第115話.数

 リガルは2度目の戦いにも勝利した。


 それも、非常に一方的な展開で。


 これで敵の兵力は残り1200。


 しかも、たった今敵を倒したばかりなので、頑張れば情報が敵に伝わり、全軍が合流される前にもう300人くらいは倒せそうだ。


 それでも兵力的にまだ相手を上回れないのが、非常にうんざりするところだが、900人まで減ってくれれば少しはマシになる。


 指揮官の差を考えれば、現実的に勝てる可能性は十分にある兵力差になるだろう。


 リガルとしては、ヘルト王国という国自体の強さを改めて教えられ、中々苦しい戦いをここまで強いられているが、それでも内容自体はすべて上手く行っている。


 これまでの2戦は、どちらも完勝と言って差し支えない内容だった。


 だがそれでも、リガルには一つだけ腑に落ちない点がある。


 それが……。


「結局、敵は何で兵を分けたんだろうな。罠を張っているのかと思いきや、結局そうでも無かったわけだろ?」


「うーん、そこは私も気になるところですね。今のところはどう考えても、単なる愚行としか思えません」


「だよなぁ」


 手に入れた捕虜を拘束し、本国へ送りつける準備を整えている自軍の魔術師の様子を眺めながら、リガルとレオは言葉を交わす。


 この戦いが始まる前、敵が兵を分けたことを知って、敵が何か罠を用意しているのではないかとリガルは予想した。


 しかし、結果はリガルの圧勝。


 罠など存在する気配すらなかった。


 ということは、敵のミスということになる。


 もしくは、リガルたちが無意識のうちに敵の罠を封殺していたりしたか。


 そうだとしたら、次に戦いを仕掛けた時には発動してしまうかもしれないので、非常に厄介ではあるが。


(しかし、これも悩んでいても詮の無い事か)


「まぁ、その話はひとまず置いておくとして、またこれから敵を見つけに行かないとな。今日中にもう一部隊壊滅させておきたい」


 リガルは、罠については気になるが、一旦頭の隅においやって、目下の問題を解決するべく呟く。


 そう。


 とにかく現在のやるべきことは、敵の数を減らすこと。


 これに尽きる。


「ですね。しかし、殿下は大丈夫ですか? だいぶ体力の限界を迎えている様子でしたが」


「まぁな。正直俺は体力も限界だし足も痛い。けど、流石にそんなこと言ってる場合じゃないんでな。気合で頑張るよ」


 能力的に劣っている、とかなら気合ではどうにもならないが、身体が限界で動かない、などというのは、気合でどうにかなる。


 人間というのは、本当の限界がくるだいぶ前に、脳が限界だという信号を出すからだ。


「ははは、あんまり無理はなさらずに、と言いたいところですが、そうもいきませんか。狙う敵はここから一番近い相手ですか?」


「そうだな。流石にここから他の敵を狙うのは骨が折れる。ただ、一番近いと言えど、まだここから15㎞歩かないといけないっていうんだから、本当地獄だよ」


 リガルは自分で言いながら顔を引きつらせる。


 しかし、それでも幸いなこともある。


「でも良かったですね。そろそろ日が落ちる頃合いですし、敵も行軍をやめるでしょう。敵が動き回らなければ、だいぶ移動距離が短くなります」


「あぁ、そうじゃなかったら俺は心が折れて、今日中にもう一部隊撃破するのは諦めていただろうよ」


「それはあんまり笑えないですね……。しかし、夜という事は、敵も都市に引きこもっていますよ? また夜襲でも仕掛けますか?」


 日が暮れれば、リガルたちは野宿をするが、敵は自分の国なのだから、都市内に入って休息を取ればいい。


 ということは昨日のように、敵が潜んでいると予測される都市に夜襲を仕掛けてみるという作戦が思い浮かぶが……。


「いや、そんなことはしない。そもそも、昨日あれだけ暴れたんだから、敵も夜襲には十分警戒しているだろう。ここは小手先の策を講じるよりも、真っ向から突撃する」


「えぇ!? 今日は随分と交戦的ですね」


「そんなことないだろ。今まで俺が面倒な策をいちいち使っていたのは、数の上で不利だからだ。数で有利が取れてる現状は、そんなことをしなくても、正面から叩き潰すような、シンプルな策を採ればいい」


 前にも言ったことだが、弱点のない完璧な作戦なんてない。


 どこかの要素を強くすれば、その分だけ必ずどこかの要素が弱くなる。


 そしてもしもその弱点を敵に見極められれば、簡単にやられてしまう。


 だったら、数でも質でも勝っている現状は、際立った強みも無い代わりに、目立つ弱点も無い、シンプルな作戦を選択するべき、という訳だ。


「ということで、今回は何の工夫も無く都市に攻め込む。それに、戦いが始まる時間は夜だ。だいぶ近づかないと、敵もこちらが攻めようとしていることに気が付かないだろう。つまり、攻城戦にはならないはずだ」


