第88話.ブレンハイム防衛線
――2日後。
リガル達が無事にフランドルに辿り着くと、既にアドレイアから、兵を連れてフランドルに集まるように命令を受けた、ほとんどの貴族が集結していた。
そのため、フランドルに辿り着いても、貴族たちの挨拶攻勢によりしばらく部屋で旅の疲れを癒すことも出来なかった。
まだ集まってきていないのは、フランドルと距離が離れている東部の領土を治めている者だけである。
しかしそれも、あと1日ほども待てば完全に揃うだろう。
それまでの時間有効に使おうと、少しだけ部屋で休んだリガルは、レオと今回の戦いの作戦について話し合っていた。
「ヘルト王国は、我が国との国境線付近に、ブレンハイム防衛線という大規模な防衛線を敷いている。俺たちが担当するのはその北東部分。ここは標高が高い山のようになっていて、都市と言うより、地形そのものが要塞のように強固だ。まずはここを突破しないと話が始まらない」
机に広げられた地図を眺めながらレオにリガルは言う。
――ブレンハイム防衛線。
それは、ロドグリスとヘルトの仲が最も悪かったと言っても過言ではない、今から40年ほど前に、先々代ヘルト国王が作らせた、ロドグリス王国との国境に敷かれた大規模な防衛線である。
40年ほど前、先々代ヘルト国王は、熾烈な戦いの中、先々代のロドグリス王を討つことに成功し、そのままの勢いでロドグリス王国の中心部へと侵攻した。
しかし、その途中で北方の騎馬民族に侵攻され、ロドグリス王国への攻勢を断念することになる。
だが、先々代ヘルト国王は、ロドグリス王国を亡ぼすことは叶わずとも、せめて今後ロドグリス王国との戦いが起こった時に有利に事を運べるようにと、ロドグリスが王位継承でゴタゴタしているうちに、ブレンハイム防衛線を構築したのである。
ちなみに、北で戦争しているのに、南で防衛線の構築なんてやってる余裕があるのかと疑問に思うかもしれないが、それは地球の話である。
地球における兵というのは、無理矢理駆り出されたただの成人男性。
そして、防衛線の構築をするのも、無理矢理駆り出されたただの成人男性。
対して、この世界の兵は戦いが本職である、魔術師。
そして、防衛線を構築するのは、無理矢理駆り出されたただの成人男性。
つまり地球では、戦争も、防衛線の構築と言った建築(土木作業)も、どちらも無理矢理駆り出されたただの成人男性が行う。
それに対してこの世界では、行う人間がそれぞれ完全に分かれている。
だから、戦争も防衛線の構築も、同時に行えるのである。
「そうですね……。この強力な防衛線を構成する都市の内、どこかを落とす必要性がありますが……」
「あぁ、どこを選ぶか。今のところ敵はまだ動きを見せていないが、そろそろヘルトにもこちらの動向が伝わっている頃合いだろう。前線の敵兵の動きを見てから作戦を立てるべきか……」
「しかし、それでは今回の作戦の肝である速度が疎かになってしまいますからね……。多少作戦負けしたとしても、先手先手で攻めていきたいと思うのですが……」
「そうなんだよなぁ……」
作戦の立案は難航していた。
そもそも、ブレンハイム防衛線は、普通に突破する事すら難しいのだ。
40年前の戦争以来、ロドグリス王国はヘルト王国とまともな戦争を行っていない。
その理由のほどんとが、このブレンハイム防衛線にある。
だというのに、今回は早く突破しなければならないという制約まで追加されている。
最初は「やってやろう」などと、ポジティブに考えていたリガルも、下調べをして、考えれば考えるほどにその難しさを次第に理解していった。
「とりあえず、まともに攻めたくはない。……というより、まともに攻めていたらとてもじゃないが速度的な条件をクリアできない」
「そうですよねぇ。うーん……じゃあ、夜のうちにこっそりブレンハイム防衛線の内側へ移動するとか。夜にこっそり森とかを移動すれば、バレないんじゃないですか?」
リガルも言葉に、少し考えるような仕草を見せたレオは、すぐにそんな提案をする。
だが……。
「いやいや、確かに夜なら行軍中にその動きを補足されることは無いだろう。ただ、夜寝る前はブレンハイム防衛線の向こう側にいた俺たちが、朝起きたらどっか行っちゃいましたなんてことになれば、何をされたかは大体想像がつくだろう。そうなれば、他の都市などと連携して包囲されてしまうぞ?」
そう、単にブレンハイム防衛線の向こう側に行くだけではだめなのだ。
都市を落とす理由は、包囲されないようにするためというのと、退路を用意するため。
「確かに……。そうなると、少なくとも都市を落とすのは確定事項ですか……」
「まぁ、そうだなぁ……。あ、いや、そうでもないな……」
リガルはレオの言葉を肯定しかけるが、そこでふと閃いたように呟く。
「え? いきなりどうしたんですか?」
「いや、お前の作戦もアリだなと思って」
「はぁ!? さっき否定しといて、突然それを
「いやいや、確かにお前の作戦をそのまま使うってのはダメなんだけどな。でも、ブレンハイム防衛線を潜り抜けた後も、その動きがバレなければいいんじゃないかと思ってな」
「い、いや、そりゃあそうですけど……そんなの実現しようがないでしょう」
