第90話.数の暴力
――リガルがフランドルに辿り着いた翌日。
予想通り、フランドルに集結予定の兵が全て揃ったため、この日の午後から出撃することが決定した。
「2年前、奴らは我々との同盟を破り、我が国に侵攻してきた! 此度の戦いは、そんな卑怯者に罰を下すための戦いだ! 我々を怒らせるとどうなるか、ヘルト王国の愚か者どもに叩きこんでやれ!」
現在は、出撃前のリガルの演説中だ。
正直、ヘルト王国の事を卑怯者などと言っているが、政権交代のゴタゴタのうちに攻め込もうとしているお前が言うな、と言う感じではある。
それはリガルも自覚しているが、こういう演説は事実よりも盛り上がることを言うのが大切。
相手を悪者扱いし、自分たちは正義だと思わせた方が、魔術師たちのやる気も上がるという物だ。
何より、ヘルトとの同盟の条文の内容を知っているのはごく一部。
普通の魔術師では知り得ない。
だから、嘘を吐いたことはほとんどの人間にはバレないはずだ。
実際、このリガルの嘘八百の演説は非常に受けが良く、魔術師たちはウオォォ、と怒号のような声を上げ、大盛り上がりだ。
リガルもこういう人前での演説などにも少しは慣れたようで、何とか今回は、噛んだり不審な様子を見せたりすることは無かった。
演説の成果は上々である。
こうしてリガルは緊張しながらも、手ごたえを感じて、ブレンハイム防衛線に向けて進軍を開始した。
リガル達が現在向かおうとしているのは、ブレンハイム防衛線を構成する都市の一つであるメーネスだ。
このメーネスという都市は、少しだけ他の都市よりも標高が高い場所にあり、非常に攻略が難しい都市だ。
では、何故好き好んで、そんな攻略の難しい都市をリガルは目標に定めたのか。
その理由は二つある。
一つは、リガルは元々ブレンハイム防衛線を構成する都市を落とすつもりはないが、もしも運よく簡単に落とすことが出来たら、それ以降の戦いを非常に有利に進めることが出来るからである。
攻めるのが難しいという事は、もしも自分たちがゲットし、敵がそれを取り返そうとしてきた時は、中々取り返されづらいということだ。
少ない兵力で重要な拠点を守り通すことが出来る。
最も、本気でメーネスを落とすつもりはない。
あくまで、もしもの話である。
そして、理由の二つ目は、メーネスの包囲中に他の都市から敵の援軍がやってきた場合の対策だ。
どちらかというと、一つ目よりもこっちがメインの理由である。
包囲中のロドグリス軍を敵の援軍が攻撃するという事は、標高の低い場所から高い場所へ攻撃するという事。
つまり、敵の援軍に対しては、ロドグリス軍の方が優位に戦うことが出来る。
その分、メーネスから敵が打って出てきたりと、苛烈な反撃をしてくれば厄介なことになるが、リガルの読みでは敵は時間稼ぎの作戦を取ってくるはずである。
そのため、リガルとしてはメーネスにいる敵のことは二の次にして、援軍の方を警戒することにしたのだ。
これが、メーネスを最初に目指す理由である。
フランドルからメーネスまで距離は非常に短い。
そのため、2時間ほどでメーネスから1㎞ほど離れた場所に辿り着いたのだが……。
「ご報告申し上げます! 敵は都市の外に陣を敷いている様子です! 数はおよそ5000!」
これまでのリガルの思考が、一瞬で水泡に帰す。
「は……?」
斥候を放ってみたところ、信じられない情報がもたらされたのである。
そのあまりに予想だにしなかった情報に、リガルは呆然と口を開けて固まる。
(5000!? いやいやいや、おかしいだろ! 父上の方に向かわず、何故俺の率いている軍を各個撃破しようとしてくるんだ?)
