たり前だ。奴は間違いなく来る。この場面、どう考えても我々よりも高所を押さえるのが最善手だ。俺が逃げると読もうと、決戦を挑んでくると読もうとな」
「え……。どういうことですか?」
自信満々に言うポール将軍だったが、彼の側近には少し見当がつかない内容だったようだ。
「まず、俺が決戦を挑むと読んだ場合は、当然山頂を取りに来るよな?」だから、山の上を取る」
「まぁ、そうですね……」
これについては、誰でも分かる当たり前のこと。
側近も「当然」とばかりに頷く。
「そして、俺が逃げると奴が読んだ場合でも、俺から離れるわけには行かないからとにかく近づいてくるしかない。ただ、近づくと言っても、反撃される恐れがあるから、やっぱり戦いになった時のため山頂を取っておかなくてはならない」
「た、確かに……! そこまで考えておられたのですか!」
「そういうこと。選択肢は結局一つしかないってわけだ」
ポール将軍の深い読みを聞いて、側近は感服したように声を上げる。
しかし、ポール将軍はそれに対して得意になったりすることは無く、ただ真顔のまま……。
「しかし、敵の行動を読めたとしても、それと作戦が成功するかは別問題だ」
「あー……。確かに今回の策――というか切り札は、リガル・ロドグリスに通用するか、だいぶ怪しいところですね……」
「まぁ、切り札自体には簡単に対応されるとしても、敵の意表を突くことくらいは間違いなく可能だ。そうすれば、こちらが主導権を握り、かつリガル・ロドグリスが何か策を考えていたとしても潰せるはずだ。勝算は高い」
ポール将軍は、側近に話すだけでなく、どこか自分自身に言い聞かせるように言う。
やはり、口では自信ありげでも、内心は不安の方が大きいのかもしれない。
そんな時だった。
「ポール将軍! 報告です! ロドグリス王国軍がこの山のふもとまでやってきたとのこと!」
ポール将軍の部下の魔術師がやってきて、ポール将軍に向かってそう叫ぶ。
それに対して……。
「ついに来たか」
覚悟を決めたように、ポツリと呟き、ポール将軍は勢いよく立ち上がる。
そして、続けてこう言った。
「さて、それじゃあ配置しようか。
――――――――――
「よし、大体こんなもんでいいだろう」
――それから数十分後。
ポール将軍は、ロドグリス王国軍が近づいているという報告を受けて、迅速に指示を出し、用意していた切り札である、スナイパー。
それをリガルたちロドグリス王国軍が通るであろうと思われるルートに、満遍なく配置していったのだ。
もちろん、居場所がばれないように、隠れる場所の工夫も忘れない。
「さて、後はこの見様見真似で作り上げたスナイパーが、どこまで通用するか、だな」
「ですね。しかし、立ち回りは見様見真似かもしれませんが、能力自体は奴らと遜色ない程度に育ったと思いますよ」
4年前、ポール将軍はリガルに負けたことをきっかけに、徹底的に自分を見直した。
それにより、将軍としてあれから一回りも二回りも優れた将軍へと成長を遂げたのである。
しかし、ポール将軍がリガルに負けてから行ったのは、実は自分自身のレベルアップだけではない。
それが、スナイパーの育成である。
ポール将軍はスナイパーという新しい魔術師のスタイルに非常に感心し、戦争が終わるなり早速育成を開始した。
最初は50mの距離など打ち抜けるはずがないと思っていたし、育成を始めて1週間ほどが経過しても、その考えに変化はなかった。
しかし、それでも粘り強く訓練を続けさせていると、3か月ほどが経過したところから50mを超える距離をかなり高確率で正確に打ち抜けるようになったのである。
あまりに衝撃的な事であったが、スナイパーを育成することは可能であると知り、ポール将軍はそれ以来、日々スナイパーの立ち回りについて頭を悩ませるようになった。
ポール将軍のこの4年間は、自分の成長のために3割、スナイパーの育成とその使い方に6割を費やしたと言っても過言ではないだろう。
結局、4年の育成で、ヘルト王国軍スナイパーの狙撃可能平均距離は大体200mを超えた。
第一次ヘルト戦争時のロドグリス王国軍スナイパーと比べたら、遜色ないどころか圧倒的にヘルト王国軍スナイパーの方が強い。
まぁ、ポール将軍がいくら頑張っているからと言って、ロドグリス王国軍のスナイパーも訓練は日々頑張っている。
そのため、今現在の実力で比較した場合、恐らくロドグリス王国軍の方が上だろうが。
とはいえ、200m程度の距離を狙撃できれば、今回の作戦においては十分。
「これで何とかなってくれればいいがな……。もしもあっさりと対応されて、普通に反撃されたり、何かこちらのスナイパーの使い方に致命的なミスがあったりしたら終わりだ。潜伏することが重要であることは十分に理解しているが、それ以外は実際のところさっぱりだ……」
「えぇ……。全く動揺してくれなかったら、敵の得意フィールドに引き込んだだけの悪手になってしまいます。そんな結果になることは……考えたくないですね」
「そうだな」
しかも、「重要だと理解している」と言った潜伏についても、実際はだいぶ甘かったりする。
何と言ったって、地球におけるスナイパーの知識をそれなりに知っているリガルに対して、ポール将軍は完全なる素人の状態から、想像による工夫を施したのみなのだ。
ポール将軍の考えた作戦は、彼の想像以上にギャンブル的なものなのである。
とはいえそれでも、自分だけの切り札だと思い込んでいたスナイパーを、敵に使われることのインパクトは間違いなく大きいはずだ。
リガルに勝利するための策としては悪くない。
――そして、ポール将軍が少しソワソワしながらリガルがやってくるのを待つこと30分ちょっと。
ついに、その時はやってきた。
「ポール将軍! ロドグリス王国軍が、ついにポイントAに辿り着いた模様です! 如何いたしますか?」
ポール将軍の部下が再び報告に来る。
ポイントA、というのは、ポール将軍が事前に決めておいた、ロドグリス王国軍が恐らく通るであろうと思われる地点の呼び名である。
そのポイントAから、現在ポール将軍たちがいる場所までは、10分もかからず到達できる。
ロドグリス王国軍がそこまでたどり着いたのなら、もう決戦の時は近い。
「そうか。何か不測の事態は起こっていないだろうな?」
「はい。特に問題はありません」
「よし……」
ポール将軍はニヤリと笑みを浮かべると、大きく息を吸い込み……。
「では、これより作戦を開始する、準備は良いか?」
大声――で叫んだりすると、リガル達にこちらが決戦を挑もうとしていることがバレてしまう恐れがあるので、力強くも小声で問いかける。
それに対して、傍に控える魔術師は、大きく頷く。
その返答に、ポール将軍も満足そうに頷いた。
そして……。
「良い面構えだ。では行くぞ、リガル・ロドグリスを殺しに……」
覚悟が宿った眼で正面を見据え、ポール将軍は決戦への一歩を踏み出した。
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