第116話.愚か者
「よし、本日最後の戦いだ! 全力で敵を叩き潰せ! 突撃!」
リガルの怒鳴るような掛け声で、ロドグリス王国軍魔術師が城門を一斉に攻撃し、あっと言う間に粉砕する。
そして、なだれ込むように都市内へ侵入した。
現在時刻は20時。
リガル達は、目的の都市に辿り着き、攻撃を開始していた。
予想通り、夜であることから敵はリガルたちが攻めてきていることに気が付くのが大分遅れ、攻城戦にはならず、簡単に都市の中に入り込むことが出来た。
もう片方の部隊の指揮を執るレオは、反対側の南門を攻略して中に侵入している頃だろう。
実は、普段はレオを傍に置いておくリガルだが、今回は指揮を任せた。
まぁ、流石に都市内での戦闘になるとスナイパーは使いづらいし、わざわざ切り札として取っておくというよりは、指揮官として利用した方が良いと考えたのだ。
レオは、戦術に関する知識など学園時代に少し習った程度の物しか持っていないのだが、常に戦場ではリガルの傍にいるため、意外にもその能力はかなり高い。
アドレイアや他の将軍にその能力を披露していないため、ロドグリス王国内ではレオが指揮官として実は有能であるということは知られていないが、リガルはいつも一緒にいるだけあり、それをちゃんと知っていた。
まぁ、指揮を執ると言っても、門を抜けるところまでだから、能力の高さは全くといって良い程今は求められないのだが。
それはともかく、都市に侵入するところまでは順調に進んだ。
そして、それからも特に逆転などは起こることなく、敵を1人、また1人と倒していって、普通に30分後には敵は全滅した。
都市の内部で戦闘したため、敵には逃げる余地すら無い。
この戦いで、さらに250人ほどの捕虜を獲得することに成功した。
こんなにも沢山の魔術師を捕虜にすることが出来たのは、敵がロドグリス王国軍の数と質に完全に圧倒され、早々に戦意喪失してしまったためである。
抵抗されるとどうしたって殺さざるを得ないが、投降してくれれば捕虜として手に入れることが出来る。
これにいる今回のヘルト王国の戦争で、リガルたちはすでに合計で500人を超える捕虜を獲得することに成功したため、ここで他に報酬も何もなく戦争が終わったとしても、大成功といって良いだろう。
だがしかし、本国の方は絶賛侵略されているところだし、ここまで荒らされた敵も、リガルをタダでは国に帰してはくれなさそうだ。
リガルはそんなに強欲ではないため、リガル自身としては、もう勝っている今戦いをやめたい。
リガルは、勝ったら調子に乗ってもっと賭けようとするような、ギャンブラータイプではないのだ。
が、残念ながらそうは問屋が卸さないだろう。
(また明日も戦わなければいけないんだろうな……)
戦いに勝利したことで、疲労をものともせず、早速祝杯を挙げているロドグリス王国軍魔術師を尻目に、疲れ切った表情でリガルは寝床に向かった。
不幸中の幸いというべきか、今日は敵から都市を奪った分、ゆっくり心身を休めることが出来るだろう。
こうして、明日も無事に乗り切れることを願い、リガルは眠りについた。
ーーーーーーーーーー
翌日も、リガルはぐっすり眠ってしまったようで、目覚めたのは午前9時ごろになってしまった。
こんな戦争中であるというのに、何故周囲は起こさないのかと思うかもしれないが、敵の人数が減ったことでだいぶ余裕が出来ているのだ。
無理に働かせて疲労で倒れられるのが一番問題ということで、レオは迷った末ゆっくり眠らせることを選択した。
そしてリガルは起きて朝食を食べ始めたのだが、その途中でレオがやってきて……。
「殿下、朝食中に申し訳ないのですが、急用です。こちらに目を通して下さい」
そう言って差し出したのは、手紙のような物。
リガルは封を切ろうとしながら……。
「誰だろう……。父上からかな? 敗北したとか、そういうのだけはやめてくれよ?」
そんなことを呟くが……。
「いえ、アドレイア陛下ではありません。何と差出人は、ここら辺の地域を治めるヘルト王国貴族――エオ・シュナイダーという者のようです」
手紙の封筒には、差出人の名前などはどこにも明記されてはいないが、この手紙を持ってきた人間がヘルト王国の使者だったのだろう。
当然だがこの世界には、郵便屋さんなど存在しない。
手紙を誰かに送ろうと思ったら、使者を用意して、それに運んでもらうしかないのだ。
だから、運んできた人間が何者であるかを問えば、差出人はすぐに分かる。
「は? 敵が? 益々分からんな。このタイミングで降伏してくるのはおかしいし、とすると、怒り狂って宣戦布告でもしてきたとか? いやまぁそれはそれで間抜けな話だが」
「さぁ? そこまでは私が知る訳ないじゃないですか。中身までは流石に読むわけには行きませんから」
「うーん……」
訝しがりながら、リガルは中身を取り出し、手紙に目を通し始めた。
そして、数分かけてじっくりとそれを読み込んだ後、リガルはぽつりと呟いた。
「なぁ、レオ。俺は理解したぞ」
「は? 何の話ですか?」
「敵が兵を分けた理由」
