第114話.圧倒

「はぁ、はぁ……」


 自軍の兵を分け、早速リガルは敵の行く先に部隊を率いて移動した。


 ……のだが、先回りするという事は、当然敵よりも早く、しかも遠回りをしなくてはならないので、これまた走ることになる。


 リガルはすでに、半日近く歩いてヘロヘロだったというのに、ここに来て追い打ちである。


 ただ、ロドグリス王国軍の魔術師は、そうでもないようだ。


 もちろん、少しくらいは疲労の色が見えるが。


 やはり、流石は大陸最強と名高いロドグリス王国軍だけのことはある。


「大丈夫ですか、殿下? 結構早めに回り込めたと思いますけど、流石にもう数分後には始まりますよ?」


 始まる、というのはもちろん戦闘の事だ。


 しかし……。


「お前、何でそんな元気なんだよ……。俺と出会った時は、運動神経も無いし、体力も無い落ちこぼれだったのに……」


「うっ……。ちょっと、これから戦おうって時に、部下の思い出したくない過去をほじくり返してどうするんですか」


 リガルももう10年以上も前の事なので、はっきりしたことは定かでは無かったが、その記憶はどうやら正しかったらしい。


 そしてその過去は、10年たった今でも思い出したくない事の様だ。


「はは、いやぁ、本当偉くなったもんだよお前」


 思い出したくない過去をほじくり返したことを、リガルは悪びれもせずに笑顔でレオの背中をバシバシと叩く。


 完全に面倒なおっさんのノリだ。


 このセリフは結構ことあるごとに言っている。


 学園時代の同期にこのセリフを言われたら、完全なる嫌味でしかないが、レオが今の地位につく原因になった本人であるリガルが言っているので、普通にイジっているだけだ。


「勘弁してくださいよ……。正直学園時代の同期と会ったりすると、未だにちょっと気まずいようなところがあるんで、こっちも結構気にしてるんですよ」


「えー、別にいいと思うけどね。お前が今の地位にいるのは、完全なる実力って訳だし。たまたまそれを俺が開花させただけ」


「それも、運っちゃ運ですよ。だって、僕の射撃の正確性は、殿下以外にはこれまであまり評価されてこなかったんですから。殿下に出会えなかったら、結局僕は今この国で魔術師になることすら出来ていないでしょう」


 レオは自嘲気味に言う。


 まぁ、いくらリガルが気にするなと言ったところで、本人がそう思えなければ仕方のないことだろう。


 イジったつもりが、意外と変に重たい空気になってしまい……。


「てか、俺の最初の問いに答えてないじゃねぇか」


 リガルは話題を変える。


 ちょうど都合よく、最初に話変えた時の問いの返答が返ってきていなかったので、そこについて突っ込んだ。


「え? あぁ、なんであんまり疲れてないのかってことでしたっけ? そりゃあ、スナイパー部隊に所属していると言えど、私もロドグリス王国の魔術師であることには変わりないですからね。体力トレーニングは毎日馬鹿みたいにやってますよ」


