第7章.第一次ヘルト戦争編

第87話.激闘の予感

 ――それから、2年の月日が流れた。


 アルザートの訪問からリガルたちが帰ってきた後、ロドグリス王国は早速ヘルト王国との戦いに向けて準備を始めた。


 といっても、戦支度いくさじたくではない。


 準備と言うのは外交である。


 具体的には、ヘルト王国とヘルト貴族の離間工作や、アスティリア帝国の属国であるシュバムと王国仲良くなろうとしてみたり、といったところだ。


 シュバム王国は、自治が約束されているとはいえ、帝国の属国。


 そのため、同盟や条約を取り付けることは出来ないが、商売などは自由にできる。


 そこでアドレイアは、シュバム王国の商人たちを怪しくない程度に優遇したのだ。


 これに一体何の意味があるのかと言うと、帝国の介入を防ぐことが出来る可能性が高まる。


 帝国とロドグリス王国は、実質国境を接している。


 ただ、実質と断っていることから分かるように、実際は国境を接しているとは言えない。


 属国のシュバム王国は、帝国領だと考えても差し支えないため実質国境を接していると言ったのだ。


 ということは、だ。


 帝国がロドグリス王国に攻め込むためには、エイザーグかシュバム王国を通る必要性があるのだ。


 エイザーグを通った場合は、もちろんエイザーグによる妨害が入るので、帝国が採る選択は一つ。


 シュバム王国を通る。


 そんな時、シュバム王国がロドグリスと戦いたくないと思うような関係にあったら、どうなるか。


 別に、反乱が起こったりと、そんな大事になることはあり得ないだろう。


 シュバム王国はこれまで帝国の庇護下で、ある程度不満なく生存することが出来ている。


 ロドグリスが商売相手として、如何に素晴らしくても、帝国を怒らせてまでロドグリスとの関係を保つようなバカな真似は誰もしないだろう。


 それでも、厭戦えんせん気分が広がるくらいは期待できる。


 そうなれば、補給を担うシュバム王国の働きは少しくらい落ち、多少は帝国の進軍が遅くなるのではないだろうか。


 ロドグリスとしては、帝国への対応の時間が少し伸びるだけでもありがたい。


 この政策は十分に価値がある。


 ヘルト王国とヘルト貴族の離間工作の方は、言うまでもないだろう。


 そう簡単に寝返ってくれることは期待出来ないが、ヘルト王国との戦いを優位に進めれば、寝返ってくれるかもしれない。


 それくらいの関係にできれば十分だ。


 馬鹿正直にヴァラス・ヘルトが王である現在に、ヘルト王国に攻め込むなど愚の骨頂。


 経験が浅い新王に変わったところで攻め込む。


 そうでもしなければ、国力で劣るロドグリスがヘルトに張り合える訳がない。


 だが、ついに時は来た。


 2年の時を経て、つい先日ヴァラスが体調を崩して寝込んだという報告が入ったのだ。


 そして、容体は良くなることは無く、急速に衰えていき、そのまま亡くなったとか。


 人の死を喜ぶというのは、リガルの価値観では未だに不謹慎に思ってしまうが、それでもようやくこの時が来たかと思ってしまった。


 これからアドレイアはどんな方針を取るのか。


 それを少し他人事のような気持ちで見守っていたリガルであったが、そこからのアドレイアの動きは非常に迅速なものであった。


 アドレイアはまず、この時を待ってましたとばかりに、各地の貴族に兵をヘルト王国との国境付近の都市に送るように通達した。


 敵に同行を悟られないように、などということは全く考えず、とにかく早さを重視だ。


 貴族たちも、この戦争が重要かつ非常に儲かる可能性が高いことはよく分かっているため、兵を出し渋ったりすることはなく、その総数は6000にも上った。


 一応、シュバム王国との国境付近の貴族には兵の要請はしていない。


 とはいえ、6000と言うのは大軍ではあるが、ヘルト王国の全軍には遠く及ばない。


 そこで、アドレイアが狙うのは電光石火。


 まともな軍を組織させる余裕を作らせないようにして、敵が泡を食っているところを片っ端から潰していくのがアドレイアの理想だ。


 そして、兵を動かしただけでは戦争は出来ないので、アドレイアはすぐに軍議を開いた。


 どうやって攻めるか。


 どうすればヘルト王国に大打撃を与えることが出来るか。


 そこを考えずには始まらない。


 リガルもその軍議には出席したのだが、何とそこでアドレイアは開口一番大変な発言をする。


「今回の戦い、兵を3つに分けようと思う。一つは私が。そしてもう一つはハイネス将軍に。そしてもう一つは……リガル、お前に任せる」


 何と、リガルはこのロドグリス王国の未来が懸かった戦争で、将軍クラスの指揮官としての役割を与えられてしまったのだ。


「わ、私が……ですか……」


 もちろんリガルも多少は仕事をすることになるだろうとは予測していたが、まさかここまで重要な任を与えられるとは思わなかったため、かなり動揺している。


「あぁ。お前の指揮能力はまだ未知数なところがあるが、戦術に関しては間違いなく一級品だ。今回の大作戦の一翼を担う人材として相応しい。この戦いで、この前のアルザート侵略の失敗を払拭してくれ」


