第113話.覚悟

 ――戦いが始まって2日目の夕方。


「殿下、そろそろ接敵しそうです」


 数時間もの間、狙いを定めた敵部隊に向かって歩き続け、ついにレオが言った。


 朝からずっと何時間も歩き続けたため、すでにリガルの表情からは生気が抜けきっている。


「はぁ、やっとか……」


 息も絶え絶えと言った様子で、リガルは安堵のため息を吐く。


 朝9時ごろから、昼休憩を除いた時間はずっと歩き続けていたので、この疲労具合も納得のものだろう。


 そんなんでこれから戦えるのかといった感じだ。


 しかし、何故こんなにも移動に時間がかかっているのか。


 それは、非常に簡単な話だ。


 リガル達が移動する中、敵もずっと止まっていてくれるわけではない。


 向こうもリガルたちの事を探しているのだから、当然動き回る。


 最も、リガルたちが来る方向の反対側に逃げてるように動いている訳ではないので、どんどんと距離は縮まっていくが。


 そんな訳で、結局元々の距離の1.5倍もの距離を歩く羽目になってしまったのだ。


 当然、リガルも馬鹿じゃないので、30㎞以上の距離を歩かなければならないことは分かっていた。


 しかし、具体的な距離までは予測できていなく、しかもそれが想像以上の距離だったという訳である。


 まぁ、とはいえ無事に辿り着いたのだから問題は無い。


「よし、んじゃあ敵を包囲していくか。正直、これまではほとんど、人数不利の状態で戦ってきたから、包囲殲滅なんていう王道の策が俺に使いこなせるかは不明だが」


「言われてみると、そうですね……。包囲ってのも完璧にやろうとするのはかなり難しいですし」


「それな」


 リガルがこれまでに人数的に有利な状態で敵と戦えたことなど、それこそ初陣となったアルザート侵略戦争の都市攻めの時だけだろう。


 そして、包囲作戦と言うのは、基本的に敵よりも人数で上回っている時だけだ。


 包囲と言う作戦の性質上、敵より少ない人数では、どうしたって行えない。


 だから、リガルは初めての作戦を今ぶっつけ本番で行うことになっている。


 初陣から6年の時が経過して、ようやく王道の策を使うというのも、だいぶ意味が分からない状況であるが。


「あれ? けど、だったら別にわざわざ包囲に拘る必要性も無いのでは?」


 包囲作戦を採用することに、だいぶ不安を覚えているリガルに、レオがそんなことを言うが……。


「いや、それは絶対にありえないな」


 リガルはそれに対し、「ありえない」と断言する。


「え、何故ですか?」


「いや、だってさ、敵は俺たちよりも現状数が少ないわけじゃん?」


「え……? まぁ……、そうですね」


 何を今さら当たり前のことを、とばかりに返答するレオ。


「と、なるとだ。敵はまともに戦おうって考えるよりも、逃げて他の部隊と合流しようって考えるだろう?」


「あー、確かに。それは面倒くさいですね」


「だろ? だったら、折角こちらの存在がバレ当てないんだし、相手の行き先に半分の魔術師を先回りさせておき、もう半分が後ろから追うようにして、包囲した方が良い。こちらの存在が敵にバレてるなら、包囲作戦を採用しないことも考えたけどな」


「なるほど。そこまで見越してのことでしたか」


 リガルが、「敵より人数で勝っているなら、とりあえず包囲!」などという短絡的な考えをしていなかったことが分かり、素直にレオは感心した。


「まーねー、っていうことで、兵を半分に分けるぞ」


 ――兵を分ける。


 今回ヘルト王国軍が犯した愚行だが、リガルもまた同じことをしようとしている……訳ではない。


 分けると言っても、離れる距離は10分以内に合流できるような近い位置だ。


 その目的は、包囲するためだけなのだから。


 という訳なので、各個撃破の危険性は全くない。


 まぁ、途中でリガルたちの存在がバレて、さらにかなり上手く対応された場合は、少し被害を受けることになるかもしれないが。


「現在の我が軍は、13個中隊。即席で再編した部隊も含めれば、15個中隊です。ちなみに、我々スナイパー部隊はカウントしていません」


 兵を分ける、という言葉に、レオが自軍の状況を報告する。


 リガルは、こういう細かいところはガバガバだったりするので、地味にきっちりと自軍の状況まで完璧に把握しているレオには、助けられていたりする。


 その報告を聞いて、リガルは早速頭を悩ませはじめ…。


「よーし、分かった。じゃあとりあえず、俺が直々に指揮を執る部隊は、若干少なめの6個中隊。即席で再編した部隊も、俺が受け持とう。ただ、お前たちスナイパー部隊はこっちに来てもらう。何かあったときに、すぐ手元にいた方が助かるからな」