「確かに、攻城戦をやるというのは中々面倒ですから、それはありがたいですね。何より今日は丸一日行軍しっぱなしで、こちらも疲れてる。とにかく長引く展開にはしたくない」


「その通り。やることは簡単。まず、敵が恐らくいるであろう都市に向かったら、兵をまたまた2つに分け、北門と南門から攻め込む。こうすれば敵も逃げ込むことが出来なくなる」


「なるほど。出来れば逃げられたくは無いですからね。そういう意味でも、敵が都市に入ってくれたのは助かりますね」


 戦いを起こすのが夜になってしまったのは全くの偶然であるが、それには色々な産物があったようだ。


「あぁ。ただ、さっきは面倒な策は用意しないと言ったが、一つだけ考えていることがある」


「考えていること?」


 期待を込めたような声音でレオが尋ねる。


「あぁ、別に敵を欺くとかそういう策じゃない。単に、こっちの穴を無くすだけだ」


「相変わらず説明がまどろっこしいですね……」


「はは、じゃあさっさと結論を話そう。俺が考えたのは、都市の中で戦闘が起こったら、敵も味方もどこにいるか分からなくて、指揮なんて執れる訳もないだろ?」


「まぁ、そうですね」


「そこで出てくるのが、俺お得意の、魔術を使ったサインだ。といっても、今回は俺が指揮を執るために使う訳ではないがな」


 魔術を使ったサインというのは、リガルが考え出した方法だ。


 味方との距離が離れがちになるこの世界の戦争では、非常に便利であるため、リガルはかなり頻繁にこれを用いている。


 と言っても、地球に存在する信号弾を応用しただけなので、リガルは全く凄くないのだが。


 しかし、どうやら今回は普段とは使い方が異なるようだ。


「え? それはつまり、殿下がサインを出すのではないということですか?」


「そういうことになるな」


「え、でもじゃあ何に使うんですか?」


「別にそんな不思議な事じゃないだろ。味方同士で使うのさ」


「はい……?」


 リガルの言葉に、首をかしげるレオ。


 そりゃあそうだ。


 一般兵士が一般兵士に指示を出してどうするんだ、と思うだろう。


 しかし……。


「おいおいレオ、頭が固いな。別に魔術を使ったサインは指示するだけに使える訳じゃないだろ? 連絡を取り合う事だってできるじゃないか」


「連絡ですか……。私にはそれが何の役立つのか分かりませんが……」


 連絡と言っても、通話のようなことが出来るわけではない。


 出来るのは、事前に決めておいたいくつかのワードを伝えるだけだ。


 だからレオは使い道が思い浮かばなかったわけだが……。


「んじゃあ、ここで今回の作戦を具体的に話そう。まずは、1つの都市を八個に分割して考えるんだ。分割の仕方は、普通にケーキなんかを8等分する時みたいにすればいい。そして、同じように兵士も8分割して、設定した区画に均等に配置する」


「はぁ……。全然よくわかりませんが」


 しかし、やはりレオは分かった様子が見えない。


「慌てんなって。ちゃんと続きがあるんだから。そしたら、その区画にいた敵の数に応じて、魔術でサインを送るんだ。そうすることによって、各個撃破のリスクを冒すことなく広がることが出来るだろ?」


「あぁ……。そんな意味があったんですか」


 例えば、各個撃破を恐れて一つ所に固まっていたら、知らないうちに敵に四方を囲まれていた、なんてことになる。


 それを防ぐために、魔術師をある程度はバラけさせなければならないが、バラけさせすぎればやはり各個撃破がある。


 そうならないために、敵が多く固まっている場所を味方に伝えて、各戦場で確実に敵よりも上回った数で交戦しようという寸法だ。


「どうよこの数の有利を活かすアイディア。我ながら名案だと思うんだが」


 この短時間でこの策を思いついたリガルは、レオにドヤ顔をする。


 だが、レオはそれには取り合わず……。


「はいはい、凄いです。んじゃあ、さっさと行きましょうか。出発する準備はもう整っているようですし」


 2人が話している間に、すでに捕虜を本国へ送る手筈は整っていた。


「主君に対して失礼な奴だなぁ……。ま、確かにゆっくりしてられないからな」


 そう言って、リガルも出発の準備を開始した。


 その数分後、リガルたちはこの場を後にし、敵が潜んでいると推測される都市へと歩を進めるのだった。

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