第105話.難解

 ――それから、およそ半年ほどの月日が流れた。


 リガル、グレン、アルディアードの結婚式の日程や、それに伴って決行されるであろう、ヘルト王国からの侵略。


 それらへの準備が完全に済み、後は決戦のみとなった。


 結婚式を行う予定の日は、今からちょうど2週間後。


 まだ数日の猶予はあるが、あまりのんびりと構えていて、何かトラブルがあっては困る。


 早ければ早い方が良いということで、リガルは早速ヘルト王国に向かうことになった。


 もちろん、結婚式の主役であるはずのリガルが、堂々とヘルト王国内を歩いていては大事件なので、リガル自身も商人の一人に偽装して移動する。


 だが、その旅路はあまり快適なものでは無かった。


 道中の事――。


「うーん、堅苦しい服を着なくていいのは嬉しいが、この馬車は随分と乗り心地が悪いな」


 うんざりとしたような表情で、リガルはポツリと呟く。


 それを聞いていた、隣に座るレオが……。


「いやいや、これが普通ですから。それに、普通に行軍するとなったら、馬に何時間も乗り続けることになるでしょう。それよりはこの硬い椅子の方がマシってもんですよ」


「いや、それはそうなんだが、椅子が硬いだけでここまで乗り心地が悪いとは思わなくてな」


 基本的に、王族が乗る馬車と言うのは、普通の木製の椅子ではなく、ソファのような柔らかい材質で出来ている。


 しかし、今回は商人に偽装するという事で、当然使う馬車もそこら辺の商会が使うような普通のものだ。


 椅子の材質など、こだわっている訳もない。


 だが、この世界の道と言うのは、舗装されていても、綺麗に均されているとはいえない。


 だから、かなりガタガタと車内もグラつく。


 普通に座るだけなら、椅子が硬いくらいどうということはないが、ガタガタと揺れる馬車の中で座るとなると、話は別という訳だ。


「ははは……。まぁ、途中に通る都市で馬を変えて進めば、3日ちょっとしか掛かりません。ほんの少しの辛抱ですよ」


「その3日ちょっともしんどいんだがな……。まぁ、こればっかりは我慢するより他に無いか」


「ですね。それよりも、今回の戦い一連の騒動について、色々教えて下さいよ。俺、何も知らないで戦場に駆り出されようとしているんですけど……」


「おっと、それは俺への文句か?」


「い、いや、そういう訳ではありませんが……」


 何故、レオ程の重要人物が今回の戦争について、あまり知らされていないのか。


 それは、命令系統に起因している。


 基本的にこの国の――というかこの国に限らず、大体のこの世界の魔術師は、使えている国の王の物だ。


 小隊長、中隊長、大隊長、などと、色々役職はあるが、上司を辿っていけば、ロドグリス王国の場合、必ずアドレイアに行きつく。 


 ただし、レオとスナイパー部隊は例外だ。


 スナイパーについては、元々リガルが考え出した、従来のこの世界ではあり得ないような、突拍子もない兵科である。


 アドレイア自身、上手く使いこなせる自信が無かったし、いちいちリガルから教わっている暇もない。


 ということで、その扱いをリガルに一任したのだ。


 それゆえレオは、スナイパー部隊の隊長と言う、それなりに高い地位に着いているのにもかかわらず、アドレイアからなんの情報も貰っていないのである。


 情報を得るためには、リガルから聞く必要があるわけだ。


 しかし、今日と言う日まで、リガルがレオに今日からの戦争に関する話をしたことは無かった。


「まぁ、そう慌てなさんなって。元よりちゃんと伝えるつもりはあった。そうだな……。まず現在の状況について教えよう」


 そう言って、リガルは話を始めた。


 この数日、アドレイアがやったことは、大雑把に分けて3つだ。


 一つは、戦争の準備だ。


 と言っても、軍を動かしたり編成したりすれば、流石に目立ちすぎてすぐに敵にバレてしまう。


 だから、やれることはせいぜい、各地のロドグリス王国貴族に今回の計画の概要を伝え、事が起こってからの動きを命令することくらいだ。


 大したことではないのだが、アドレイア一人の仕事量としてはだいぶ多く、中々大変だ。


 二つ目は、エイザーグ王国への援軍要請。


 互いの国が攻められた時は、互いに援軍を送るという決まりなので、これは当然だ。


 しかし、一つだけ問題点がある。


 ロドグリス王国は、ヘルト王国が自国に侵略して来ていて、守りが薄くなっているところを逆に攻めることを考えている。


 だが、同盟国であるエイザーグ王国に自国の守りを任せて、自分たちは敵国を攻める、なんてことがまかり通るだろうか。


 エイザーグ王国からしてみれば、それは実質、侵略戦争に手を貸しているようなものなのだ。


 その上対価も無い。


 これでは、バレた時にエイザーグ王国が怒り出すのは目に見えている。


 とはいえ、こんな言葉もある。


 ――バレなきゃ犯罪じゃないんですよ、と。


 そう、バレなきゃいいのだ。


 そして、実際バレる可能性は低い。


 エイザーグ王国の援軍に対して、戦況に関する重要な情報を、ある程度秘匿しておけば、戦争が始まって数日の間は、ロドグリス王国がすでに逆侵攻を始めていることなど隠せる。


