第86話.帰国

 ――2週間後。


 そんなこんなでアルザートでの日々は過ぎ、最初は不安に思っていたリガルたちもすっかりアルザートの生活に慣れてきた頃。


 十分に交流は出来たし、今はアルザート王国も王位を継承したばかりでゴタゴタしていて、長居は迷惑になるだろうということで、リガルはグレンを除き帰国しようと考えた。


 グレンの方も、王族らしい振る舞いはついぞ出来なかった様だが、アルザートの現第一王子である、ワーゲン・アルザートは寛大な好青年だったようで、上手くやっていけそうである。


 実際リガルも、グレンとワーゲンがまるで兄弟のように仲良くしているのを見ている。


 それらのことがあるため、リガルも安心して帰る決断が出来たのである。


 とはいえ、じゃあ帰りたいから帰ろう、とはならない。


 何故なら、アルディアードと護衛や従者愉快な仲間たちなども、このアルザート訪問には同行しているからだ。


 アルディアードの許可を取らずに帰っては流石に大問題だ。


 そこで、リガルはアルディアードと話をするべく部屋まで訪れた。


 数度扉をノック――というよりは、雑にドカドカと軽く殴るように叩く。


「おーい、アルディアード。俺だ。リガルだ。ちょっと話があるから入れてくれ」


 すると内側から部屋の扉が開き……。


「どうぞ、殿下はこちらです」


 中にいたメイドがリガルにそう言って、部屋の中に通す。


「あ、はい」


 アルディアードは、普段から従者を連れずに一人で自由に行動しているため、部屋にいる時も当然メイドを控えさせていることなど無いと思っていたリガル。


 しかし、部屋にやってきたらメイドがいたため、思わずリガルは驚いてしまう。


 びっくりしたせいで、何故か敬語で返事をしてしまった。


「おぉ、リガルじゃねぇか。お前が俺を訪ねてくるなんて珍しいな。どうした?」


 しかし、普段と違いメイドが一緒にいようが、アルディアードの軽いノリに変化はなかった。


「いやほら、そろそろアルザートに来て2週間くらいが経つだろ? もうやることも無いし、いい加減本国に帰ろうと思ってさ。お前の許可を取りに来たって訳だ」


「あぁー。もうそんなに経つのか。確かにそろそろ帰ってもいいな。んじゃ帰るか」


「おい……。適当だな」


 ジト目でアルディアードを見るリガル。


 相変わらず本当に物を考えて喋っているのか、分からない男だ。


 そう言われてアルディアードは、ちょうど今先程のメイドが淹れてくれた紅茶を口に含む。


 そして、そのメイドが部屋から出て行ったのを見計らって……。


「適当って言われてもね……。こっちとしてはアルザートと同盟を組むメリットがあんまり無いんだよ。俺たちは正直なところ帝国と仲良くなって、アルザートとは戦いたいところだからな」


「おいおい何だ? 柄にもなく牽制でもしてるのか?」


 アルディアードの言いたいこと(エイザーグの言い分をアルディアードが代弁しているだけだが)は、言葉の裏を読むと、要するに「こっちは譲歩してやっているんだぞ」ということ。


 強大な力を持つ帝国と、未だ自分たちよりも小さな国であるアルザート。


 この2国のどちらと仲良くしたいかなど、子供でも分かるような単純なことだ。


 帝国とアルザートは同盟関係にあるとはいえ、エイザーグも帝国と同盟を結べば、エイザーグがアルザートと戦争を起こした時、帝国は中立を保ってくれるはずだ。


 少なくとも仲介したりはしないと思う。


 帝国はアルザートが滅ぶことは望んでいないだろうが、その勢力を多少落とすくらいなら歓迎しているだろうからだ。


 それはリガルも分かっているのだが、このタイミングでそんなことを言う意味が分からない。


 普段は絶対にこんなことを言いださないアルディアードに、リガルはかつてない警戒の色を見せる。


「いや、別にそういう訳では無いよ。それに関しては、俺たちがアルザート侵略にさそったことの責任と相殺することで決着がついてるだろ? だから俺が言いたいのは言葉の意味そのままで、俺たちはアルザートとの関係にあんまり興味が無いってこと」


「何だよ……。少しビビって損したぜ」


 深読みしすぎたリガルは、少し安堵したように息を吐く。


 今回の同盟に、思った以上にエイザーグは消極的なのかと思ったが、そんなことは無かったようだ。


「ま、いて不満を言うなら、戦争が一層やりづらくなったことだな。アルザートとの戦争なら、父上も強気になるだろうが、帝国相手では仮に戦争になっても及び腰になってしまう。だから俺が戦えない!」