「あー……」


 リガルはそれを聞いて、少し遠い目をした。


 ロドグリス王国の魔術師の体力トレーニングは、リガルが日課でやっている走り込みなどとは、キツさのレベルが違う。


 これはだいぶ昔の事なのだが、ある日リガルが朝食を終えて窓の外を見ていたら、ロドグリス王国の魔術師たちが走り込みを行っているのが見えた。


 その時は別に特に興味も無かったのだが、その日の夕方に、何気なくもう一度外を見てみると、相変わらず走り込みをやっていたのである。


 今ではそれも見慣れた光景であるが、初めて見た時は、リガルも随分と自分の目を疑ったものだ。


 そんな組織で10年以上やっていれば、いくら体力的にだいぶ劣っていたレオと言えど、丸一日行軍していても全く疲労の色を見せなくなるわけだ。


 当時は、こんなに体力トレーニングして、バカじゃないのかと思っていた。


 長距離のプロランナーなどじゃあるまいし、体力つけるのはほどほどにしておいて、戦闘能力をもっと磨け、と。


 だが、今日になってリガルはようやく、身をもって体力の重要性を理解した。


 これまでリガルは戦場での移動手段として、馬しか使ってこなかったため、さほど行軍がしんどいということは無かった。


 もっとも、馬に乗るというのも、ただ座っているだけでいいように見えて、だいぶ体幹が必要になってくるので、意外と楽ではなかったりするのだが。


 しかし、いつもいつも馬に乗って行軍する訳ではない。


 時には、歩かなければならないこともあるだろう。


 まさに、今回のように。


 そんな時に、今のリガルのように体力が限界を迎えていては、まともに戦うことも出来ない。


 リガルは、心底今のロドグリス王国魔術師に課されるアホみたいな体力トレーニングを考えた、ご先祖様に感謝した。


「おっと、そろそろ敵がお目見えですよ」


「え?」


 そんなことをリガルが考えていると、レオが声を上げる。


 顔を上げてみると、いつの間にかうっすらと敵の姿が視界に映るようになっている。


「おっと、思った以上に早かったな」


「ですね。相手も意外と気持ち早めに行軍しているのかもしれません」


「かもな。まぁいい……。んじゃあ、さっさと行くか!」


 そう言ってリガルは走り出した。


 相変わらず歩いたり走ったりし過ぎて、脚はだいぶ痛いが、息はすでに整っている。


 ロドグリス王国軍の魔術師たちも、それを追った。


 すると、敵の方もリガルたちの様子に気が付いたようで、慌てて陣形を作ってくる。


 混乱しているだろうに、素早く陣形を組めるのは、流石に敵も無能ではないといったところだろうか。


 距離もそれなりに離れているので、陣形が完成する前に一気に攻め込むというのは難しそうだ。


(だったら……)


「敵が陣形を作っているうちに、こっちは広がるぞ! ただし、こちらの隊列を乱さないように少しずつだ!」


 リガルも敵にやられっぱなしではない。


 兵を広げるのには、2つの狙いがある。


 一つは、敵がリガルの動きに釣られて、慌てて包囲されないように広がった結果、陣形がぐちゃぐちゃになる可能性。


 もう一つは単純に、ロドグリス王国軍の別動隊が到着するよりも早い段階から、包囲する狙い。


 リガルとしては、敵がこの動きに対応してこようと、してこなかろうと、どちらでも構わないという訳だ。


 リガルの指揮に従い、ロドグリス王国軍は大きく左右に展開しながらじわじわと距離を縮めていく。


(さて、どう動く?)


 敵の次の一手にリガルが神経を集中させていると、敵もそれに回答するかのように、動き始めた。


 敵の指揮官が選択したのは……。


「前者か。これはありがたい」


 敵が選んだのは、先述した2つの狙いの前者――リガルたちに包囲されないように、対抗して同じく左右に展開してくる動きだ。


 リガルとしては、どっちを選んでくれても構わない状況だったが、無論「出来ればこっちを選んで欲しい」というのはある。


 そして、それは前者だ。


 当然だろう。


 前にも言ったことだが、包囲に成功したとしても、それだけで勝利決定という訳ではない。


 包囲する事にも、メリットとデメリットがある。


 もちろん、多少は有利になるかもしれないが、大勢たいせいが決まることは無く、まだまだ息の長い戦いになるだろう。


 しかし、だ。


 包囲することと違い、敵の陣形が乱れることには、デメリットが存在せず、ただメリットしかない。


 誰だって、デメリットなしでメリットだけがある方が良いに決まっている。


「ですね。これはかなり楽になりました。一気に距離を詰めていきましょう!」


 リガルの呟きに答えるレオ。


 どうやら、レオもしっかりリガルが兵を左右に展開した理由を理解しているようだ。


「あぁ。全軍、突撃!」


 リガルもここでレオの言葉通りに距離を詰めることを選択する。


 まぁ、別にレオの言葉に従ったわけではないが。


 リガルとて、このタイミングで一気に距離を詰めるべきだなんてことは、言われるまでもなく分かっている。


 敵の陣形が乱れ始め、これが立て直される前に一気に崩したい。


 目測ではあるが、敵との距離はもう200mもない。


 今のタイミングで乱れては、流石に立て直しようがないだろう。


(敵の指揮官はやはり凡将以下だな。ま、そりゃあ優秀な奴がいたら、侵略の方に駆り出すわな)


 そして、1分もかからないうちに、ついに両軍はぶつかった。


 ここからは、リガルに関与できることはほとんどない。


 とはいえ、ここまでくればもう十分だろう。


 別動隊がまだやってきていない現状は、兵数の上で劣ってはいるが、敵は混乱していて、兵の半分も機能していない。


 そして、兵の質ではロドグリス王国軍の方が一枚上手。


 最後に、逆転が起こりようのない平地というシンプルな地形だ。


 敵の方も、しぶとく混乱しながらも戦い続けたが……。


「お、殿下、ようやく別動隊が来ましたよ」


「ほんとだ。これは流石にチェックメイト、だな」


「えぇ」


 ロドグリス王国軍の別動隊の到着によって、敵は完全に潰走した。


 かくしてリガルは、またしても完全勝利を手にしたのである。

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