「か、かしこまりました」


 こうまで言われては、リガルも辞退するなどと言うわけには行かない。


 内心、困ったことになったと冷や汗をかきながらも、リガルはそう言って頭を下げるしかなかった。


 と、こんなやりとりがあり、リガルは今回のヘルト侵略の指揮官の1人にされてしまったのである。






 ーーーーーーーーーー






 ――その翌日の早朝。


 リガルは早速王都を発った。


 正直リガルは、いくら何でも急すぎではないかと思ったが、この作戦にとにかく早さが必要であることはよく分かっている。


 だから、まだ心の準備が、などと不満は色々あったものの、命令された通りに王都に駐在している三個大隊プラスとスナイパー部隊を率いて、ヘルト王国との国境線付近にある都市の一つである、フランドルへと向かった。


 率いている兵力が少ないのは、貴族が出した魔術師は、フランドルで現地集合することになっているためである。


「にしても殿下、今回の戦争には腑に落ちないところが一つあるんですけど」


「腑に落ちないところ?」


「はい。何故兵力を3つに分けたのかということですよ。しかも、互いに数日では行き来できないような距離を取って攻める予定だとか。どう考えても各個撃破され、良いことが無いように思えますが」


 フランドルへ向かう道中、リガルはずっとレオと共にこの戦争の展望について語っていた。


 考察したい、というのもあるだろうが、行軍中というのは本当にやることが無いため、それ以上に退屈なのである。


「あー、俺も最初はそう思ったね。けど、俺が思うに兵を分ける理由は2つあると思う」


 リガルの話す理由の一つは、機動力を生かせなくなるから。


 軍と言うのは、基本的に動員する兵力が多ければ多いほど、その動きは鈍重になる。


 だが、この作戦において重要になるのは速度。


 そこでリガルは、アドレイアが速度を重視し、各個撃破のリスクは受け入れることにしたのではないかと考えたのだ。


 理由のもう一つは、敢えて相手に各個撃破を狙わせること。


 だが、それを聞いたレオは怪訝そうな顔を浮かべ……。


「各個撃破を狙わせる……? 流石に意味が分かりませんよ」


「いや、これは確かに効果的だぞ? 相手が各個撃破を狙った場合、当然他の戦場は手薄になるだろう? そうすれば他の軍は好き勝手暴れることが出来る訳さ」


 例えば、敵がアドレイア率いる軍を各個撃破しようと考えたとする。


 そうなれば、ハイネス将軍やリガルが担当する戦線には敵はあまり兵を回すことが出来ず、簡単に突破することが出来る。


 とはいえ……。


「けど、そんなこと言ったって、敵は間違いなく王であるアドレイア陛下が率いる軍を狙ってくるでしょう。そして、そのまま討ち取られてしまったら、この国は崩壊するレベルの大打撃を受けますよ!」


 そう、これは使えば勝てるような必殺技級の策ではない。


 成功した時のリターンと同じだけのリスクを抱えている。


 言うなればこれは、敵がアドレイアを討ち取るのが先か、リガルかハイネス将軍のどちらかが敵に大損害を与えるのが先かという競争である。


 だが、それを承知で敢行したということは……。


「自身が討ち取られることなどあり得ないという、父上の絶対的な自信と、俺とハイネス将軍への信頼だな。これは中々のプレッシャーだな」


 リガルはプレッシャーに強くない。


 前回の戦争の時は、最初は間違いなく勝てる戦争だと思っていたし、重要性もそこまで高い戦争でも無かったため、ロドグリスの指揮官として出陣したとはいえ、大したプレッシャーはなかった。


 ピンチに陥った時も、逆に必死になったことでプレッシャーを感じている余裕が無かった。


 だが、今回は違う。


 戦う前から自らの双肩に乗っているものの重みを理解している状態で望まなくてはならない。


 そのため、リガルはかつてない緊張感を味わっていた。


 こうして、後世にまで語り継がれる伝説となる、ヘルト侵略戦争の、幕が切って落とされたのである。

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