第89話.予想外
――一方、リガルたちがフランドルに到着した日から
ヘルト王国の王都にも、ロドグリス王国が兵を挙げ、それをヘルト王国の国境に向けて動かしているという情報がもたらされた。
これを受け、国王であったヴァラス・ヘルトが亡くなったヘルト王国の王都では、阿鼻叫喚の嵐が巻き起こって……。
――いなかった。
一体なぜか。
その理由は、
ヴァラスは2年ほど前、ロドグリスがアルザートと同盟を結んだという話を耳にした。
この同盟は、非常に不自然である。
アルザートはロドグリスにとって格下の国。
しかも近年2度も矛を交えているのだ。
だというのに同盟を結んだということは、何か急を要する理由があるのだろうと推測できる。
そして思い出すのが、2年前の戦いで自身が同盟を破り、ロドグリスに侵攻したことだ。
ロドグリスが同盟の条文を無視したから、という大義名分(というには苦しいけど)があるとはいえ、相手を怒らせたことくらいは容易に想像できる。
そこから、ヴァラスはロドグリスがアルザートと同盟を結んだ理由は、ヘルトに侵攻するためではないだろうかと見抜いた。
アドレイアはヘルトに侵攻する考えを隠したつもりでいたが、老練な王であるヴァラスにはあっさりと見抜かれていたのである。
となればヴァラスも、可愛い自らの子供や孫のために、残り短い命を燃やし、ロドグリスに対する布石を打とうとする。
その、ヴァラスが実際に打った布石というのが、王位継承者の決定である。
ヴァラスは、こっそりと遺書を書いておき、死ぬ間際にそれを側近に渡し、そこに書かれた内容を国内の貴族に広めるように言った。
これにより、王位継承者を、第一王子フレグリア・ヘルトにするか、第一王子の嫡男ランドリア・ヘルトにするかで真っ二つに分裂しかけていたヘルト王国は、完全に一枚岩になった。
ヴァラスが苦渋の決断の末に、自らの後継者に選択したのは、ランドリア・ヘルト。
自らの息子ではなく、若く健康な、これからのヘルトの未来を支えていくことが出来るランドリアに、国を託したのである。
もちろん、普通はこんなことをすれば、選ばれなかったフレグリアの派閥に属していた貴族たちは、不満の声を上げる。
それを理解していたからこそ、ヴァラスはギリギリになるまで王位継承者の選択をすることを迷っていた。
だが、今回フレグリアの派閥に属している貴族からの反発は少なかった。
何故か。
それは、ロドグリス王国が不穏な動きを見せているという情報があったからに他ならない。
敵が自国に攻め込んでくることが予測できているのに、得ることが確定している訳でもない権力に執着して、内戦を起こそうと考えるほど、フレグリア派に属していた貴族はバカでは無かった。
最も、多少はバカもいたが、そんな少数ではランドリア派や、バカじゃないフレグリア派には対抗できない。
そのため皮肉なことに、ロドグリス王国の侵攻によって、ヘルト王国は内乱を回避し、ランドリア・ヘルトを頂点に、一枚岩の国家となることに成功したのである。
めでたしめでたし。
まぁ、ヘルト王国のゴタゴタに付け込もうとしたロドグリスにとっては、悪夢のような事態だが。
なんなら、未だにロドグリス王国は、ヘルト王国が王位継承問題に困っていると思い込んでいるのだが。
かくして、ヘルト王国はロドグリスが兵を動かしたという情報を掴み、早速軍を編成した。
その数、15000。
ロドグリス王国の動員数の、実に2.5倍である。
もうロドグリス王国にとっては悪夢としか言いようがない。
もちろん可哀想なことに、ロドグリス王国の人間は、誰一人として未だこれを知らない。
こうして、ヘルト王国は圧倒的有利を築いた上で、その日の夜――つまりリガルたちがフランドルに辿り着いた日の前日の夜。
ヘルト王の居城であるファーバリア宮殿では、王であるランドリアとヘルト王国の全将軍6人が集まり軍議を行っていた。
「情報では、予想される敵の動員兵力は5000ほど。しかも、その少ない兵力を分けようとしているようだ。現在、奴らは我が国との国境付近にある、フランドルの3つの都市に兵を集めているようだ。それを踏まえてお前たちの考えを聞きたい」
初めに、ランドリアは集めた情報をそのまま将軍に伝える。
ロドグリス王国が、実際に揃えた兵数は6000。
1000の誤差は決して少なくはないが、15000のヘルト軍からしてみれば大差ないので問題は無いと言えるだろう。
「ふむ、3つに兵を分ける、ですか……。それはもしかすると、40年前と同じかもしれませぬな」
6人の将軍の中で、初めに発言したのは、ヘルト王国が誇る英雄ヴィクト・ベルナールであった。
彼は御年60歳であり、生きていた場合の先代ヘルト国王ヴァラスと同じ年齢である。