 数日が経ってしまえば、エイザーグ王国が違和感を感じようと、騙すことも可能だ。


 もちろん、ロドグリス王国が嘘を吐いている証拠を本気で探れば、そこそこあっさりと見つかるだろう。


 しかし、エイザーグ王国としても、ロドグリス王国と険悪になるのは避けたい。


 あからさまに過ぎたことをしない限り、黙認してくれるはずだ。


 そして、最後三つ目は、情報統制だ。


 この計画が少しでもヘルト王国に伝わったら終わりなのだ。


 細心の注意を払うのは、当然だろう。


 ちなみに、アドレイアは貴族たちに情報を伝えるにあたり、だいぶ前から裏切り物が出たりしないように、色々と動いていた。


「なるほど……。そんなことが知らないうちに行われていたんですか」


「あぁ。俺も聞いただけで、何もしていないがな」


「ははは……。殿下も内政が出来ないわけじゃないのだから、手伝えばいいのに……」


「俺は面倒事は勘弁」


「全く……。そんなんで王位を継いだ時やっていけるんですか?」


「うーん、先の事はその時考えるよ」


「はぁ……。して、殿下の役割は、敵国に潜入している魔術師たちを使って、敵国を侵略していく、という認識でよいのですよね?」


 レオは大きなため息をついて、これ以上は無意味な問答だと判断し、話題を変える。


「あぁ。まぁそんな感じだ」


 具体的にどう動くかは、リガルに一任されている。


 それくらいの実績を、これまでにリガルは積み上げてきているので、別に不思議な話でも何でもない。


「では、現地に着いたらまず何をしますか?」


「うーん、そうだなぁ……。とりあえずはまだ時間的にかなりの猶予があるし、情報伝達経路の確立からかなー。この戦い、国に留まって指揮を執る予定の父上との連携が非常に重要になると思う。だから、情報のやり取りはほんのわずかでも早い方が良い」


「なるほど。それは普段の戦いでも言えることですが、確かに今回の戦いでは、より重要になってきそうではありますね」


「あぁ。それが終わったら、ゆっくりと魔術師の配置変更とかをしていく。現状は、ヘルト王国の色んな都市に散らばってしまっているからな。とりあえずは一旦俺のところに集める」


 リガルが実行しようとしているのは、要所に大隊などを細かく配置していって、ゲリラ戦のような戦い方だ。


 そのため、魔術師がひとまとまりになっていないということは、それほど問題ではないが、配置まで適当では困る。


 現状はただヘルト王国に魔術師を送り込んだだけで、その配置は非常に適当だ。


 流石にこの状態で開戦したら、いかなリガルと言えど、まともに戦えないだろう。


 一旦は一つ所にまとめて、それから改めてばらけさせる。


 しかし、それも簡単な話ではない。


「なるほど。確かにそれはやっておきたいですが、少し危険もありませんか?」


「分かっている。一気に何人もの魔術師を動かせば、敵に何かを悟られる可能性もある。かといって、1人、2人ずつ、などとチマチマ動かしていくほどの余裕はない」


 くどいかもしれないが、ロドグリス王国としては、敵に少しの不自然な動きも見せてはいけない。


 ヘルト王国にダメージを与えるチャンスは、そう何度もないのだ。


 この期を逃したくはない。


「では、どうするのですか?」


「それは俺もまだ決めていない。だが、選択肢は2つ用意してある」


「選択肢?」


「一つは、夜間などの検問がない時間に移動する。もう一つは、先に潜伏している魔術師の居場所を完全に把握しておいて、戦争が始まるタイミングギリギリを見計らって集める」


「……ふむ。しかし、どちらもリスクがありますね……」


「そうなんだよな……」


 リガルは浮かない様子で、レオの返答に言葉を返す。


 リガルの考えた2つの選択肢に存在するリスク。


 1つ目の方は、夜に移動するので、当然だが都市の入り口である門は閉まっている。


 となると、外壁を上ったり、門を破壊したり、見張っている衛兵を殺して門を開けたりするしかないだろう。


 しかし、これらの方法はあまりに目立ちすぎる。


 バレずに遂行すいこうするのは至難のわざだ。


 もう一つの選択肢は、戦争に参加するのが遅れる可能性がある。


 敵が攻めてくる日にちなど、おおよそ分かっているだけなのだ。


 ヘルト王国が予想よりも遅く動きだしたら、こちらの動きを悟られてしまう。


 反対にヘルト王国が予想よりも早く動きだしたら、まだ準備が整っていなくて、攻撃を仕掛けられない、なんてことになる。


 この作戦を実行するなら、敵の動き出しを早い段階で把握しておかなければならない。


 すなわち、どれだけ早く敵の情報をキャッチできるか、ということがポイントになる。


 が、敵もそう簡単に情報を流出してくれる訳が無いので、1日くらいの遅れは覚悟しなければならないだろう。


「難しいところですねぇ……」


「まぁ、先延ばしにし過ぎるのも良くないかもしれないが、逆に適当に決めて良いことでもない。もう少しだけじっくり考えるとする。そうだな……。3日後には結論を出すよ」


 そう言って、リガルは少し難しそうな顔をする。


「まぁ、俺は殿下を信じてますよ。どんなことが起ころうとも、最終的には最高の結果で終わらせてくれるってね」


「過大評価は勘弁してくれ……」


 どうやら、ヘルト王国との二度目の戦いは、戦争自体よりもその前段階の方が大変になりそうだ。

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