リガル達がブレンハイム防衛線を抜けたことを敵に知られなければ、包囲も何も無い。
と、理屈ではそうなる。
しかし、ブレンハイム防衛線を突破することと、ブレンハイム防衛線の手前側にいなければならないことを両立するのは、矛盾するため不可能である。
――ように思えるのだが……。
「そうでもない。ブレンハイム防衛線は突破したい。けど、手前にいないと敵にバレて包囲されてしまう。だったら、半分は都市を攻めて、もう半分は夜のうちにブレンハイム防衛線を突破すればいい」
「な、なる……ほど……? うーん、いやでも……」
レオは一瞬納得しそうになるが、やはりそれでも懐疑的だ。
「けど、兵を半分にしたらどちらも中途半端になって、都市攻めも上手くいかないどころか、逆に相手に攻勢に出られて殲滅されてしまうのでは? 数も半分にもなれば、相手にもバレそうですし」
レオが軽く考えただけでも、問題点がぽろぽろで出てくる。
しかしリガルは……。
「それは大丈夫だ。ブレンハイム防衛線を突破する方の兵は俺が率いるし、都市攻めの方は軍旗を大量に立てて、実際の兵力よりも多く見せればいいだろう」
軍旗を立てて兵力を多く見せかける作戦は、地球でもかなり使われた手段である。
「なるほど……。そんな手が……。しかし、ブラフのためだけに兵力の半分を使うのは勿体ないように思うのですが……」
「それも大丈夫。ブレンハイム防衛線を突破した後、散々暴れてから都市攻めの兵と合流するつもりだ。そしてそれを成すための策は考えてある」
「え、そんなことが!?」
「あぁ、と言ってもこれは非常にシンプルだ。2つの軍の間で常に情報を素早くやりとり出来るように、早馬の伝達リレーを利用した情報ルートを構築しておけばいい」
これも、リガルが思いついた策という訳ではなく、地球で実際に行われていた情報の伝達法である。
例を挙げると、日本人なら誰もが知っている武将であろう豊臣秀吉が、織田信長に仕えていた時代によく使っていた。
まぁこれには、信長は状況によって方針をコロコロと変えることなども少なくなかったため、その情報を素早くキャッチしなきゃいけないという理由があったりするのだが。
「それは面白いですね! てか殿下はなんでそんな革新的な発想がポンポン出てくるんですか?」
「え、いや、たまたまだよ、たまたま」
もちろん、レオの反応から分かるように、今リガルが言ったこれらの策は、この世界では使われていない。
いや、正確には、使われているかもしれないが、広まってはいない。
だが、まさか「俺は異世界の人間の記憶を持っているので、異世界の先人の発想を使ったんだ」などと正直に言うことも出来ない。
結局リガルは誤魔化すしかなかった。
たまたまで誤魔化すのはだいぶ無理がある気もするが、レオも目上の人間であるリガル相手に追及するのは
「さて、ブレンハイム防衛線を超える方法は思いついた。だが、それが最終目的ではない」
「えぇ、大切なのはヘルト王国に決定的な損害を与えること。その損害をどうやって与えるかこそが、最終目的、ですね?」
「あぁ、そうだ」
ブレンハイム防衛線を超えるというのは、目的を達するまでの過程に過ぎない。
「できれば王都を一気に狙いたいところだが……」
「うーん、それは厳しいでしょうね」
「だよなぁ」
ヘルト王国は国土自体も非常に広い。
そのため、国の端から中心部にある王都までは、かなり距離が離れていて、移動だけでも骨が折れる。
となると王都攻略は時間がかかりすぎる。
移動ばかりは、策ではどうにも短縮しようがないので、流石のリガルと言えども王都攻略は断念せざるを得ないだろう。
「となると、やはり他の有力貴族が治める大規模都市を落とすことになりますか」
「うーん、だが王都以外の都市を落としたところで、そこまで大きな損害になるかどうか。結局それでは兵力は大して削れていないからな」
「そうなんですよねぇ。やはり時間的な猶予が無いことがどうしてもネックになってきますねぇ」
「あぁ。その上こっちは兵力も敵より少ないし、地の利は向こうにある。有利な点と言ったら、敵が混乱していて戦力が纏まっていないことくらいだ」
リガル達がブレンハイム防衛線を突破することに成功した場合、内線作戦という状態になる。
敵同士の都市同士の連携はそこまで取れている訳では無いから、各個撃破を狙うのがこういう時は定石だ。
「都市攻めをすると、落とせる落とせない以前に、時間がかかりすぎる。ここは敵を上手く外におびき出して叩く。狙うのは各個撃破で敵戦力を削る。それでも全く時間がかからないって訳じゃないが、そこは父上を信じるしかない」
アドレイアが自らこの作戦を提示したのだ。
1週間くらいは余裕で持ってもらわないと困る、とリガルは心の中で思った。
「まぁ、そうですね。ある程度は割り切るのも大切かもしれません。時間に囚われ過ぎて、中途半端な作戦をとっても仕方ない。ここは我らが『竜王』を信じましょう」
「あぁ」
こうして、リガルの中で作戦は決まった。
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