第117話.挑発

 ――その日の昼下がり。


 リガルは相手が話し合いの場として指定してきた都市、フォンデにて、敵の指揮官エオ・シュナイダーと向かい合っていた。


 降伏する側が場所を指定するというのもおかしな話だが、まぁそこを突っ込んでいても面倒なだけなので、黙って従った。


 ヘルト王国側としては、降伏するとは言ったものの、あくまで下手したてに出るつもりはないらしい。


 分かっていた事ではあるが。


「では、話を聞こうか」


 どう見ても年上と思われる相手に、リガルは腕を組んでいかにも偉そうな態度で問いかける。


 だいぶ高圧的だ。


 相手から降伏を申し出てきたのだから当たり前だが、リガルとしても一歩も退く気はない様子。


 それに対して、エオの方も黙ってはいない。


 青筋を立て、分かりやすく苛立ちながらも、何とか平静を保って言葉を紡いでいく。


「……こちらの話は、手紙でも伝えた通り、降伏したいということだ」


「なるほど、降伏……。しかし、そういうことならこちらとしてもそれ相応の……」


 ――対価を要求させてもらう。


 そう、リガルは言おうとしたのだが……。


「初めに言っておくが、こちらとしては大きく譲歩するつもりはない」


 それを遮ってエオが言う。


 似たようなことを言い出すであろうというのはリガルとしても想像していたが、まさかここまでストレートで伝えられるとは思わなかった。


(自分から降伏を言い出した癖に、譲歩するつもりはないって……。面白いことを言うなぁ、おい)


 心の中でリガルは皮肉じみた悪態をつきながらも、冷静に頭を巡らせていく。


「譲歩するつもりはない、か……。一応伺っておくが、何故?」


「簡単だ。こちらが降伏するのは、これ以上領土を荒らされたくないからであり、戦うことに怯えている訳ではない。兵力的には現在も、わが軍が900、そちらが500と、こちらの方が上回っている」


「兵力的に上回っている状況で、負け続けていることをお忘れか?」


 嘲笑するような表情でリガルは言葉を返す。


 降伏を自分から言い出しておきながらこの態度には、流石のリガルも少々ご立腹の様だ。


「負け続けている? まともに我々の軍と相対したことも無いのに、よくそんな大層なことが言えるな」


「ふっ、作戦負けを正当化か?」


 恐らく、エオとしてはリガルがヘルト王国軍を各個撃破しているだけで、本隊とやりあっている訳じゃないと言いたいのだろう。


 しかし、各個撃破で兵力を削っていくことは立派な作戦だ。


 それを許している指揮官が無能。


 ただそれだけである。


「別にそちらを非難している訳ではない。ただ、偉そうなことを言うなら、まともに正々堂々互いに全軍でぶつかり合ってはどうだ? と言いたいだけだ」


 互いに挑発しあい、論争が激化していく。


 何を馬鹿な、とリガルは思った。


 兵力で劣っているから、それをカバーしようと作戦を練る。


 自らのアドバンテージを上手く生かそうとする。

 工夫をすることは、別に正々堂々としていないわけじゃない。


 とはいえ、この場でそれを言っても相手を調子に乗せるだけ。


(だったら……)


「ほう、望むところですよ。ヘルト王国あなた方の国にはまともな指揮官が残っていないということが、昨日、一昨日でよく分かりましたから。降伏などせず、我々に挑みかかってきてください。ちなみに言っておきますが、私は敵の5分の2の兵力で、ポール将軍を退けたことがありますけどね」


 まともな指揮官が残っていない――つまり、暗にエオのことを無能だと言っている。


 さらに、5分の2の兵力でポール将軍を倒したという話をすることで、500対900程度の兵力差では勝てないよ、ということも付け加えておく。


 だが、このリガルの発言はハッタリだ。


 当然、相手の挑発に乗って不利な戦いなどしたくはない。


 あくまで口だけだ。


 とはいえ、リガルが先ほど挙げた実績は、まぎれもない事実。


 その言葉は決して軽くはない。


「…………」


 エオも、これには返答に詰まる。


 リガルが5分の2の兵力でポール将軍を撃退したことは、ヘルト王国中の誰もが知るところ。


 そして、ヘルト王国でポール将軍よりも有能な指揮官などがいたら、とっくに今頃はロドグリス王国の侵略に同行している。


 つまり、エオがリガルよりも指揮官として圧倒的に格下であるというのは、どう足掻いても揺るがぬ事実。


 まぁ、だからと言って勝利が決定している訳ではない。


 勝負と言うのはいつだってやってみなければ分からないが……。


(今は、ここで俺が勝てるかどうかなんて問題じゃない。重要なのは、舌戦で相手を言い負かすこと)