だというのに、まだまだ健康そのものな肉体をしていて、未だに現役の将軍を続けている。
ヘルト王国最年長の将軍である。
昔は自ら戦場の最前線に立って戦うような猛将だったのだが、今はいくら健康と言えども、流石に自ら前線で杖を振るうことが出来るほどではない。
しかし、戦闘能力は加齢とともに衰えたが、反対に指揮能力や作戦立案に関しては、長い戦場での経験から成長を見せ、間違いなく歴史に名を遺す名将と言えるであろう能力を誇っている。
「40年前?」
「えぇ。40年前、先々代王の時代にも、同じように兵を3つに分けてきたことがありましてな。あの時は兵力の分散など愚かだと思い、ロドグリス王自ら率いていた軍勢を大軍を持って攻撃したのですが、これが中々倒せず、こちらは甚大な被害を受けてしまいましたわい。もっとも、最終的にはロドグリス王を討ち取ることに成功したのですが」
ヴィクト将軍は、当時20歳ながら100人の部隊をまとめる隊長の地位に着いており、40年前の戦争にも参加していた。
だから、当時のことはよく覚えていたのだ。
「確かに、その話は父上から聞いたことがあるな。つまりお前は、敵が俺たちにロドグリス王を討つように誘っていると言いたいわけだな?」
「さようにございます」
ヴィクト将軍の話を聞き、自分の理解が正しいかを訪ねるランドリア。
それに対し、慇懃な礼をしながら肯定する。
「しかし、40年前の時の方が敵の兵力は多かったのだろう? その上で討ち取れた。敵の兵力が少ない今回はもっと簡単にロドグリス王を討ち取ることが出来るのではないか?」
だがランドリアには、ヴィクト将軍がここまで警戒する理由が分からないようだ。
確かに、ランドリアの言うことは最もに思える。
兵力的に40年前よりも有利なら、前回できたことはもっと楽にできるはず……と、理屈ではそうなる。
「いえ――」
それに対し、ヴィクト将軍はそれに対して声を上げようとするが……。
「いや、それはどうですかね? 兵の数は40年前よりも勝っていても、魔術師の質の差に関しては、40年前以上に開きがあると思いますよ?」
「ど、どういうことだ? ポール」
ヴィクト将軍の言葉を遮り、そう言ったのは、ポール・ロベールという青年だった。
彼の年齢は23歳。
彼は最年長のヴィクト将軍とは真逆で、このメンバーの中で最年少の将軍だ。
いや、このメンバーの中と言わず、歴代ヘルト王国の将軍の中で、最年少就任の記録を持っている。
最年少で、将軍などという要職に就くだけあって、その能力ももちろん並外れたレベルだ。
もしかすると、歴代で最強の将軍に成長するかもしれない、などと言われているほどだ。
ただ……。
「ほら、ロドグリス王国は数年前から特殊な戦術を使用しているじゃないですか。あの3人組を組んで戦うやつ……。あれにより、40年前とは比べ物にならないくらいにロドグリス軍は強くなっていますからねぇ……。40年前を基準に考えるのは少し危険かもしれませんよ?」
能力が高い代わりに、かなり口調が馴れ馴れしい。
王の御前でこんなことを言う将軍はかつてないだろう。
ランドリアが若干小心者で、多少の無礼は咎めないのが幸いなところだが。
ポール将軍は、どこかエイザーグの王子アルディアードに似ているかもしれない。
しかし、言っている内容は最もである。
ランドリアもそれを聞いて思案顔になり……。
「ふむ……確かにそれはそうだな。安易に敵の誘いには乗らない方が良いか」
「えぇ、こっちは兵力で勝っているのです。ここは焦らず冷静に、こちらも兵を分けて対応するべきでしょう。全ての戦場に5000ずつ送っておけば、どんな異例の事態が起こっても、そうすぐに各個撃破されることはないでしょう」
これも、ポール将軍の言うとおりである。
ヘルト王国は、ロドグリス王国の動員兵力を5000だと思っている。
ならば、仮にロドグリス王国に完璧に欺かれて、3つに分けたすべての軍に合流されても、兵力は同数。
ロドグリス王国の方が兵の質が高いとしても、そうすぐにはやられない。
他の部隊が増援としてやってくるまでの、時間稼ぎくらいは問題なく出来るはずだ。
ロドグリス王国の兵力は実際には6000だが、それでも時間稼ぎには問題ないということに変わりはない。
「よし、それでは兵を分ける方向性で考えよう。じゃあ、行軍ルートや軍の編成といった、細かいところを詰めていくとするか」
これまでの話し合いを経て、王であるランドリアが最終的な決断を下す。
こうして、リガルたちの知り得ぬところで、ロドグリス王国が描いている構想は完全に破壊されていたのであった。
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