「え……? すみません、全然話が見えてこないのですが。一体その手紙には何が記されていたのですか?」
リガルの良く分からない返答に混乱するレオ。
「うーん、なんか言い訳みたいなのが長きに渡って書かれてたけど、要約すると『あなたが強いからもう降伏したい。でも、別に屈したわけじゃなく、あくまで形だけなんだからね! 勘違いしないでよね!』って感じ」
「オロロロロ」
「しばくぞ」
ツンデレネタを突っ込んでいったリガルに、吐くようなジェスチャーで返すレオ。
「まぁ、とりあえず先ほどの殿下の謎演技は忘れるとして、つまりは敵がこの場面で降伏しようとしてくるような愚か者だったから、敵が兵を分けたのもただの愚行だったと判明した。と、いう訳ですね?」
「……まぁ、そうだ」
あっさりと話題を戻すレオに、少し釈然としない様子のリガルだったが、この手紙によって再びのんびりしていられなくなったため、レオの言葉に大人しく頷く。
「……ふむ。しかし、なんで降伏するってのが愚行なんですか? 敵としてはこれだけ連敗しているんですから、これ以上被害を出さないために降伏しようと考えるのは自然なことだと思うのですが」
「お前も分からないんかい……。いいか? そこだけ聞くと正しい行動に聞こえるかもしれないけどな、お前は一つ重大なことを見落としている」
「え、重大なこと?」
「そうだ。確かにお前の言う通り、俺たちはだいぶ敵に被害を与えたかもしれない。しかしだ、ヘルト王国は今我々ロドグリス王国を侵略しているだろ?」
「……あ! そうか!」
リガルの言葉に、一拍置いてレオも気が付いたようだ。
「敵は仮に犠牲を出したとしても、我々を足止めしなくちゃいけないんだ!」
「その通り。俺たちが今フリーになれば、侵略されている本国に戻って、そこを救援することができる」
リガル達の数は少ないため、戦力的に脅威にならないのでは? と思うかもしれないが、そんなことはない。
敵が降伏することの条件として、相手の要人を軒並み人質にするなどして行動を封じれば、リガル達が侵略されている本国に帰還しようとしているという情報は、敵の耳に届かない。
存在を知られていないことが、どれだけのアドバンテージになるかということは、今回の戦いにてよく分かったことだろう。
その上、リガル達が率いているのは王都勤めの優秀な魔術師であり、しかもスナイパー部隊までついている。
400人という単純な人数以上の戦力であると言えるだろう。
「つまり敵は、うちの国を侵略しているヘルト王国軍を信じて、この場は耐え続けるのが最善手なんだよ。それを敵はちょっと領地が荒らされたからと言って、すぐに降伏しちゃうんだから……。もしも俺がヘルト国王をやってたら、今敵の指揮を執ってるやつ……エオ・シュナイダーだっけ? そいつは色々と手をまわして爵位を剥奪してやるね」
いくらミスをしたからと言って、酷い言い様だ。
「はは、何もそこまで言わなくても……。領地が荒らされれば、その復興のために金が要ります。そしてその金はどうやって手に入れるかと言ったら、税金です。つまり、領民に重税を課さなくてはならなくなります。きっと彼はそれを嫌ったんですよ。領民思いのいい領主じゃないですか」
リガルは王子という肩書であるが、現状は指揮官として兵を率いることくらいでしか、国に対して目に見える貢献をしていないので最早、実質軍人と言っていいだろう。
それに対して、現在戦いの指揮を執っている敵指揮官は、軍人ではなく領主だ。
領主と軍人では、見えている世界が違う。
彼の行動は、軍人としては間違っていないかもしれないが、領主としては正しかったかもしれない。
リガルの酷い言い様に同情したのか、何故かそんなフォローを入れるレオ。
「いやいや、領地だって国から貰ったもんなんだから、もっとも優先すべきは領民じゃなくて国王の意向でしょ」
これだけ聞くと、酷い暴君だと思うかもしれないが、リガルの言い分も一理ある。
いくら領民を大事にしようとも、自国が不利益を被ってしまえば、国は痩せ、そのしわ寄せが結局国民に来る。
反対に、自国が戦に勝利すれば、国は潤いさらに強大な国へと至るだろう。
もちろん、ここでリガルがフリーになったからって、ロドグリス王国が勝利するかどうかなんて分からない。
降伏したうえで、ヘルト王国がこの戦争に勝利すれば、エオの判断は英断となるだろう。
つまりは、結果が出るまで分からない。
勝てば官軍負ければ賊軍というやつだ。
どちらの言い分も間違っていない。
この理屈を、
まぁ、結局のところこれを言ったら元も子もないかもしれないが、簡潔にまとめると、『勝った者が正義』ということだ。
議論するに値しない。
話が脱線したが、ここからのやることは……。
「まぁそれはいいから、さっさと行くとしようぜ。舌戦の舞台に」
戦うことではなく話し合いである。
「ですね」
こうして、この数十分後、リガルは動き出したのだった。
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