 相手が降伏を言い出した以上、戦いたくないことは間違いない。


 つまり、「だったら戦ってみようじゃないか」なんてことは言い出さない。


 敵がここで強気に出ているのは、あくまで降伏時にロドグリス王国側の要求を軽くするためだ。


 そうなると、ここで上手い返答をしなくてはならないのだが、だいぶ悩んでも良い返答は思い浮かばないようだ。


 リガルも、ここで返す言葉は正直思い浮かばない。


 このまま相手の言葉を待っていても仕方ないので、ここは好機とばかりに、リガルは一気に畳みかける。


「おや、黙り込んでどうかしたのか? 正々堂々と戦いたいのではなかったか?」


「っ……」


 リガルは、ここぞとばかりに煽りまくるが、エオは何も言い返すことが出来ず、ただ黙り込むしかない。


「いや、それが出来ないから降伏したんだったか。失念していた。申し訳ない。では、そろそろ本題に入ろうか」


 さらに追加でもう一発煽り。


 しかし、これで完全にリガルが主導権を握った形となった。


 譲歩するつもりは無い、などと言っていたが、こうなった以上はそうも行かないだろう。


「……分かった」


 エオは大人しく頷く。


 先ほどまでの強気な姿勢は、嘘のように霧散してしまったようだ。


「こちらの要求は、たったの一つだけ」


 それに対して、リガルは満面の笑みを浮かべると、指を一本立ててそう言った。


「何……? たった一つだと?」


 当然、エオは困惑する。


 リガルに言い負かされてしまい、これからどんな過大な要求をされるのかと恐れていたところに、たった一つと来た。


 そりゃあ拍子抜けだ。


 だが、リガルがそんな甘い要求をしてくれる訳もなく……。


「そう。そして、その内容と言うのは……。あなたの治める領内にいる、『全ての魔術師』をこちらに引き渡すこと」


「はぁぁ!?」


 当然のように、信じられないほど過大な要求をする。


 身構えていたエオですら、こんな大声を上げるほどだ。


 とはいえ、もちろんそんなのを受け入れる訳もない。


 魔術師をタダでプレゼントするくらいなら、敗北覚悟で決戦を挑んだ方がマシだ。


 いや、生死が懸かっている魔術師にとっては、敗北覚悟で決戦なんて、ふざけるなと言ったところだが、領主の立場で考えれば、どうしたってそうなってしまう。


 だからリガルは、ここでさらに一言。


「まぁまぁ。ただ、もちろんこれではそちらが納得しないのは分かってる。しかし、こちらとしてもこのような要求をしないとならない事情があるのだ」


「事情?」


「あぁ。これから我々が本国へ帰還した時、その情報を我が国を侵略しているヘルト王国軍に流されたりしたら、大変だ。それを封じるためには、やはり戦争の詳細な情報を知っていて、かつヘルト王国軍の要人に伝手を持っている人間を全員こちらの管理下に置くしかないだろう?」


「なるほど……」


 そんなこと考えてすらいなかった、と言うような様子で素直に感心するエオ。


 それを見て、リガルは内心、「こんなアホな奴相手に、自分はあんなに慎重になっていたのか」と虚しい気持ちになったが、まぁ気を取り直して続ける。


「だから、永遠にそちらの魔術師を奪う、などということはしない。この戦争の期間だけ、監視下に置いておく。それだけのことだ」


「ふむ……」


 それを聞くと、一気にイージーな条件であるような気がしてくる。


 というか、実際そうだ。


 最終的にはヘルト王国側が被る損失はゼロなのだから。


 まぁ、今リガルが口にしたことがの話ではあるが。


「……まぁ、いいだろう。その条件で、降伏する」


 この破格の条件には、エオもすぐさま食いついた。


 あまり喜んだように口にすると、リガルの考えが変わるかもしれないと危惧したのか、釈然としないような様子の演技をしている。


 だが、リガルはそんなエオの様子もすべて見透かしたように、僅かに口角を吊り上げると……。


「では、決定だな」


 静かにそう言って、舌戦は幕を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る