この時、当然リガルは、敵が全部で15000もの兵力を動員していることなど知らない。
そのため、ヘルト王国の南部を治める貴族が、周辺都市に常駐している魔術師を必死にかき集めて作った軍だと思っている。
だからこそ、その兵力を何故アドレイアの方に向かわせないのかと、敵の行動を理解できずにいるのだ。
とはいえ……。
(いや、狼狽える必要はない。確かに俺のところから潰してこようとするというのは、予想外の事だが、だったら俺が父上の役割をすればいいだけだ)
そう、敵がリガルたちを各個撃破しようとしているのなら、リガルが囮として敵をくぎ付けにして、その間にアドレイアやハイネス将軍が敵の兵数を減らしていけばいいだけ。
予想外の事態とはいえ、別にピンチという訳ではない。
まぁ、ヘルト王国はリガル達の元にのみ、5000の魔術師を送っている訳ではなく、アドレイアやハイネス将軍にも同等の数の魔術師を送っているので、リガルの考えは大外れで、大ピンチな訳だが。
しかし、そんなことは露知らぬ、リガルのそこからの行動は非常に早く、すぐに退却を決断。
大軍を用意した敵軍に見つかる前に一旦引いて、別の場所で戦う準備を整えようとしたのだ。
ここで戦っては地形的に不利。
数も地の利も相手にあっては、流石に勝ち目はない。
それどころか一瞬でやられてしまう。
そこでリガルは、ひとまずメーネスの隣にある都市、レアスに向けて軍を進めた。
もしも、先ほどリガルたちの前に姿を現した軍勢が、ここら一帯の都市に常駐している魔術師を引き抜いて編成されているのなら、メーネス以外の都市は手薄なはずだ。
とはいえ、別にレアスを落として、占拠するという訳ではない。
5000の兵を相手に籠城しても、勝ち目はないので、火を放って相手にとにかく損害を与える狙いだ。
ロドグリス王国としても、この戦争で一気にヘルト王国を滅ぼそうなどとは思っていない。
電光石火の攻めで敵に少なくない被害を与え、ロドグリス側に有利な条件で講和することを目指している。
そのため、少しずつ相手に嫌がらせをしていくというのは、重要な動きとなる。
とはいえ、相手に損害を与えることばかりに意識が向き過ぎて、逆に自分たちが兵に損害を出しては元も子もない。
今リガルが最も優先すべきことは、相手の攻撃を凌ぐこと。
そこは気を付けなければならない。
もちろんリガルもそれは分かっている。
だが、リガルが方針を定めた矢先のこと。
「失礼します。殿下、こちらを」
ロドグリス王国の近衛魔術師が、リガルの元にやってきて、何やら手紙のようなものを渡してくる。
彼らは王の側近であるため、恐らくアドレイアからの連絡だろう。
「ご苦労」
何だろう、と不思議に思いながらもリガルはそう言って、手紙を持ってきた魔術師を下がらせる。
そして手紙の封を切った。
「な……!」
が、その中身に目を通した瞬間、リガルは驚愕のあまり硬直する。
何故ならそこには、敵が15000の軍勢を編成し、それを3つに分けてこちらに対応しようとしているという旨が書かれていたのである。
色々ツッコミどころはあるが、一番の大問題は、やはり15000もの大軍を編成してきているという事。
平時のヘルト王国なら、これくらい捻出できるだろうというのは、十分に分かっていることなのだが、今は政権交代で国内も混乱している時だ。
15000もの大軍で対応されることになるとは、夢にも思っていない。
そしてそれが意味するのは……。
(生き残るだけじゃダメだ……。2000対5000の圧倒的な兵力不利の状況で、敵を出し抜く一手を打たないと……)
先ほどまでどちらかというと、守り重視の方針を固めていたが、リガル達から動かないといけないことが決定したということ。
何も手を打たなければ、数の暴力により、じわじわと絞め殺されてしまう。
とは言っても、2.5倍もの兵力差があるのに自ら攻めなければいけないというのは相当な無茶ぶりだ。
いくらリガルと言えど、そうポンポンと良いアイディアが湧いてくるわけもない。
それでも、泣き言をいう訳にはいかないので、青い顔をしながら必死に頭を悩ませる。
すると……。
「どうかされましたか? 殿下」
いつになく険しい表情を見せているリガルの様子が気になったようで、
「え? あー、実はかなり大変なことになってると、父上から情報が入ってな」
「大変な事?」
「あぁ。落ち着いて聞けよ? 実は、ヘルト王国は15000の軍を編成したみたいで、俺たちだけじゃなく、ハイネス将軍や父上の下にも、俺たち同様に5000の魔術師を送っているらしい」
「え……。いやいやいや、冗談ですよね? そんなのあり得るわけないじゃないですか」
だが、やはりこの情報を知った時の反応は、誰もが同じように信じられないといったように思うようだ。
しかし、レオも冗談だろうと口では言う物の、それが真実であることは、リガルの口ぶりから明らかだ。
「落ち着けバカ。残念ながらマジだ。俺たちはこの状況で俺たちは5000のヘルト軍に勝たなければいけない」
「そ、そんな……!」
慌てている人間を見ると逆に冷静になる、の法則で、僅かながら落ち着いたリガルは、再び勝機を考え始める。
そして行き着いた結論が……。
「いや、とりあえずこのまま行こう」
「え……。時間稼ぎは通用しないから、作戦を変更せざるを得ないのではないのですか?」
「そりゃそうだ。だが、何から何まで変える必要性はない。敵の都市を落としていくことは、敵の兵力を削り損害を与えることになる。そうやって小さな成果を上げながら、敵の対応を見るんだ。どうするかはそれから考えよう」
ここでどうすればいいか悩んでいても仕方ないということで、リガルはとにかく行動することにしたのだ。
そんな考えなしに、と思うかもしれないが、止まっていては逆に包囲されてしまうので、とにかく動くというのは大切だ。
かくして、リガルは戦いが始まって早々ピンチに陥ったが、僅かな勝機を
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