第128話.絶対的な壁
――一方、撤退するハイネス将軍を追って、ロドグリス王国内を進軍していたヘルト王国軍。
それを率いているポール将軍は……。
「何……?」
ロドグリス王国軍の姿を視界に捉えるなり、怪訝な顔でそう呟いた。
その顔からは、明らかに「予想していなかった」というポール将軍の思考が伝わってくる。
「まさか、こんなところに陣を敷いているとは、まったく思いもしなかったですね……。予想だにしない行動過ぎて、斥候すら放っていませんよ……」
ポール将軍の側近も、驚いたようにそう呟く。
「だが、つい数時間前まで嫌がらせはしてくるものの、逃げる一方だった敵将が、いきなりこんな無策で決戦を仕掛けてくるとは思えない。恐らく、これはリガル・ロドグリスの仕業だ」
ポール将軍の下には現在、リガルたちの情報が一切入ってきていない。
リガル達が降伏の条件に敵の魔術師を全員人質にとって、情報の漏洩を妨害した甲斐があったという訳だ。
とはいえ、リガルが合流したということくらいは、ポール将軍も簡単に察する。
しかし、そこまではリガルの読み通り。
むしろ、この平地で決戦を挑んだのが、自分であることを分かってもらわなければ、リガルとしては困る。
「え、ど、どういうことでしょう? 将軍を苦しめた、あのリガル・ロドグリスが、こんな安直な作戦で我々に決戦を挑むとは思えないのですが……」
「当たり前だろう。奴は必ず何か策を用意している。前の時は、そう分かっていながらも、油断して攻撃を仕掛け、痛い目を見た。今度はあの時のようにはいかない。ここは、ひとまずは様子見に徹する。その間に、この戦場一帯を調べるんだ。それで奴の作戦の一端が垣間見えるかもしれない」
ポール将軍は、前回のミスから、今回は敵の見え見えの策に突っ込んだりはしないと言って、完全に受け身の態勢である。
ポール将軍は必ず裏をかいて、正面突破をしようとはしないという、リガルの読みは完璧に当たった形になった。
が、ポール将軍も、リガルの手のひらの上で遊ばれているだけのタマではない。
動けないのならその間にリガルの策を看破しようと考える。
実際には策など無いのだが、調べることによって、策が無いことも看破できるはずなので、リガルの方もこれでただ待っているだけではいられなくなった。
「なるほど……。私なんかにはこの平地という戦場で、何か策を仕掛けることなんて考えられませんが……」
「正直、俺も思いつかん。流石はリガル・ロドグリスだ……。だが、それでいい。それでこそ、倒し甲斐があるというものだ」
そう言って、ポール将軍は少年のような無邪気な笑みを浮かべたのだった。
ーーーーーーーーー
――結局、それから三日の間、両軍の間では一名たりとも死傷者が出ることはなかった。
ただ、じゃあ何もしていないかと言うと、そういう訳でもない。
戦闘自体は至る所で発生していた。
まぁ、それも昼間ではなく夜だが。
どういうことかというと、ヘルト王国軍が放った調査部隊に、ロドグリス王国軍が気が付き、それを妨害しようとしたのである。
そんなことが、あらゆるところで発生した。
ただ、ヘルト王国軍は見つかったらすぐに逃げることを徹底していたため、両軍の間に被害は全く出なかった訳だ。
だが、いくらロドグリス王国軍が頑張っても、全てを妨害することは出来ない。
結局、時間はそれなりに掛かったものの、ヘルト王国軍はこの三日で、この戦場から半径1㎞以内の怪しい場所はすべて確認することに成功した。
だが、その結果は当然……。
「何? 怪しい点は何も見つからなかっただと?」
ポール将軍は「ふざけているのか?」とでも言いたげな表情で、報告に来た部下に返答する。
しかし、嘘を吐いているようには見えないし、何より嘘を吐くメリットが何一つない。
自分の部下の仕事を疑っていては、始まらないだろう。
ひとまずポール将軍は、何も無いという部下の話が真実であると信じて、これからどうするべきかの思考を始める。
そうして考え抜いた結果は……。
「くっ……。仕方ない。ここの突破は諦める。全軍で迂回してロドグリス王国の中心部を目指すぞ」
結局正面突破は断念した。
怪しい点は無かったというのに、だ。
まぁ、「怪しくない、怪しくない」と言われれば言われるほど怪しいというのは分かる。
特に、現在の強い警戒心をもったポール将軍には、ここで踏み込む勇気はない。
ポール将軍も、やれる範囲の最善を尽くしたつもりだったが、結果的は完全にリガルの手のひらの上となってしまった。
情けないようにも思えるが、実際こうなってしまうのも仕方がない。
ポール将軍は、第一次ヘルト戦争でリガルに敗北するまで、一度たりとも敗北というものを味わったことが無かった。
それどころか、後にも先にも戦場で負けたのはそれ一度きりだ。
だから、ポール将軍にとってリガルとは、トラウマとでも言うべきもの。
単にボコボコにされたからとか、そんな次元では語れないほど、ポール将軍の中でリガルは巨大な存在であった。
過剰に警戒してしまうのも当然だろう。
とはいえ、間違った選択とも言えない。
今ここにいるロドグリス王国軍を無視して、国の中心部に向かえば、リガルたちも流石にそれに対応せざるを得ない。
つまり、現在リガルたちにある主導権を取り返すことが出来る。
だが、それにも問題はある。
「え? 本気ですか? すでに結構な期間、国内の戦力のほとんどをこの国に置いています。そろそろ帝国やら北の蛮族共やらが侵略してきてもおかしくないですよ……」
その問題というのは、やはり時間がかかるという点だ。
すでにヘルト王国軍が、ロドグリス王国の侵略を開始してから、1週間の時が経過している。
もちろんこの程度ならまだまだ問題は無いが、2週間目に突入しても決着の兆しが見えないようでは、かなり危険になってくる。
時間的に余裕があるのは、現状リガル達ロドグリス王国の方だ。
ポール将軍も、そんなことは重々承知の上。
だが……。
「分かっている。それでも、ここは焦ってはいけない。他国が攻めてきたとしても、多少なら本国にも魔術師は残っている。本国の事はひとまず気にするな。こっちで勝利することを優先する」
リスクは受け入れ、あくまでも時間に追われての妥協などはしないという覚悟のようだ。
半端なやり方では、リガルには勝てないと踏んだのだろう。
(ロドグリス王――アドレイア・ロドグリスを倒した時には、もうこの戦いも勝利したと思ったのだがな。まさかリガル・ロドグリスがトップに立って、再び立ち上がってくるとは……。しかも、それで苦境に追いつめられているのだから、本当に貴様は最高の相手だよ)
苦々し
だが、苦境というのは客観的に見て間違っている。
他国に茶々を入れられる可能性があるため、時間的には少しだけ追いつめられているとはいえ、兵力的には依然勝っているのだ。
どう考えても苦境ではない。
そう思ってしまうのは、ポール将軍のリガルに対する過大評価のせいだろう。
「なるほど……。了解しました。すぐに隊長以上の人間に連絡するように手配しておきます」
「あぁ、頼んだ」
こうして、ポール将軍は全てを賭ける覚悟で、行軍を開始したのだった。
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