第8章.第二次ヘルト戦争編

第104話.揺らぐ平穏

 ――それから、4年の月日が流れ、リガルもついに、20歳という節目の年を迎えた。


 まぁ、この世界では節目でも何でもないのだが。


 しかし、年齢が20歳になろうが、何か特別な変化はない。


 ――そう、思っていた。


 だが、そんなある日の事。


 リガルはお馴染みのアドレイアの執務室に呼び出されたのだが……。


「えぇ!? グレンとイリアが結婚ですか!?」


 そこでリガルは衝撃の話を、アドレイアから聞くことになる。


 イリアと言うのは、リガルの実の妹である。


「別にそんなに驚くことでもないだろう。グレンは19歳。イリアも18歳だ。何より、だいぶ前から婚約者は決まっていた」


「それはそうですが……。そんなことこれまで一度も聞いたことがありませんでしたよ」


「言ってないからな。お前にグレンたちの結婚の話をしてどうするんだ」


「…………」


 確かに、聞かれてもいないのに、アドレイアが一々国の政策をリガルに話す筋合いはない。


 言われてみればその通りなので、リガルは返答に詰まる。


「ま、まぁそれは分かりましたが、相手は一体誰なのですか?」


「グレンの相手はアルザート王国の姫だ。第二王女だが、ちゃんと正室との間に生まれた娘なので、身分的には全く問題ない。イリアの相手は、お前もよく知っている、エイザーグ王国のアルディアード王子だ」


「は?」


 アドレイアからの回答に、リガルは口を開けて驚いたような素振りを見せる。


 グレンの方は、別に驚くことではない。


 アルザート王国は、現在同盟を結んでいる相手。


 そして現状、ヘルト王国と和解したようで、実はそうでないという、複雑な状況であるため、アルザート王国とはこれからも仲良くしていきたい。


 よって、現在最もアルザート王国と深い関わりを持つグレンが、政略結婚の駒に選ばれるのは必然。


 リガルとしても、容易に想像できることだ。


 そして、イリアもまた、別におかしなことではない。


 エイザーグ王国とロドグリス王国は、4代も前の時代から同盟関係を続けて来て、いつも互いの国の姫を相手の国の王に嫁がせている。


 リガルがエイザーグの姫であるフィリアと婚約したのと同様に、アルディアードがロドグリスの姫であるイリアと結婚するのは、当たり前っちゃ当たり前だ。


 しかし、アルディアードとは定期的に(と言っても4年に一度だが)会っているし、イリアとも毎日という訳ではないが、血のつながった家族である故、それなりに頻繁に会っている。


 リガルの婚約者が7歳の頃から決まっていたことを考えると、アルディアードの方も同じくらいの時期に、すでに決まっていたと考えるのが妥当だろう。


 となると、これまでリガルがそんな話を一度も聞いていないというのは、イリアとアルディアードが意図的に隠していたとしか思えない。


(あいつ……。俺の天使を奪おうなどと……。次会ったら絶対しばく。あの戦闘狂のお望み通り、決闘でも何でも付き合ってやる――いや、むしろ俺から吹っ掛けてやる。そして完膚なきまでに叩き潰す!)


 不穏な決意を、リガルが心の中で固める中……。


「というか、他人ひとの心配している場合じゃないだろう? お前も当事者なんだぞ」


「うっ……」


 実は、今アドレイアがリガルに話した内容は、グレンとアルディアードの結婚だけではなく、それと同時にリガルとその婚約者――フィリアの式を、大体同じくらいのタイミングで執り行うということだった。


 アルディアードとイリアが、実は婚約していたということに衝撃を受け過ぎて、自分の事など完全に頭から抜け落ちてしまっていたリガルだったが、アドレイアに指摘されてそれを思い出す。