 そして、相変わらずの戦闘狂発言。


 リガルは呆れたような眼をして……。


「まーた下らないことを……。まぁいい。とにかく帰ってもいいんだな?」


「あぁ」


 そういうことなら、もう要は済んだとばかりに最終確認をする。


 そして、アルディアードが頷くと、リガルは立ち上がり……。


「んじゃ、邪魔したな。明日には帰るように、お前も準備をしておいてくれ。エレイア陛下には俺から伝えておく」


「了解」


 そして、リガルは残っていた紅茶を飲み干すと、アルディアードの部屋を後にした。






 ーーーーーーーーーー






 次にリガルが向かったのは、グレンの部屋。


 グレンはアルディアードと違い、他国の人間でも無い上、何よりこの国に残るので、帰ることを伝える必要は別にない。


 だが、いつの間にか知らないうちにリガルたちはロドグリスに帰っていましたでは、あまりに可哀想だという事で、リガルはグレンにも帰国の旨を伝えに来たのである。


 来たのであるが……。


「申し訳ございません。殿下は現在、アルザート王国の魔術師の軍事演習を見に行っておられまして……」


 部屋の扉の前に立っていた、ロドグリス王国のメイドに、そう言われるリガル。


 どうやら中にグレンはいないらしい。


 まぁ、帰るのは明日の朝だ。


 別に今すぐでなければいけない理由はない。


 とはいえ……。


(自然と顔を合わせる機会も特にないし、こういうのは後回しにすると面倒だからなぁ。後で行ったらまた部屋にいなかったとかになったら最悪だし……。うーん……)


 十数秒の時間を掛けて、結局リガルは……。


「そうか。ありがとう」


 教えてくれたメイドにそう言うと、軍事演習場へと向かった。


 わざわざ演習場まで行くのも面倒だが、それ以上に後回しにすることを嫌ったのだ。


 面倒くさがりで、その場しのぎの選択を普段から選んだりすることが多いリガルであるが、丁度やることも無いし、重い腰を上げてグレンの元に向かう選択をした。


 演習場は城の外にある。


 日本などでは、民家が無いだだっ広い平原のような場所に設けられることが多いが、この世界には兵器など無いため、そんな広さは不必要だ。


 そのため、せいぜい学校の校庭くらいの広さしかなく、場所も王都の中に作られている。


 城を出てすぐにたどり着ける場所だ。


 だが、リガルは城を出る一歩手前でとあることを思いだした。


(そうだ。そういえば外に出るとなると、流石に護衛を連れて行かないといけないよな。正直面倒だし、そんな時間がかかる用事でもないから、護衛なんて連れて行きたくないんだけど……)


 内緒でどっか行ってしまうか、とも思ったリガルであるが、バレたらアドレイアにも伝わってしまう。


 それで説教されても大変だし、レオでも連れて行こうと、リガルは元来た道を戻り、レオのいる部屋に向かう。


 まぁ、正直なところ、スナイパーとしては最強のレオであるが、普通の魔術師としては最弱レベルなので、護衛としてしっかり機能してくれるかは微妙なところだが。


 むしろ、レオに護衛として守ってもらうくらいならリガル自ら戦った方が良いとすら言える。


 リガルは、戦闘狂のアルディアードをタイマンで倒すほどの魔術戦闘の実力があるのだから。


 とはいえ、重要なのは護衛を付けたという体裁なので、問題ない。


 レオはグレンと違ってしっかり部屋にいた。


 帰国の旨を話して、着いてきてもらう。


「いやぁ、にしても、もう帰国ですか。長いようで随分と短かったような気もしますねぇ」


「そうか? 俺は最初の1日目はちょっとワクワクしたけど、2日目からは早く帰りたくなったよ。修学旅行的な感じだな」


「修学旅行?」


「あ、いやなんでも」


 レオの言葉に、リガルはつい何も考えずに返答してしまい、修学旅行などと言うこの世界では通用しない言葉を使ってしまい、慌てて誤魔化す。


 レオは不思議そうな顔をしていたが、別に追及したりすることは無かった。


「そういえばさ、帰国の話、お前から他の護衛とかに伝えておいてくれない? ついでに悪いけどエイザーグの人たちにも頼む。アルディアードに任せると不安だからさ」


「そ、それは全然構わないのですが、アルディアード殿下の事を悪く言い過ぎでは?」


「いやいや、お前はあいつのダメ具合を知らなすぎる。あいつは平気で、忘れてたとか言いかねないぞ」


「そ、そうですかね……」


 こうして、これ以降も他愛のない会話を繰り広げながら、レオを加えたリガルは今度こそグレンのいる演習場に向かった。


 ちなみに、この後は演習場に行ったら、無事グレンに出会うことが出来て、話は出来た。


 出来たのだが、何故かグレンによって強引に演習を2時間も一緒に見る羽目になり、非常に疲れさせられたのであった。


 ともあれ、無事にアルザート訪問は終わり、翌日リガルたちはアルザートを発った。

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