 リガルが率いる兵数は、自軍の全体の5分の2。


 それで十分と言えるほど自信がある訳ではないが、多少は有利になることは間違いない。


 まぁ、スナイパー部隊はちゃっかり自分の手元に置いておくつもりのようなので、戦力的には大体同じくらいかもしれないが。


 また、このセリフからも、リガルがレオたちスナイパーのことを信頼していることが良く分かる。


 これは無意識のことではあるが、何か問題やイレギュラーが起こったときに、レオたちスナイパーが傍にいるだけで、リガルは少し安心するのだ。


「了解です。殿下が担当するのは追う方ですか? それとも先回りする方ですか?」


「うーん、先回りする方が難しそうだし、俺がそっちをやろう。とりあえず今言ったことを各中隊の隊長に伝えてくれ」


「分かりました」


 リガルの命を受けたレオは、早速行動を開始する。


 そしてリガルはというと、頭の中で、これから行う包囲作戦のシミュレーションを行っていた。


(まず、先回りして正面から襲い掛かるだろ? そうすれば敵はこちらの存在にその時初めて気づいたんだから、当然混乱しながら元来た道を引き返そうとするだろう)


 一応、リガル達の存在に敵が気が付いている可能性はある。


 しかし、だったらなぜ逃げないのかという話なので、その線は薄いだろう。


 人数不利な状態で、敢えて迎え撃とうとする意味が分からない。


(しかし、当然もう半分の部隊が後ろから追っているわけだから、逃げられずに挟み撃ちにされる。後は、ある程度の間隔に広がっていき、側面からの逃げも封じる。これで包囲は完成するはずだ)


 敵に気づかれていないのなら、包囲自体はそれなりに上手くいくだろう。


 しかし、それで終わりという訳ではない。


(だが、ここからも大変だ。包囲されたら、敵も何とかしてその包囲から抜け出そうとしてくるだろう。こういう時は、一つのところに兵力を集中させて、一点突破を狙うのが定石だ)


 包囲後も、気を配らなければいけないのが、その完成した包囲が破られること。


 包囲するということは、それだけ兵力を薄く広げているため、突破もされやすい。


 破られそうなところを応援に行こうとしても、今度は逆に手薄になった場所を突かれたりして、結局対応が後手後手になってしまう。


 また、移動勝負になると、包囲されている側の方が移動したい戦線に早く辿り着くことが出来る。


 そのため、出来れば包囲している側は、そういう展開には持ち越したくない。


 戦術用語で言う、内線の利というやつだ。


 戦いというのは、実は包囲したら勝ち、などという簡単なものではなく、どんな作戦にも大概は一長一短がある。


 敵がそれを理解しているかはともかく、包囲を突破するために、一転に兵力を集中させる、という程度の事は分かるだろう。


 そうなると、何かその対策をしなければならないわけだが……。


(うーん、仮に敵を逃がしてしまっても、こちらが敗北するわけでもないので、そこまで深刻に考えなければいけないわけではないが……。流石にここは全滅に近いくらいまでの被害を与えておきたいよなぁ)


 この機を逃したら、またピンチな状況に陥ってしまう。


 状況を打開することを考えたら、ここは完全勝利が求められる。


 そう意味では、深刻な状況と言うのも正しいかもしれない。


(うーん、そうだな。ここは少し高度な連携に挑戦してみるか。もしもこれが上手くいけば、敵の攻めを完璧に受け流すことが出来る。失敗したときのことは……。まぁ、考えない方向で)


 そこでリガルが考えたのは、とっておきの策、という訳では別にない。


 ただ、一歩間違えれば大惨事の、初心者にはあまりお勧めできないような作戦だ。


 そして、当然リガルにそれをやった経験はない。


 やらかす可能性は十分にある。


 それでも、もうリガルとしては、ここで失敗する様ではこの先の戦いで勝ち抜いていくことが出来ない、というような気持ちなのだろう。


 失敗した時の事を考えないのも、無計画と思われるかもしれないが、逆に背水の陣を敷いて、自分にプレッシャーを与えるような意味がある。


 不安は残るが、とにかくこれでシミュレーションは完璧。


 後は……。


(やっぱり、あの兵を分けるという行動が、罠だったりする可能性だよなぁ……。そこを考えていても仕方ないとはいえ、やはり怖いっちゃ怖い)


 もしもここで全滅などしてしまおうものなら、現在進行形で侵略されている本国での戦いも含めて、この戦いの勝敗が決定してしまう。


 ビビるなという方が無理がある。


 だが……。


(ここまで来たらもう退けない。敵がどんな秘策を隠し持っていようとも、必ず勝利して、流れを一気にこちらに引き寄せる!)


 すでにリガルの覚悟は決まっていた。


 後はもう、なるようになるだけである。


「殿下、用意できましたよ!」


 そんなことを心の中で思っていると、レオが大勢のロドグリス王国魔術師を引き連れて、リガルの元に戻ってきた。


「よし、それじゃあ……行くか」


 こうして、戦いは始まった。

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