「いつなのですか?」


「まだ時期は未定だ。しかし、仮にも王族の結婚式だ。準備にも時間と金がかかる。それも、膨大にな」


「まぁ、確かに」


「それを考えると、半年後くらいになるだろうなぁ」


「そうですか」


 アドレイアの言葉に、自分て聞いておきながら、リガルはさして興味なさげに答える。


 昔からそうだったが、やはり自分が結婚するなどと言う実感が湧かないのだ。


 まぁ、政略結婚だし、自ら相手にアプローチをしたわけでも何でもない。


 いつの間にか知らないところで話が進められているのだ。


 自分の事と言う気がしないのも仕方が無いのかもしれない。


 まぁリガルたちは、4年に一度だが顔を合わせているので、普通の王族よりはだいぶマシな関係かもしれないが。


 何より、リガルが何と言おうと、どうこう出来る問題でもない。


 だが……。


「お前、どうでもいいという顔をしているな?」


「っ……。いや、そんなことは」


 アドレイアに鋭く心中を指摘され、慌てて否定するリガル。


 しかし、その反応がすでに肯定しているようなものだ。


「確かに、お前には話したところで意味の無いことかもしれない話だ」


「え……?」


 リガルは何が言いたいのかさっぱりわからず、困惑するばかりだ。


「普段なら、な」


「普通なら? それはどういう?」


「とある情報が入ったのさ。ってな」


「な……! それは本当ですか!?」


 アドレイアの口から放たれた言葉に、リガルは驚愕し目を大きく見開く。


 どこの国との戦支度なのかは、明言していないが、このタイミングで口にしたという事は、その攻撃対象はロドグリス王国なのだろう。


 ヘルト王国との同盟は、締結から3年が経った去年以来、すっかり切れている。


 アドレイアとしては、同盟の延長を打診された時に、どう上手くうやむやにしようかということを考えていた。


 だが、どうやらその必要はなかったようだ。


 ロドグリス王国が、いずれチャンスがあればヘルト王国に再度侵略することを考えているように、ヘルト王国もロドグリス王国に戦争を仕掛けることを考えていたのだ。


 そのため、お互いに同盟延長の話題は口にしてない。


 ただ自由貿易協定は今更破棄してもデメリットしかないので、そのままだ。


 ロドグリス王国も、これ幸いと侵略のタイミングをじっと伺っていたのだが、その前にヘルト王国の方から動き出したのである。


(なるほど、読めたぞ。ヘルト王国は俺たちの結婚の話を聞きつけたのだろう。そして、全国のロドグリス王国貴族が式に出席するため、王都に集結するのを見計らい、一気に我が国を攻撃する)


 国境を治める領主が不在では、敵が侵略してきた時に、まともに対処できない。


 もしもアドレイアたちが、この情報を知らずに、呑気に結婚式などを執り行ったりしたら、ロドグリス王国はどうなることやら。


 ヘルト王国に商人をしっかり送って、今までよりも情報収集に力を入れた成果が出たといって良いだろう。


「では、中止ですか?」


 そう言う状況なら、結婚式などやっている場合ではない。


 グレンはそう思い、アドレイアに尋ねたのだが……。


「そんな訳ないだろう。そんなことをしたら、相手の動向をこちらが察知したことを、相手に察知されてしまう」


 ややこしい言い回しだが、ヘルト王国としては、ロドグリス王国に侵略しようとしていることは極秘なので、バレてはいけない。


 もしもバレてしまったら、完全に警戒されている状態のロドグリス王国を侵略する羽目になる。


 それは流石に愚の骨頂だ。


 ヘルト王国も計画を見送るだろう。


 だから、相手に攻めて貰い、万全な状態で迎え撃とうとしているロドグリス王国としては、相手に侵略計画を中止されたら困る。


 アドレイアとしては、「こちらは何も気づいていませんよ」と思わせておきながら、こっそりと対策をしておきたいのだろう。


 狙うはカウンターだ。


「なるほど……。敢えて隙があるフリをして、相手を誘い出すということですか。して、そうなった場合、私はどうすれば良いのでしょう?」


「あぁ、それなんだが……。お前はもう結婚式になど出なくていい」


「はぁ!? い、いや、俺の結婚式なんですよね? なのに俺が出なくていいというのは、一体どういうことですか……? それでいて中止にするわけでもないんですよね?」


 アドレイアの意味不明な発言に、リガルは困惑する。


 だが……。


「どうせ式が始まる前に、敵が攻め込んでくるんだ。だったらお前がいる必要も無いだろう?」


「え、いや……。まぁ、確かにそれはそうなんですが……」


 確かにアドレイアの言う通りだ。


 最初は突拍子も無いことであるように思えたが、いざ言われてみると、確かに合理的な話である。


 戦争をするという時に、リガルと言う優秀な将を遊ばせておくなど、勿体ない。


「では、私はどこかの戦場へ行くことになるのでしょうか」


「あぁ、そうだ。もちろん秘密裏に、だがな。とはいえ、詳細は決まっていない。まだ半年もあるんだ。これからゆっくり詰めて行けばいいだろう」


「ですね」


「そういうわけだから、一応頭に入れておいてくれ。何か決定があったら、その都度お前には伝えるつもりだ」


「分かりました」


 こうして、この日の話は終わった。


 と同時に、退屈な日々が幕を閉じ、再び慌ただしい日々が始まる。


 それを、リガルは予感した。

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